プロローグ それは数年前に流行った与太話。

 それは数年前に流行った与太話よたばなし。馬鹿げた戯言ざれごとだ。


 今から十五年前。ある村が土砂に飲み込まれた。一瞬の事で、村人は逃げる間もなく一人残らず土砂の餌食えじきになったという。


 その村に関するある噂話。

 土砂崩れのあった日の同じ時間に神社の境内にあるご神木に体を触れ願うと、過去に戻れるらしい。


 そんな眉唾まゆつばな話に、当時のネットは大騒動だったようだ。

 肯定派と否定派、そして実際に試して成功した人間・失敗した人間。様々な書き込みが色々な角度からされ、一種のお祭り騒ぎになったという。


 僕は当時二歳やそこらでその騒ぎは知らなかったが、一部はまだネットの中に残っていて、今でも閲覧えつらん出来る。


 しかし、噂は噂。今ではすっかりすたれ、話題に出ても昔流行はやったものとしか認識されず、誰もまともに取り合おうとしない。


 だけど僕は違った。おぼれる者はわらをも掴むというが、僕はそんな与太話を試す程に切に願っていた。過去に、あの時に戻りたいと。


 その日はよく晴れていた。


 僕は必要な物をリュックに詰め、電車とバスを乗り継ぎ、その村があるという山へとやってきた。


 正直、山登りは初めてだが、富士山を登るでもないし大丈夫だろう。

 登り始めたくらいまでは、まだそんな楽観的な思考を僕は抱いていた。その甘い考えは、入山から一時間もしない内に見事に打ち砕かれた。


 歩いても歩いても目的地に着かない。

 道なりに行けばいつかは着くはずなのだが、そのいつかがいつなのか一向に見当すら付かなかった。


 心が折れかけたその時、急にそれまで木々にさえぎられていた視界が開けた。


 目の前に村が広がっていた。

 正確には廃村。村だった物のなれの果てだ。


 見た事のない景色に僕は心を奪われた。土砂に圧し潰され破壊の限りを尽くされたこの光景を、素直に凄いと思った。


 僕は早速村を探索し始めた。


 出来る限り遺体は掘り起こされたという話だが、建物等は今も手付かずのままだった。


 まるでここだけ時間が停まっているような、そんな感覚におちいる。


 お目当ての物は、意外とすぐに見つかった。

 神社に繋がる階段。


 見上げると途方もなく多い段差が存在したが、ここまでの道中を思えば今更どうという事もない。


 僕は意を決してそれを登り始めた。


 不思議と村に来てから疲労感はなかった。すいすいと足が前に進み、あっという間に頂上へと辿り着いた。


 その建物は損傷こそ見られるものの、驚く程原型を留めていた。

 立派な神社だ。


 この光景を見ると、もしかしたら神はいるのかもしれないと本気で思える。


 感慨にふける頭を振る事で、なんとか呼び起こし、当初の目的を思い出し、ご神木を探す。


 あった。


 探すまでもなく、それは見渡せば嫌でも視界に飛び込んできた。

 大きな、優に三十メートルは高さがありそうな木が一本、境内にどんと構えている。


 それに僕は近付く。


 近くに寄れば寄る程、その大きさに驚かされる。

 幹は太く、大人が十人両手を伸ばしてやっとぐるりと囲めるかといった具合だった。


 腕時計で時刻を確認する。

 余裕を持って来たため、その時刻までは一時間近くある。


 僕は木陰でゆっくりその時を待つ事にした。


 大木に体を預け、その根に腰を下ろす。

 瞬間、どっと疲れが出たのか、僕を睡魔が襲う。あらがおうにも、そのあまりの強さに意識が一瞬で持っていかれる。


 やばい。このままでは……。

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紅に染まる空 みゅう @nashiro

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