第8話 霧中のキスカ島 撤退作戦 5

午後1時。

霧がだんだんと薄くなり、視界が開けてきた。

この機会を逃してはいけない。

キスカ島の日本軍守備隊全員が、湾の沿岸に集結する。

日本兵は5,000人以上いた。

大発と呼ばれる小型の舟艇に、乗れるだけの兵士を乗せて、湾内にいる駆逐艦へとピストン輸送するのだ。


兵士たちには、すべての武器を海中投棄するよう、命令が出た。

ここで、兵士たちに動揺が起きる。

兵士にとって、銃は命も同然である。

兵士一人一人に与えられている三八式歩兵銃には、菊の御紋が刻まれている。

銃は天皇陛下から賜ったものなのだ。

その銃を海中投棄するのは、帝国軍人としてなかなかできることではなかった。


しかし、守備隊の隊長は、武器の投棄を厳命した。

兵士たちは、それに従った。

かくして、身軽になった守備隊は、短時間での移乗を行うことができた。

5,000人以上の兵士全員が、わずか55分で駆逐艦に移乗できたのである。

こうして、キスカ島は無人になった。


最後に、兵士を輸送した舟艇をどうするか、再び決断の時が来た。

この舟艇を引き上げて駆逐艦に乗せるとなると、それなりに時間がかかる。

今のところ、米軍には発見されていないが、いつまでも湾内にいれば、いずれは発見されてしまうだろう。


司令官は決断した。

兵士の移乗に使った舟艇、すべてを海中投棄した。


ただちに、全艦艇が全速力で湾外へと出る。

同時に、再び深い霧が発生してきた。

なんという幸運であろう。

敵航空機に発見されることなく、敵の哨戒圏から脱することに成功した。


しかし、艦隊には再び、危機が迫る。

霧の中、至近距離で米軍の潜水艦と遭遇したのであった。

万事休す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る