第12話 ぼくの相棒

◇◇◇◇


 その二か月後のこと。

 ようやく落ち着きを取り戻した詰め所で、ぼくは執務机に座る団長の前に紙を広げた。


「こっちが警備計画書。こっちがそのための行事予定書。これが、そのための団員の勤務予定表。いいですか、まずはこの三種類をそろえて提出します」


 5年後に来るであろうぼくの退団を見据えてちょっとずつ団長に職務を説明しようとしているのに。


「ふんふんふんふんふんふんふん」

 高速で首を縦に振っているが、絶対わかっていない。


「ちゃんと理解してくださいよ」

 ため息をついて、一枚目の用紙に指を伸ばす。


「まず……」

「おお! 結婚指輪!」


 いきなり大声を上げるから何かと思ったら、ぼくの指を見ている。


「そりゃまあ……。結婚したわけですから」


 左手の薬指。

 つい三日前に結婚式を挙げ、めでたくセラ嬢との婚姻が結ばれたのだ。


 新居は、王都の一軒家。ふたりで住んでいる。


 モルガン団長は惜しみない支援を申し出てくれたのだけど、セラ嬢が頑なに拒み、下働きの娘一人だけが通いでやってきている。セラ嬢との相性もいいようで、日中はふたりで仲良く買い物したり家事したり掃除したりやってる。いいのかな、伯爵令嬢にこんなことさせて、と少々不安ではあるのだけど、なによりセラ嬢が楽しそうなので様子を見ているところだ。


「だいたい、自分だってしてるでしょう、結婚指輪」


 なにが珍しいんだか。ぼくが呆れてそう返すと、団長はにやりと笑って自分の左手薬指をぼくにかざして見せる。


「おそろいだな」

「いや、団長とお揃いじゃないから」


「こんな風に話してるとすべてが元通りになった気がするな!」

「なったとしても、期間限定ですから。ぼく、5年しかいませんからね。ほら、ちゃんとこの用紙……」


「お前の結婚式、あんなに小さくてよかったのか? もっとこう、ぱーっと」


 もう真面目に話をするのが馬鹿らしくなってきた。

 ぼくはため息をついて腰を伸ばす。


「結婚式なんて、女性のためのものでしょう? セラ嬢ができるだけ小さく、と仰るので」


 親と本人だけで挙式したい、とセラ嬢は当初から言っていた。

 どうも年を気にしているらしい。伯爵令嬢ともなれば、普通十代後半から二十代前半で結婚するものだから……。まあ、その辺のことを意識してるんだろうなぁ、と。


 でも、それを言うならぼくもだいぶん行き遅れているので。 

 セラ嬢の提案をぼくの両親に話すと、「そのようにせよ」と言われてしまった。両親もぼくの年齢が気になっているらしい。


 で。

 それを団長に伝えたのに。


『ラウルはサリュの乳兄弟。ならばわれわれも親同然』


 いきなり王妃様が口を出してきた。


 結果的に、セラ嬢のご両親。ぼくの両親。王妃様と王太子殿下、それから団長。

 これで式を挙げた。


 なぜか王族の参加者が一番多いという、豪華なんだか小規模なんだかわからない式だ。


 まあ、王妃様が始終上機嫌でよかったんだけど。


「じゃあ、披露宴かねて今度みんなで酒飲もう」

 団長が椅子の背もたれに上半身を預けて提案するが、ぼくは腕を組み、唸る。


「いやほんと。そういうの苦手っぽいんで、セラ嬢」

「じゃあ、おれとシトエンと。この四人ならいいだろ?」


「どうかなぁ……。まあ、セラ嬢に聞いてみます」

「なんかよそよそしくない? お前たち。一緒に住んでても、ぎこちなさそうだしさあ。大丈夫?」


 熊 に 心 配 さ れ た !


 愕然とぼくは団長を見下ろす。


 いや、あんたよりましだよ。あんた、ひどかったよ、シトエン妃と結婚するまで。どんだけぼくや騎士団が手助けしたと思ってんだかっ。

 だいたい、あんたが二十歳のときの失恋。あれ、まだぼく覚えてるからな。慰めるの、めちゃくちゃ苦労したのにっ!


「仲良しですよ、うちは」


 ぼくが家の話を他人にするのを、セラ嬢が嫌がるだけだ。団長みたいに、『うちの嫁可愛い!!』と、そりゃ僕だって言いたいけど。


 異常に照れるんだよなぁ、セラ嬢。

 結婚したんだし、と思って「セラ」って呼んでみたら、その場で貧血起こして倒れたから、今でもねやでしか言えてないし。

 ……そりゃ、ぎこちなく見えても仕方ないか……。


「本当に? いやあ、いつでも相談してくれよ。結婚生活に関してはおれのほうが先輩だからな」


 い ち い ち 腹 立 つ な あ !


 いっそ服を脱いで、昨晩彼女がぼくにつけたキスマークやら爪を立てた跡を見せてやろうかと思ったけど。


 そんなことをしたら、静かにセラ嬢は人生を終えそうな気がするからやめる。

 恥ずか死ぬと思う、セラ嬢。


「お互い、良い伴侶を迎えてよかったけどさ」


 ぎしぎしと背もたれを団長が揺すらせるから、壊れる、と注意しようかと思ったら。

 目が合う。


 陽気で。

 いつも自信満々な瞳。


 雪山で吹雪に身体を晒していても、満身創痍で盗賊たちに囲まれても、この瞳を見たら、なんだか笑い出したくなる。なんだ、ぜんぜん平気じゃん、って。

 まだまだいけるって、無条件に思ってしまう瞳。


「嫁さんなんかよりも、断然お前との付き合いの方が長いんだよな」


 いきなりなんだ、と戸惑う先で、団長は相変わらず落ち着きなく、ぎしぎしと椅子を揺する。


「5年後、確かにおれから離れて行っちゃうけど。だけど、ずっと会えないわけじゃないしさ。たまに会って飲む感じでも、ぜんぜんおれ、やって行けると思う。だって、それまで一緒に過ごしてきた記憶というか、思い出があるしな」


 団長はがりがりと頭を掻く。


「で、年取って、じいさんになって。どっちが先に死ぬかわかんないけど。だけど、お前より先におれが死んで天国に行ったら、『このあとラウルが来るから準備しておいてやろう』って思えるし。お前が先に死んでたら、『ラウルがいるからいろいろ聞こう』って思えるから、ぜんぜん死ぬのも怖くない。その、なにが言いたいのか、って言うと」


 団長はぼくを見て、やっぱり陽気に笑った。


「おれ、お前とガキの頃から一緒に過ごして……。大人になっても、いっぱい死線をくぐってさ。だけど、お前がいると、絶対負けねぇ気がするんだよ」


 はは、と団長は笑い声をたてる。

 ……なんか、意外だ。団長も同じことを考えていたのか、と。


「そんな男がおれの相棒でさ。すぐ身近にいて、いまでもいてくれるなんて、それって、すんごい幸運なことなんだなあ、って。だから、ラウル」


 団長は微笑む。


「今までありがとうな。それから、これからもよろしく」


 その言葉が、本当に心に沁みてきて。


 小さなころの団長の姿とか、けんかした時とか、一緒に馬鹿騒ぎしたときのこととか、今から考えたらたいして面白くもないことで大笑いしたりしたこととかが頭の中にあふれ出して。


 涙が出そうになったのに。


「……なんで団長が先に泣くんですか」


 腹を抱えて笑ってしまった。


「いや……、だって……」


 団長は顔を大きな手で覆って、ひっくひっくと肩を震わせている。


「ぼくも思っていますよ。団長とこうやって一緒に過ごせることが、幸せってことなんだな、って」


 ぽんぽん、とその頭を撫でてやると、「やめろよ! 余計に涙が出るだろ!」と怒られた。


 ぼくは笑いながら、そんな団長を見る。


 嫁さんとはまた別の、大事で大切なぼくの相棒。


 お互いの魂がこの世を離れるまで。

 きっと互いが互いを求めあう気がする。


 まあ、こんなこと。……死んでも言わないけどね。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

副官ラウルの多忙なる嫁とり 『隣国で婚約破棄された娘を嫁に貰ったのだが、可愛すぎてどうしよう』番外編 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ