第10話 ぼくのことでけんかをしないでぇぇぇぇ。
◇◇◇◇
もう、遠くからでも分かった。
というか、声に関しては、だいぶん前から聞こえていて、遠巻きに侍従や文官が恐れおののいていた。なるほど、憲兵らしいやつらも尻込みしている。
近づいていくと、土埃とか立ちまくっている中、二十人近くの男たちが大声をあげて殴りかかっているのだけど。
その中心で大暴れしているのは、団長だ。
立ち姿が
二本脚で立ち上がり、前脚を振り上げて、群がる狩猟犬を叩き潰しているようにしか見えない。
ってか、1対20かよ……。
団長に襲い掛かっているのは、全員ガレン騎士団らしく、腕に緑の腕章をつけている。誰も抜刀していないことにほっとしたが……。
「うちの騎士団はなにしてんだっっ」
ぼくがミーレイに怒鳴ると、「あっち」と指さす。
見やると、練兵場の端の方でけが人を保護していた。もう、制止するのはあきらめて、動けなくなった騎士を回収するのみに徹しているらしい。
あああああ。情けない。
「団長! ちょっともう! なにやってんですかっ!」
ぼくは大声を張る。
ついでに、上着を脱いでミーレイに放った。このあと観劇に行くんだから、汚したら大変だ。せっかく、セラ嬢があんなにおしゃれしているのに、ぼくがボロボロだったら意味ない。
「お前らもやめろ! 相手はサリュ王子だ!
もうもうと土煙を上げる中、大声で怒鳴りながら参入したから、喉がいがらっぽい。
おまけに、どさくさに紛れてぼくまで掴もうとするやつがいるから、蹴りや肘打ちで牽制して、とにかく中央に進む。いま、騎士ひとりをぶん投げたようで、慌ててぼくは姿勢を低くし、「団長!」と怒鳴る。
「落ち着いて! 団長! なにやってんですか!」
ようやく団長の側にたどり着く。唸りまくっている団長を背後に隠し、ガレン騎士団を睨みつけた。
「やめろ! 王族に対してなにしてるんだ! 不敬罪で憲兵に突き出すぞ!」
大声でどやしつけると、ようやく、動きを止め始めた。
誰もが肩で息を吐きながら、それでもぎらぎらした目をこっちに向けて来る。
なんだよ、もう、と思ったら、あいつらの吐く息の酒くさいこと。全員酔っ払いかよ、と内心舌打ちする。どんだけ規律が守られてないんだか。
ただ、不敬罪、という言葉が聞いたらしい。
互いを気まずそうに見交わしている。
「王族だろうがなんだろうが知ったことか! そっちが先に殴りかかってきたんだっ」
だが突如、右目を盛大に腫れあがらせた騎士が、ぼくの背後に仁王立ちしているであろう団長を指さして喚いた。
「よせ、オースト」
数人が押さえにかかるが、腕を振り払ってこちらを睨みつけて来る。
「自分から
ぐい、とぼくの肩を掴んで押しのけ、団長が前に出ようとするから、抱き着いて阻止する。
「やめてください、団長! 放っておいても憲兵がこのあと……っ」
「あいつだけは、口がきけねぇようにしてやるっ」
団長に抱き着き、腰を低く落として全体重をかけているのに、ごいごい前に出ていく。どうなんってんだ、このひと。
「お前も、謝れ!」
ぼくが、目を腫れあがらせた男に喚く。さっき、オーストと呼ばれていた男だ。とにかく、こいつをどうにかしないとおさまりがつかない。
「腰ぎんちゃくも大変だな」
それなのに、オーストが吐き捨てる。
というか。
こいつ、団長じゃなく、ぼくを見ている。
その顔に見覚えがあった。目が腫れあがっていて容貌が変わっているからあれだったけど。
こいつ、中庭で以前すれ違ったやつか? なんか小馬鹿にしたみたいに笑ったやつ。
「なにかあれば駆けつけて御守りとはね。下流から上がってきたやつはさもしいな」
「だまれ、くずが!」
咆哮を上げて団長が、ぼくごと襲い掛かって行く。なんだよ、けんかの原因、ぼくかよ。
寄宿舎でもよくあったよ、そういうこと。そのたびに、団長、けんかすんだもんなあ、もう。こういうところも変わってないのかよ。
「どけ! 下がれ! 襲い掛かるぞ!」
こんなもん、止められるか。
ぼくが叫ぶと、酔いも醒め始めたのか、騎士たちは悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げたのだが、オーストと数名の騎士たちは逆に向かって来ようとする。
「本当のことを言ってなにが悪い! そいつは乳兄弟という立場を利用してんだろうがっ」
「良い根性してんな。腹くくれよ、おい」
あああああ。ぼくのことでけんかをしないでぇぇぇぇ。
「言っとくがな」
とうとう、ぼくの制止を振り切って団長がオーストの首根っこを掴んだ。
「冬の辺境はお前が想像するより地獄だ。環境も盗賊も最悪だ。そこをこいつは、おれに付き従ってこの年まで生きてんだよ。それを知りもしねぇで」
鼻がくっつくほど顔を近づけて凄んでいる。だが、オーストもすごい。失神もせず睨み返している。
「ああ、確かにあいつはすごい奴だよ」
オーストは首を団長に捕まれながらも、片頬を歪ませてぼくを指さした。
「あんな年増のブサイクと結婚してまで伯爵位を狙ってんだからな。そんなの誰もできねぇわ」
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