07

 大会開催は土曜日であるが、多くの生徒・来場者が訪れることもあって食堂は臨時的に営業している。

「たはー、負けた負けた!」

 その一画で、快活な声が響いた。

 声の主は千里愛永である。

「ふ。俺達の『霧の牢獄ミスト・プリズン』を打ち破るとは大したものだ」

 その隣では西脇高志が無意味にポーズを決めている。

「あのさぁ、お前らいちいち名前とかつけてんの?」

「私たちも試してみる? 逢坂くん?」

「冗談よしてくださいよ、吉野さん……」

 二回戦が終わり、残すは三位決定戦と決勝戦のみとなった。

 あと二試合だけだが、どちらも午後からの予定である。

 琢磨たちは二回戦で戦った二人と何故か昼食を共にしていた。どういう事情があったかと言えば、成り行きという他ない。

 試合後、対戦相手の奮闘を讃えた彼らは琢磨を昼食に誘った。別に断る理由もなかったのでそれに応じたまでのことである。

「ねぇねぇひとつ聞いていい?」

 そして最早問うまでもなく、そこには相生羽織の姿があった。羽織は身を乗り出して、愛永たちに問う。おそらく初対面であろうがそれを感じさせないフレンドリーさである。

「霧で目くらまししたときさぁ、どうして水菰ちゃんの方を集中攻撃しなかったの?」

 当然の疑問である。

 視界の遮られた状態でも自由に動けるのであれば、琢磨ではなく水菰を狙うこともできたのである。

 近接戦闘に長け反撃の可能性もある琢磨を狙うより、近づきさえすればおよそ戦闘能力を持たない水菰を狙った方が合理的のはずだ。例えあの瞬間のダメージの多寡を見積もったとしても、である。

 もしそうしていれば、二人は逆転の目を相手に与えることも無かったのだ。

「……!」

 羽織の問いかけを受けて、琢磨は初めてその危険性を実感していた。相手が合理的な判断をしていれば、負けていたかもしれないと。

「ふ、愚問だな」

 その疑問に、高志は乾いた笑みを浮かべる。

「そんな戦略は、騎士道に反するからに決まっているだろう」

「……はい?」

 一瞬考えた末に、羽織は思わず訊き返していた。

 そうだ、と愛永は胸を張る。

「俺達は騎士道を重んじる剣士だ。後衛の女の子を狙い撃ちなど卑怯な真似はしない!」

「いやいや、それを言うなら霧に隠れて攻撃するのもなかなか卑怯じゃないかな!?」

「勝利のための工夫なら許されるのだ!」

 呆れたと言わんばかりの様子で羽織は頭を押さえる。

 卑怯という点においてその二つの行動に大きな差があるとは思わないが、彼らにとっては明確な違いがあるようだ。

 曰く、後衛の女の子を狙うのは卑怯で、前衛の男を攻撃するのに霧に隠れることは卑怯ではないらしい。

「相手が二人とも女子ならどうするのさ?」

「女子であろうと前衛ならば攻撃する」

「二人とも後衛だったら?」

「二人とも後衛なら二人とも前衛なのと変わらないだろ」

 余談であるが二人ともが後衛の隊形を『二者後衛ダブル・シューター』と呼ぶ。現在において、この隊形のメリットはないと言われており、実戦で使用されることはまずない。仮に二人ともが結界内を埋め尽くすほどの弾幕を張れるというのであればこの隊形も機能するかもしれないが、そんなペアは未だに現れていない。

「そう言えば私、一度も攻撃されてない」

 思い出したように水菰は言った。

 一応、彼らは試合を通して理念を貫いていた。水菰の爆弾によって分断された時も、いっそ彼女を片付けてしまおうとはしなかった。

 これでは、勝ちを譲ってもらったと言っても過言ではない。勝利に浮かれていた琢磨であったが、その事実にモヤっとしたものを感じた。さながら試合に勝って勝負に負けたとでもいうところだろうか。

「にしても最後の一撃は凄まじかった。未だかつて経験したことない衝撃だったぞ」

「あ、そうそう。それだよ水菰ちゃん。なにあの最後の爆弾」

「なにって?」

「テンカウントだよ。スリーカウントが条件じゃないの?」

 あー、と言って水菰は虚空に目を向ける。

「スリーカウントは基本。そこが最低値で、十まで増やせる。あの時は、スリーカウントで二人を倒せるか不安だったから、思い切って最大火力出してみた」

 何度か琢磨が反撃を加えたと言っても、爆弾自体は愛永も高志も直撃を受けていなかった。いつもの火力では倒しきれない可能性があったが、どれだけカウントを増やせば確実に倒せるかは分からない。

 なのでいっそのこと一番強い一撃をお見舞いしてやろう、とのことである。

「もう最初からあれ一撃でいいんじゃない?」

「うーん。実はカウント増やすあたりの火力の増加量はあんまり大したことはないの。それよりも当てづらさの方が勝っちゃうから、使い勝手は微妙」

 もし使うとするならば、今回のように相手を取り押さえることに成功した時くらいである。

 幸運にも相手二人を同時に拘束できたのは、彼らが二者前衛という珍しい隊形をとっていたが故である。

 このような戦術は、他の試合では通用しないだろう。

「いやぁ、水菰ちゃんには毎試合驚かされちゃうよ。ねぇ、もう隠してることとかないの?」

 羽織の問いに、水菰は笑顔で返す。

「あ、否定しないよこの子ったら!」

 裏を返せば、まだなにか奥の手があるということである。

「爆弾も驚きだったが、それよりも驚いたのはお前だぞ逢坂。本当にお前、昨日まで全敗の黒星蒐集家ブラックリストだったのか?」

「はは、お陰様でね」

「いや、あの負けん気とタフネスがあればそうそう試合を落とさんだろう。今までお前と組んだ相手は、つくづく勝利が欲しくなかったと見える」

「…………」

 その言葉に、琢磨はむずがゆいような感覚を覚えた。

 今まで負けは自分の所為と言われてきた。彼自身もそう思っていた。

 だがこうして対峙した相手が賞賛の言葉を送ってくれている。今まで自分が努力してきたことは間違っていなかったと実感できるような気がして嬉しくなった。

「あーあ、俺も皇帝と試合したかったなぁ」

 愛永は椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。隣で高志がこくこくと頷く。

「確かに。俺達があの『雷神擲槍デウス・ザ・ストライク』を最初に破るつもりだったのだがな」

「おいおい、人様の技にまで痛いネーミングをするんじゃありませんよ」

 とは言えあの連携技は目下の難題だ。

 彼らは二回戦もあの技で試合を決めている。

 糸で封じ、槍で仕留める。シンプルが故に、打ち破るのが難しいのだろう。

「ちなみにあんたらはどうやってあの技を破るつもりだったんだ?」

 琢磨が二人に問う。

「常に動いて糸に捕捉されないようにする!」

「万が一捕まっても、相棒の糸を切れば問題ない!」

 一見効果的に思えるが実際のところどうだろうか。

 糸を蜘蛛の巣のように仕掛けられてしまっていたら、動いた結果捕縛される恐れがある。相方を助けようとする動きは予測されやすいので、そこを狙われたら終わりだ。二人同時に捕まってしまったら、反撃の余地は残されていない。

 しかし、糸に注意を払いながらあの皇帝を相手取るのは無理難題もいいところである。

「水菰ちゃんはなにか策はあるの?」

 羽織が訊くと、水菰は「うーん」と唸って虚空を見上げる。

「あのペアで厄介なのは帝塚山くんよりもむしろ由良川さん。彼女の『糸』は攻撃力こそ無いけど、見えづらくて弾力性がある。人を縛るのに最適」

「確かに。糸って言う割には素手で引き千切れないくらいには丈夫なんだよな」

 琢磨は食堂との一戦を思い出す。絡まった糸の複雑さもあったが、熾力の力に頼らなければ切れないくらいの強度があった。

「それは皇帝が持ってる属性も関わってると思うよ」

 羽織が口をはさむ。

「なにせ彼の属性は『強靭タフネス』。熾力の耐久性を上げる効力がある。デメリットとしてはちょっと重くなるようだけど、『ワイヤー』の形態にとってはむしろプラスに働いている可能性がある」

 『糸』はもともと重量としては軽すぎる形態である。それを複雑に操作しようとすると、ある程度の重みが必要になってくる。帝塚山が持つ『強靭』の属性は、操作に必要な重みと同時に強度まで補完してくれる、由良川要の『糸』にとって最適の属性と言える。

「ともかく、彼女をフリーにさせないことが、勝利には不可欠」

「文字通り、皇帝ペアの要ってわけだな」

「…………」

 琢磨の言葉に場の空気が凍り付く。

 一瞬遅れて水菰が「あ」となにかに気づいた様子で声を上げる。

「由良川さんの名前が、か、要だから……! お、逢坂くん上手、だね」

 フォローされるのが逆に心苦しい。

 それはともかく、と羽織が一連のやり取りを無かったことにして話を戻す。

「どうやって彼女を封じるかって話だよね」

「一応私の『時限爆破タイマー』は相性自体は悪くない。彼女が後衛に張り付いていても有効範囲内だし、例え糸に動きを制限されても発動はできる。爆発で糸を焼き切ることもできると思う」

「そうなった場合、相手の取る戦略としては水菰ちゃん狙いになるんじゃないの?」

 あの皇帝が後衛が狙うとは考えづらいが、いざとなれば彼もなりふり構わず勝利を捥ぎ取りにくるかもしれない。

「勿論、そうならない為に俺がいるんだがな」

 琢磨の役割は皇帝との相対だ。終始彼の注意を引き、攻撃を水菰に向けさせないようにしなくてはならない。

 水菰が要を封じ、琢磨が慧人と対峙する。

 しかしそうまでしてやっとイーブンの状況である。勝利に向けての決め手には欠ける。第一、琢磨の個人の実力が慧人と釣り合っていなければ、前提として成り立たない。

「皇帝の槍術は、おそらく学内でもトップクラスだよ。逢坂で太刀打ちできるの?」

「確かに、帝塚山くんの技術は凄い。でも、これは槍術の試合じゃない。これがデュアリングの試合だってことを忘れなければ、私たちは敗けない――!」

 おお、とそこにいた全員が羨望の眼差しを向ける。

 出会った頃ならば、なにを言っているんだこの不思議ちゃんと思っていたところだったが、二戦勝利した今では言葉に妙な含蓄があるように聞こえる。

 言っている意味はよく分からないが。

 その時、どこからともなく猫の鳴き声がした。妙にリズミカルな鳴き声にみんながきょろきょろ周囲を窺っていると、水菰がテーブルの上に置いてあった自分の端末を手に取った。

 どうやら着信に設定していた効果音らしい。

 彼女は画面を確認すると、操作して耳にあてる。

「はい。……はい、近くにいます。……分かりました、伝えておきます」

 少ししてそう締めくくると通話を切った。それから流れるように琢磨の方を向く。

「茨木先生から。研究室に来てって」

「俺も?」

 こくり、と頷く。

「なになに? 決勝戦前の作戦会議?」

「そんなところ」

 既に食事は食べ終わり、歓談ムードになっていたところだった。

 決勝戦までにはまだまだ時間があるようなので、茨木の研究室に立ち寄っても支障はないだろう。

「わかった」

 琢磨は立ち上がる。

「おう、頑張れよー」

「お前らもな」

 お互いの健闘を祈ってエールを送り合う。

 そんな関係は、少し前の琢磨にとっては考えられないものだった。勝利をきっかけに、少し環境が変わり始めている。そんな気がしていた。

 二人そろって食堂を後にして、茨木の研究室に向かう。

「悪い吉野、先行っててくれないか?」

 途中の廊下で琢磨は水菰の背中に尋ねる。

「トイレ行きたくて」

「ん、分かった」

 事情を察して彼女は頷いた。待たせては悪いと足早にトイレに駆け込んだ。

 用を済ませて研究室へ向かう彼に近づく人影があった。

「逢坂琢磨」

 名前を呼ばれて振り向く。

 抑揚の小さい無機質な少女の声には聞き覚えがあった。

「由良川要……」

 琢磨は声の主の名を口に出す。

 皇帝、帝塚山慧人のパートナー。決勝戦の相手でもある要が、一人で立っている。

 どうやら慧人の姿はここにはないようだ。その様子を不思議に思いながら、自然と警戒態勢をとる。

 そんな琢磨の態度は一切気にしない様子で、彼女は口を開いた。

「話があります。少し、お時間を頂けませんか?」

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