第11話 審判は下った

  一瞬。

 なにを言われているのかわからなかった。


 ただ、どっと。

 オーストの取り巻きらしい騎士たちが笑い声をあげた時。


 それが、ぼくのことで。

 あいつが侮蔑的に称したのがセラ嬢のことだと理解した途端。


 ひぐまの両前脚に捕らえられ、ぶらん、とぶら下がる、卑屈でやせぎすで品が無くて服がださくて髪型なんてお前どこでそれ手入れしてもらってんの、と思う男の横っ腹に右蹴りを食らわしていた。


 どこん、と。

 サンドバックのようにオーストが揺れる。ぼくは右足が地面に着くや否や、回し蹴りの体勢に入る。


「団長、そのまま」

「おうよ!」


 どごん、と。

 再度オーストが揺れる。なんかすごい声で喚いたが、知らん。奴の目を見て宣言した。


「殺す」

「それでこそラウルだ!」


 嬉々とした団長の声の背後で、「ラウルがキレた!」「もうだめだ!」といういくつもの声が聞こえたけれど。


 結果的にモルガン団長が到着するまで、ぼくと団長は、オースト及びその取り巻きをぼこりまくった。


「申し訳ない! 平にご容赦いただきたい!」


 モルガン団長は到着するや否や団長の前に頽れ、深々と頭を下げる。

 その姿を見て団長は動きを止めた。


 ぼくは、というと。

 モルガン団長の少し後から駆けつけて、ぼくに抱き着いてきたセラ嬢によって、拘束され、ようやく握りしめた拳を開いた。


「追って原因を追究し、報告させていただく。ただ、王子に対してのこの無礼。それがしの首一つでどうかお納めいただきたいっ」


 両膝を地面に付き、斬首を待つような姿勢のモルガン団長を見て、ようやく事の重大さに気づいたらしい。騎士たちは青ざめて全員尻餅をついた。


 セラ嬢も、かたかたと震えながらしがみついてくるから、大丈夫大丈夫、と背を撫でる。


「いや、首はいらん。気持ち悪い」


 案の定、団長はあっさりと。そして、嫌そうな顔をして首を横に振った。


「ただ、お願いしたいことがある。ちょうどモルガンのところに伺おうと思っていたんだ。なあ、ミーレイ」


 名前を呼ばれ、ミーレイは駆け寄る。こいつ、今までどこにいたんだ、と思うのに、しれっとした顔でぼくに上着を返してきた。


「そうなんですよ。で、練兵場で訓練というか……。なんかしらないですけど、酒飲んでるこちらの騎士団の方々に、モルガン団長の所在をお伺いしたら……」


 ミーレイが語るところによると、非常に態度も悪く応対され、かつ、ぼくに対して非礼な言葉を連発したのだそうだ。


 それで団長がぶちギレ、乱闘騒ぎになった、と。


「オーストが事の発端、ですか」

 がっくりと肩を落とし、幾分老けた様子でモルガン団長は言う。


「こいつはわしの甥にあたりまして……。もしセラが入り婿をとらねば、オーストがこの騎士団を継ぐことになっておったのです」


 ああ、なんかセラ嬢が言ってたな、そんなこと。

 そこにぼくが来て、団長も伯爵位も持っていこうとしたから憎々しく思っていた、ということか。


「このところ、酒を飲んで荒れることが多く……。しかしまさか、就業時間内に酒を飲んでいるとは……」


「そんな理由はどうでもいい。モルガン、あのな」


 団長はあっさりと詫びや理由を打ち切り、モルガン団長に近づいて助け起こす。


「お前、まだ元気だろう?」

「は?」


「団長を引退したい、なんてまだ思っていないよな?」

「いや……、あの。ラウル殿が婿に来てくださったら、すぐにでも」


「まだ早い、まだ早い。だいたい、こんな昼間っから酒飲んで暴れる騎士団なんて、ラウルに引き継げるか。お前が叩き直してからにしろ」


 そう言われれば、そうか、ともモルガン団長も思ったのだろう。ぼくをちらりと見て、「申し訳ない」と頭を下げるから恐縮する。


「王子の仰る通りだ。性根を叩き直してから、婿殿にお渡ししよう」

「よっし」


 なぜだか団長が喜んだ。


「だったら、ラウルがセラ嬢と結婚してもすぐにガレン騎士団の団長にはならんわけだろう? そしたら、引き続き5年ほど、おれのところの騎士団で副官を務めてもらってもいいか?」


「はあ?」


 今度はぼくが呆気にとられた。


「5年!」

 団長はぼくに対して手を開いて突き出した。


「それまでに、おれは‶ラウル離れ〟をする!」


 なんか変なことを宣言されたが、ここでまたなんか言おうものなら話がややこしくなるので、苦笑いでやり過ごす。それが処世術というものだ。


「じゃあ、おれたちはまだ訓練あるし。ラウルは今から観劇だろ? 楽しんで来いよ」


 団長は陽気に笑ってから、ぼくにしがみついて、なんとか立っているセラ嬢を見て目を細めた。


「今日はまた一段とお美しい。セラ嬢、どうかうちのラウルをよろしくお願いする」


 ぺこりと団長がお辞儀した時、周囲でどよめきが起こった。

 てっきり、王族が伯爵令嬢に頭を下げたからかと思ったら。


「……あれ、セラ……?」「セラ嬢……? まじで」


 どうもセラ嬢をセラ嬢と思っていなかったらしいことが判明した。

 失礼なやつらだ。だが、ざまーみろ。きれいなお嬢さんはぼくがいただいた。


「あの、王子」


 さっさとミーレイや騎士団を連れて立ち去ろうとした団長に、モルガン団長が声をかける。


「オーストの処遇はどうすれば……」

「ああ。ラウルに決めてもらってくれ。おれの副官だから」


 にやりと笑って去って行く。


 あのひと。結局、残務処理をすべてさせるためにぼくを騎士団にとどめたんじゃなかろうか。


「……ラウル殿」

 途方に暮れたようにモルガン団長がぼくを見る。


「えー……、っと。どうしましょう、セラ嬢。ぼくはセラ嬢にお任せしますよ」


 団長もミーレイも詳しくは言わなかったが、ぼくと同じぐらい、こいつらは、彼女のことも罵ったに違いない。


 やり返せばいい、とぼくは、彼女ににっこり微笑む。


「……その」

 セラ嬢は意を決したように、顔をオーストたちに向ける。


「今まで、父の後継者のことでいろいろとご迷惑をかけました。それもすべて、わたしがたよりなかったからなので、なんと罵られようが弁解の余地もありません。ですが」


 ぎゅ、っとぼくの服を掴み込んだまま、セラ嬢は震える声を出した。だけど、意外に芯はしっかりしている。


 地面に尻をついて項垂れているオーストを睨みつけ、彼女ははっきりと言った。


「わたしは、この人を選びました。この人こそ父の後継者に相応しいと思っています。それに対して不満なのであれば、どうぞどこの騎士団にでも移ってください。紹介状はわたしの名前で用意させていただきます」


 こうして。

 審判は下った。


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