第9話 まったくあの人は……

 団長が6歳の時。

 寄宿舎への入校が決まり、団長は親元を離れて暮らすことになって……。


 ただ、なぜだか、ぼくも一緒に入校するんだと団長は思い込んでいて。


『違いますよ。ぼくは行きませんよ。だけど、同じ年の貴族の子弟がたくさんいますから、きっと仲良くやれますよ』


 そう言って、送り出した時の顔。

 結果的に、2か月後に学校から連絡があり、王妃様が呼び出されたのだ。


 そこには、がりがりに痩せた団長が、『ラウルに会いたい』と泣いていて……。


 ぼくは、急遽、上位貴族御用達の寄宿舎に編入させられことになった。


「まったく、あのひとは……」

 呟くと同時に笑ってしまう。


 本当に、いつまでも昔のままだ。

 無鉄砲で、豪快で、いつでもみんなの中心にいるのに。


 それなのに、時折、こどものように振る舞って困惑させられる。


「ええ、そうですね。明日にでも団長の様子を見てきます」


 ぼくがそう返事をし、シトエン妃が頭を下げた時。

 部屋の扉がノックされた。


 イートンがいそいそと扉を開ける。シトエン妃も、期待に満ちた瞳を向けた。


 きっとセラ嬢だ。

 そう思ったのに。


 そこには、よく知らない侍女がいた。


「あら。セラ嬢は?」


 シトエン妃がきょとんと眼を丸くし、侍女が困惑顔で立ち尽くす。イートンがその侍女の背後を覗き見て、ようやくにっこりと笑った。


「いました、いました」


 まるで珍獣でも見つけたような表現だ。


「ずっと背後で隠れておられて……。では、よろしくお願いします」


 侍女がイートンに会釈をして、下がる。

 代わりに姿を現したのは、セラ嬢だ。


「おお。これはなんて可愛らしい」


 おもわず声を上げて立ち上がってしまった。


 いつもと全く印象が違う。

 長い髪はなんだか流行りの髪型に結われ、真珠を使った髪飾りで整えられていた。


 髪型のせいで、顔がはっきりと出ていて、いつもより表情がわかりやすい。

 ちなみに顔は真っ赤で、涙目だ。


 本人には申し訳ないが、それさえも、可愛いとおもってしまった。


 耳にも真珠のイヤリングがあって、それが着ている水色のワンピースにとても似合っていた。


 めちゃくちゃ清楚なお嬢さんだ。


「これから観劇に行くんですから。これぐらいドレスアップしないと」


「あら、姫様。これでも地味なぐらいですよ。やっぱり、デコルテのもう少し開いたお召し物の方がよかったのでは? セラお嬢様は細身でらっしゃるのに、こう胸がしっかりとおありですから。ああいう服がお似合いになるとおもいますよ」


「あれは無理ですっ」

 ぶんぶんとセラ嬢が泣きそうな声で訴える。


「そうよ、イートン。あれはラウル殿の目に毒というものです」


 そっちの服装の方が非常に気になるけれど、シトエン妃はいたずらっぽく片目をつむって見せる。


「まだ婚約者同士ですから。セラ嬢のお父様のもとに、この状態のまま、お届けしてくださいね。決して、ラッピングをほどいてはいけませんよ」


 なるほど、包装を開けちゃいそうな服装だったらしい。ぼくが苦笑いすると、セラ嬢は頭から湯気を出しそうなほど真っ赤になってしまっている。


「に、似合いませんか……」

 振り絞る様にセラ嬢が問うので、ぼくは慌てて首を横に振る。


「とってもお似合いですし、可愛いです。セラ嬢はどうお思いですか?」

「……この色、好きなんです」


「よかった。ぼくも好きです」 


 そう伝えると、ようやく肩からこわばりを解いた。目に溜まった涙を拳でぬぐおうとして、イートンに「化粧がっ」と、止められている。やけにいつもより顔色がいいと思ったら、化粧の効果もあるのかも。


「じゃあ、観劇に参りますか」


 イートンに涙を拭いてもらったり、化粧を手早く直してもらったりしたセラ嬢に声をかけ、肘を差し出した。ためらった末に、彼女はおずおずとぼくの肘を摘まむように持つ。


「どちらのホールですか?」

 シトエン妃が尋ねるので、振り返って答えた。


「王立会館です。いま、歌劇の……」

「ああっ! よかったっ! まだここにいたっ!」


 『王女シャメロイ』をやっているんですよ、と答えた声は、完璧にミーレイの怒声に消えた。


「ちょっと、おい」

 部屋に飛び込んできたミーレイを睨む。


「シトエン妃の御前だぞ。いくらお前、団長の奥さんだからって、礼儀をわきまえ……」


「団長が大喧嘩してて、誰もとめられない! ちょっと来てくれ!」


 ミーレイは言うなり、シトエン妃に雑に頭を下げた。その後、ぼくの肘をとっていたセラ嬢の顔を覗き込む。


「あなたがセラ嬢? これは大変お綺麗なお嬢さんだ。ちょっとだけラウルをお借りしますが、観劇時間に間に合うようにはお返ししますので、失礼」


 言うなり、手を外そうとするから、上からバシリ、と叩きつけてやめさせた。


「団長が誰とけんかしても、放っておけ。どうせ瞬殺だろう。証拠隠滅だけしておけよ」


 ぼくが命じると、ミーレイが泣きそうな顔ですがりついてくる。


「相手が酔っぱらってんだよ! あばら折れてるやついるのに、痛くないのか向かってくるし……っ。ひともどんどん増えてきて、収集つかないんだよ!」


「酒って……」

 眉根が寄る。まだ夕刻だ。


「団長の相手は誰なんだ。まだ終業の鐘が鳴ってないだろう。憲兵を呼べ。就業違反だ」


「憲兵も怖くて近づけないんだって!」

「団長の相手は?」


「ガレン騎士団!」


 思わず、セラ嬢と顔を見合わせてしまった。

 彼女のお父上が騎士団を務めている騎士団だ。で、将来的にセラ嬢と結婚したら、ぼくが団長になるかもしれない騎士団。


「ち……、父を呼んでまいります! まだ詰所の方にいるでしょう!」

 走り出そうとするセラ嬢の手を掴む。


「場所! 場所を聞かないと! 団長はどこでけんかしているって!?」

「練兵場!」


 また、けんかしやすそうなところで……。


「では、申し訳ありませんが、モルガン団長が詰所にいらっしゃったら、練兵場までお願いいたします」


 セラ嬢の手を放すと同時に、彼女は駆けだしていく。


「わたしも参りましょうか?」

 シトエン妃が立ち上がるから、ひらひらと手を振って断った。


「不機嫌な熊に近づくと危ないですから、シトエン妃はここにいてください」

 ぼくはミーレイを連れ、練兵場に向かった。

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