09

 決勝戦は予定通りの時刻に執り行われた。疑う余地もなく最も注目を浴びる一戦となる。間近で見ようと思った生徒・来客が押し寄せ、競技場は立ち見も含めて人で溢れかえっている。

「お待たせしました皆々様ァ! 泣いても笑っても最終試合、若獅子戦決勝戦! 間もなく、試合開始です!」

 その日一番の歓声が競技場はおろか学園中に轟く。

「それでは改めて選手の紹介だ! 一回戦から圧倒的な実力で勝ち上がってきた、帝塚山・由良川ペア!」

 主に一年生からの大歓声を浴びつつ、皇帝――帝塚山慧人は不敵な笑みを浮かべる。観衆に一切媚びない立ち姿は流石皇帝とでも言うべきであろうか。

「そしてそして、下馬評を覆して勢いのまま決勝戦へ駒を進めてきたのは、意外性ナンバーワンのこの二人、逢坂・吉野ペアだぁ!」

 皇帝ペアにも負けず劣らない歓声が立ち上る。二回戦以上の声量に、琢磨は決勝戦の重みを改めて実感した。

「よくここまで這い上がって来たな、最弱」

 慧人が琢磨に向かって告げる。表面上だけ見れば賞賛の言葉なのだが、その不遜な態度が明らかに上から目線で言ってるのを物語っている。

「いや、最弱という呼称は今となっては相応しくないな」

 皇帝は頭を振る。

「では改めよう――『微弱』と!」

「人を電波みたいに言うな!」

 それならまだ最弱の方が箔があるように思えるのは何故だろうか。

 琢磨は大きく一息吐いてから対戦相手に向き直る。

「俺は、勝つためにここに来た。相手が誰であろうと勝利を譲るつもりは無い!」

「おおーっと、逢坂選手の宣戦布告が炸裂! っていうか今年の一年は揃いも揃ってマイクパフォーマンスがお得意だぁー!」

 琢磨は言い終わったあと慧人の背後に控える要に視線を送る。紛れもなく、先程の宣戦布告は要の提案に対する返答である。『お前の考えには従わない』という意思表示のつもりだ。

 彼の視線を受けて、要は一瞬目を細める。表情の変化の乏しい彼女にとってそれは明確な嫌悪感の表れだった。もしかすると彼女は、半分くらいは善意のつもりであの提案を持ち掛けたのかもしれない。それを挑発でもって叩き返されたのだから、不快に思うのも無理もない。

 ――どうなっても知りませんよ。

 彼女の内に秘めた考えを、琢磨はそう読み取った。

 望むところである。はなから彼女の言動など計算に入れるのが間違いなのだ。

 自分は持てる実力をもって全力で試合に臨むのみ。それによって齎される結果は、全て些事でしかない。

「あっはっは! よくぞ言ったな逢坂琢磨! ならば俺も全力で応じるのが礼儀というものだろう。来い、要!」

「はい」

 二人は交心リンクする。慧人は出現した槍を大きく振るって見せた。

「逢坂くん」

 水菰が隣から琢磨に呼び掛ける。

「作戦通りに。上手くいくかは分からない、けど」

「あとは自分を信じて、だろ?」

「……うん」

 交心して、戦闘隊形を執る。

 一瞬の静寂が会場全体を包み込む。試合開始の瞬間を、その場にいた誰しもが固唾を飲んで見守った。

 そして。

 審判の笛が鳴った。

「試合開始ィーー!!」

 実況と観衆の絶叫と共に、前衛の二人は駆け出す。

 と、同時に。

 要の身体が黒い球体に包まれた。

「!!」

 カウントの表示は『3』だったが、要はすぐさま真横に退避する。いくら余裕があるからと言って逃げられる時に逃げないのは無用なリスクを背負うことになる。

 開幕即効の攻撃を受け要は相手陣に目を遣る。予想通り、水菰はこちらに視線を向け標準を定めている。

「……?」

 その様子に違和感を覚えて身構える。

 彼女はどうして両腕をこちらに向けているのだろうか。

 ――まさか!?

 思いつくと同時に要は更に真横に飛び退いた。次の瞬間、今まで自分の立っていた場所に黒い爆弾が出現した。

 それもカウントが『1』の状態で、である。

 ことの真相はこうだ。水菰が開幕と同時に仕掛けた爆弾はふたつ。一つは要がいる地点に普通の爆弾を。そしてもう一つは要が退避するであろう地点に『遅れて出現する爆弾』を。

 異なるタイミングで出現したふたつ爆弾はほぼ同時に爆発した。

「あ、あれは! 一回戦の最後に見た、ワンカウントの爆弾!?」

「はい。どうやら吉野選手はあのふたつの爆弾を使い分けることができるようですね。それらを使い、由良川選手の動きを封じるつもりです」

 糸の能力の使用には、実は相当の集中力を要する。糸は見えないくらいに細く、操作を誤れば絡み合ってしまい効力を発揮できなくなるからだ。

 今まではパートナーである慧人が率先して攻撃を引き受けていた為に、能力に専念することができた。

 だが今回の相手は、そのことを承知して完全な役割分担を狙っている。

 ――厄介な。

 要は奥歯を噛みしめる。先程の爆弾も、虫の知らせとも呼べる危機感を察知していなければ直撃を受けていたかもしれない。

 念のためにと一回戦を視察していて良かった。出現からワンカウントで爆発する爆弾が存在するということを知っていなければ、その可能性を考慮することもできなかった。

 一息吐く間もなく、再び身体が球体に包まれる。おそらく今回もまた、爆弾をふたつ仕掛けているに違いない。ワンカウントの爆弾を多用しないのは、できない理由があるからである。

 仕掛ける場所の精度を欠くか、または出現するのにラグが生じるからだろう。逢坂琢磨の能力を考慮すれば、おそらくは後者と判断できる。

 最初のふたつの爆弾がほぼ同時に起爆したのは、仕掛けたタイミングが同じだからではないだろうか。

 そう仮定すれば避ける手段は容易に思いつく。

 ――ワンカウントの爆弾も、結局はスリーカウントを要するのであれば、動き回る相手には通用しない。

 動き続ける相手が、スリーカウント後にどこにいるのか予測するのは困難だからだ。或いは、規則的な運動ならば動きを読まれる危険性もあるが、変化をつければそれは回避できる。

 ようは、同じ場所に留まっていなければいいのである。

 しかしそれはある問題を発生させることになる。

 糸の操作に必要な充分な時間を取れないでいる。そしてそれこそが相手の狙いなのである。

 慧人の戦闘技術は天才的なものだが、要のサポートによってそれは更に際立つ。二人の連携によって勝利はより強固なものとなるのだ。

 しかし今はそのサポートの体勢が執れずにいる。

 要は慧人に視線を送る。相方の心配をよそに、皇帝はいつものように洗練された槍捌きを披露していた。

「くっ……!」

 琢磨が表情を曇らせる。開始から一向にダメージらしいダメージを与えられていない。

 拳のリーチに入れないことも勿論あるが、なにより厄介なのは雷だった。『ライトニング』の属性は直撃した相手の身体を麻痺させ硬直させる時がある。一度硬直してしまえば、そこから追撃を受ける恐れがある。防御するわけにもいかず、執れる一番の対処法は回避のみ。

 よって琢磨は近づいては離れてを繰り返している。

 勿論、解決の糸口が全くないでもない。

 前回戦ったのも含めて、慧人の槍について学んだことがある。槍の切っ先以外、柄の部分で攻撃を受けても大した攻撃力は無く、また雷の影響も小さいということである。

 つまり、相手の懐にさえ飛び込めれば勝機はあるのだ。

 ――って、それができないから苦労してるんだけどな。

 槍の一撃を躱しつつ、琢磨は一度距離を取る。

 ――しゃーない。できればやりたくなかったけど、のんびりもしてられないしな。

 琢磨は意を決して駆け出した。

 単調な突進を見て、皇帝は鼻で笑う。

 一閃に薙いだ一撃。

 琢磨はそれを躱さなかった。

 衝撃と同時に閃光が舞う。

「直撃ィ! 逢坂選手堪らず吹っ飛ばされ……ない!? そのまま直進したぁ!?」

 ダメージを承知で琢磨は突き進む。幸運なことに雷による痺れは小さい。

「ぬっ!?」

 慧人が目を見開く。

 これが槍試合であれば一本決めたところで終了だろう。しかしこれはデュアリング。何度直撃を受けようが、晶核コアが無事である限りは負けない。

 渾身の一撃も、最初から覚悟していれば受けきれないほどではない。

 愚直にも思える猛進で、強引に『拳』の間合いに辿り着いた。

 そして――。

「行ったぁ! 渾身の右ストレートが炸裂ゥ! なんちゅーゴリ押し! なんちゅータフネス!」

「ダメージを負っても自分の一撃の方が威力が高いと判断したんでしょうね。デュアリングはダメージを競う勝負。どんなに泥臭くても、それこそが真理です」

「いや!? 待ってください! これは――!」

 実況が驚嘆の声を上げる。

 琢磨が放った渾身の一撃は、皇帝に届かなかった。

 槍の柄で拳を受け止めていたのだ。その衝撃に耐え切れず槍はへし折れてしまっているが、彼の本体に拳は届いていない。

 咄嗟の一撃にも冷静に対処する。圧倒的な戦闘センス――それこそが皇帝の、皇帝たる所以である。

 攻撃を防がれてしまっては琢磨はダメージの受け損である。それどころか、今度は相手に反撃のチャンスを譲ることになる。

 慧人は折れた槍を解除すると、すかさず新しい槍を発現させる。

「!」

 槍の一撃が放たれる直前、二人の間に黒い球体が出現した。

 疑いようもなく水菰の時限爆弾である。

 二人は攻防を止め、一度距離をとる。

「おおっと! ここは吉野選手がナイスフォロー! 相方のピンチを救った!」

「いや違います! 吉野選手が前衛に注意を払ったことで、由良川選手がフリーになってしまう!」

 そう、要は水菰からマークが剥がれた一瞬を見逃さなかった。

 逃げながらも少しずつ張り巡らせていた糸を、今発動させる。

「!」

 琢磨の右足が見えないなにかに引っ張られた。流石の要も、全身を捕縛するだけの糸をすぐには用意出来なかったようだ。

 しかし、文字通り足を引っ張られた状態での攻防は不利を極める。

 そしてその隙を見逃す程皇帝は甘くなかった。

 槍の突撃が琢磨を襲う。しかしそれは水菰が設置した爆弾に阻まれた。皇帝は爆弾への侵入を避け、突進と止めた。

 同時に、琢磨と要の間にも爆弾が出現する。

「吉野選手、逢坂選手を捕まえている糸を焼き切るつもりだ!」

「戦況はいつの間にか第二ラウンドに移っていますね。前衛同士、後衛同士が相対する状況から、後衛がお互いの前衛を支援し合う形になっています」

 要は糸によって琢磨を捕縛しようとし、水菰は爆弾によって糸を焼き切り、また慧人の動きを牽制する。

 今まで皇帝ペアが戦って来た相手と違うところは、遠隔で糸を排除する手段を有しているということだろう。

 糸は見えづらいが、物理的な軌道には従っている。水菰は琢磨と要の位置関係から糸の場所を割り出していた。

「こうなったらコンビネーションの勝負です。お互いにパートナーの動きをどれだけ予測して行動できるかがカギです!」

 爆弾の配置は水菰が任意で行う。よって琢磨は爆弾が出現してから行動を起こすことになる。下手をすれば爆弾によって琢磨の攻撃を妨げる恐れもある。

 だが、度重なる攻防によって二人の意思は噛み合い始めていた。琢磨が水菰の考えを、水菰が琢磨の動きを、それぞれ予測することによって動きが洗練されたものになっていく。

 つい数日前にコンピを結成したとは思えない息の合いようだった。それは偏に、二人が勝利という強い意志で繋がっていることの証左に他ならない。

「これはーー! 逢坂選手、帝塚山選手を追い詰めている!?」

 それは皇帝がこの大会で初めて見せる防戦の姿だった。クリーンヒットこそ受けてはいないが、何度かは琢磨の拳が届いていた。

 皇帝の勝利を信じて疑わなかったものからすれば、それはあり得ない光景だった。

「なんとなんと! これはまさかまさかの大金星が起こってしまうのかー!?」

「いや、決めつけるのはまだ早いですよ。この状況、まだ皇帝ペアの方が有利です」

「えっ?」

固有形態ユニークスタイルのデメリットです。固有形態は複雑ながら優れた能力が多いですがその分、かかるコストが高いんです。吉野選手の爆弾の威力を見るに、あの爆弾は一試合の中でそう何度も使えるものじゃないはずです」

 壊れた熾力フォトスを何度も修復できないように。飛び道具の弾も、矢も、そして爆弾も、発動させるのに熾力を消費する。その回数は無限ではない。

 そして水菰は、試合開始からこれまでに見せたことのないペースで熾力を展開している。

「では、吉野選手が熾力切れになってしまったら……」

「形勢逆転。どころかあの二人は、対抗する手段を持たなくなります」

 時間はあまり残されていない。

 おそらくは慧人もそれを察した上で無理に攻め込むことはせず防戦に努めている。苦しい姿を見せることになるが、それも勝利の為ならば厭わない。

 皇帝は、勝ってこそ皇帝なのだ。

 そして。

 までもこだわりを捨てたわけではない。

「ああっとォ! 吉野選手の爆弾設置のペースが、徐々に遅くなっている!」

「ペース配分を気にし始めましたね。しかしそれでは、帝塚山選手の猛攻は疎か、由良川選手を封じることもままなりません……!」

 そう、糸だ。

 由良川要はじっとその瞬間を待っていた。何度も囮の糸を飛ばしては、爆弾を誘発する。水菰は上手く糸を防いでいたと思っていたかもしれないが、それらは全て『この一瞬』の為の布石である。

 『あの状況』を作り出せれば自分たちの勝利は揺るがないものとなる。爆弾の手数が減った今がその絶好のチャンス――。

 要は悟られぬようわざと遠回りして張り巡らせて糸に力を込める。

 逢坂琢磨を完全に捕縛する為に――。

 ――と。

 そのように要が行動することが、琢磨たちの唯一の勝ち筋であった。

 あのまま慧人を狙い続けていてもいずれジリ貧になることは目に見えていた。そして、要が少しずつ琢磨を捕えようと画策していたのも水菰は気づいていた。

 だからこそ罠を張った。

 わざと爆弾の配置ペースを遅らせ、自分の力が残りわずかになっているように見せかけ要を糸に集中させる。

 実際は、爆弾が設置できなくなったのではない。

 爆弾は既に設置されていたのだ。

 遅れて出現する爆弾として。

 由良川要を、包むように。

「――ッ!!」

 爆弾が発現した瞬間、要は自分の失敗に気が付いた。どうして自分は、『ワンカウントの爆弾』の警戒を緩め足を止めてしまっていたのだろうと。

 爆弾が爆破してしまえば、自分の手元に繋がっている糸も同時に焼き切れる。それでは、琢磨を捕縛するために張り巡らせていた糸が全て無駄になっていまう。

 結局は、勝利のパターンに拘りそれに心酔したことがこの状況を生んだ彼女の甘さであった。

 それを吉野水菰は的確に突き、唯一とも言える勝ち筋を作り出したのだ。

 致命的な見落としがあったとすれば――、

「要!」

 この状況を予測し、行動していた者がいたという点だ。

 爆発の間際、皇帝――帝塚山慧人はパートナーの肩を押し、球体の外へと追いやった。だが自身は、身代わりになる形で爆発に巻き込まれたのだ。

「慧人様!」

「糸に集中しろ、要!」

 爆炎から放たれた声に、要は気づく。彼らにとってののぞみはまだ、切れていなかった。

「!」

 糸に力を込める。

 同時に琢磨の動きを完全に封じた。

「逢坂くん!」

 水菰は慌てては腕を伸ばす。しかし違和感に気づいた。

 伸ばした両腕に糸が絡まり、上に向けさせられる。

 要が伸ばしていた糸は琢磨に向けたものだけではなかった。琢磨を捕縛してもすかさず水菰が助け出すと読んだ彼女は、水菰を捕縛する為の糸も伸ばしていたのだ。

 流石に人二人を完全に静止させる余力は無かったが、水菰に関しては腕さえ封じてしまえればそれでいい。なにせ水菰は腕で爆弾を設置する距離を測っている。腕を封じれば、爆弾を封じたも同然なのだ。

「――くく」

 ゆっくりと立ち上がりながら、皇帝は笑みを零す。

「正直驚きだぞ。この俺がここまで追いつめられるとはな……!」

 琢磨を拳を何発か受け、そして今まさに水菰の爆弾の直撃を喰らった。数値上、今大会で慧人が最も多くのダメージを受けた瞬間だった。

「だが。終わってみれば結果は変わらん」

 慧人や槍を構え、その切っ先を琢磨の心臓に向ける。

 いつもの必勝パターン。

 要が捕らえ、慧人が穿つ。

 皇帝がこの勝ち方に拘るのには理由があった。

 それは自分の力を誇示する為である。

 流れで勝った。偶然勝った。そんな世迷言が一切出てこないように。

 抗いようのない敗北を相手に叩きつける為。

 疑いようのない勝利を見る者全てに知らしめる為。

 だからこそ、慧人は要を庇った。自身がダメージを受けることも厭わず。『どうすればこの必勝パターンを生み出せるか』を考え行動していた。

 相手が糸による捕縛を恐れ、要を狙うことも計算のうちだった。そしてそのタイミングは、要が行動に移ったその瞬間であると。

「人は勝利を確信した時こそ大きな隙を生む。だがそれは、自分に対しても言えることだと言うことだ」

 水菰が突いた致命的な隙。しかしそれは裏を返せば、勝利を確信した自分の隙でもあったのだ。

「――そう。どれほど追い詰められようと、俺は俺の勝ち方を譲らない。それこそが、絶対的強者の在り方だ!」

 ただ勝つのではない。強者として勝つ。

 それこそが慧人が追い求める勝利の美学。

 相手は身動き一つしてとれず。自分が持つ最大火力を叩きこむ。

 雷槍の先端は今にも暴発しそうなほどバチバチと電気が迸っている。

「くっ……!」

 琢磨は身をよじる。複雑に絡まった糸はほどけそうに無かった。

 その様子に、皇帝は笑みを浮かべる。

「そうなってはもう遅い。貴様の快進撃も大したものだがここまでだ。どうだ? 諦めるつもりになったか?」

「誰が……諦めるか!」

 諦めるということは今の琢磨にとっては最も遠い言葉だった。

 自分の為。今となっては夢を共有する水菰の為。そしてかつて憧れた存在に近づくために。

 琢磨は最期の一瞬まで諦めるつもりなど無かった。

「そうか。なら――」

 慧人の顔から笑みが消えた。

「これで終わりだ!!」

 そして槍が投擲される。

 終わりを齎す雷槍が、琢磨目掛けて放たれる。

 次の瞬間。

「!?」

 琢磨の身体を黒い球体が覆った。

 ――自爆? 

 慧人はまずそうを思った。先程の打ち合いの中で、琢磨も少なからずダメージを負っている。爆発を受ければ耐えられないほどに。

 そして同時に思い至る。

 ――いや待て、それ以前に何故爆弾が設置できた!?

 疑問を浮かべる慧人であったが、もう槍は手から離れてしまっている。

 もう後戻りはできない。

 刹那とも言える時間の中で、慧人は確かに見た。

 逢坂琢磨、そして吉野水菰の瞳がなにひとつ希望を失うことなく真っ直ぐ前を見据えていたことに。

 決勝戦の前。

 他に隠していることはないかと問われた水菰は曖昧にはぐらかした。その答えは、当然隠していることがあったのだ。

 ひとつ、パートナーとの距離は腕で測らずとも分かるということ。交心はお互いに力を相手に伝えることである。つまり今の琢磨は水菰の力の一部を有していることになる。それさえ分かれば、水菰にとっては自分の位置が分かるのと同じようにパートナーとの距離も明白なのだ。

 水菰は腕を封じられたことにより、それ以外の距離を測ることはできなくなったが、琢磨がいる地点に爆弾を設置することだけはできたのである。

 しかしそれだけでは現状を説明したことにならない。爆弾を設置できても、それで琢磨が耐えられなければ敗北が決するのだ。

 当然ながら自暴自棄になったわけではない。

 そこには水菰が隠していたもう一つの事実が関係している。

 『時限爆破タイマー』は扱いづらい能力である。球体の大きさも決まっており、カウントもスリーカウントよりも縮めることもできない。

 だが。

「――ええ、はい。実は『手加減』だけはできるのです」

 槍が琢磨に届く直前で爆発が巻き起こった。

 しかしその爆発は、今まで見てきたものとは大きく異なり爆発の規模も爆発音も抑えられたものだった。

 従って。

 爆発は琢磨に絡みついた糸のみを焼き切り、自由になった琢磨は慧人の放った雷槍を間一髪のとこで回避したのだ。もし琢磨が勝負を諦め、いつでも動けるように備えていなければ回避は間に合わなかった。

 一瞬たりとも諦めることのなかった琢磨だからこそ成しえた反応である。

 そして――。

「おおおおっ!!」

 踏み込む。全身全霊の力を込めて右腕を振りかぶる。

 勝利を確信した者ほど大きな隙を生む――その言葉が示すように槍を投擲した直後の皇帝はあまりにも無防備だった。

 最早防御は間に合わない。

 固く握った琢磨の拳が、皇帝の鳩尾を捉えた。

 と、同時に。

 勝敗を決するブザーが鳴り響いた。

 皇帝、帝塚山慧人の晶核コアが限界に達したのだ。

「試合終了ーー!! なんとなんと! 無敗の皇帝ペアを打ち破り、若獅子戦優勝を果たしたのは、逢坂琢磨・吉野水菰ペアだァーー!!」

 実況の声に伴って、割れんばかりの喝采と拍手が競技場を埋め尽くした。初めて琢磨たちを見た人々は勿論、かつて琢磨を最弱と罵っていた生徒たちもいつの間にか二人の勝利を祝福していた。

 一方の要は、ありえないと言った表情で膝からくずおれる。

「か、勝った……のか?」

 勝利の余韻よりも疲労感の方が勝り、琢磨は中腰になって息を整えていた。

「逢坂くん……」

 その背に呼び掛ける声があった。

 振り返ると、パートナー――吉野水菰の姿があった。

「おう。やってやったぞ、吉野!」

「うん!」

 次の瞬間。

 水菰が琢磨に飛びついた。

 思いがけない行動と、一試合終えた直後で足腰がふらついていたこともあり、琢磨は少女の身体を支えきれず尻餅をつく。

「やった! やったよ……!」

 全く気にしない様子で水菰は琢磨の胸に頭をうずめる。その無邪気な喜びように、琢磨は自分の腰をさすりながら呆れたように微笑んだ。

 これで、彼女の夢を次に繋げることができた。

 自分の待遇がどう変わるのかは分からないし、今となってはどうだっていい。

 ただ、かつて自分が憧れたあの雄姿に少しだけ近づくことができた。その確信があれば彼は満足だった。

 歓声と充足感に包まれながら、少年は静かに目を閉じた。

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