06
「ではでは、逢坂と吉野ちゃんの初勝利を祝しましてぇ――」
「かんぱーい!」
茨木の研究室に歓喜の声が響いた。
一回戦を終えて、琢磨と水菰は茨木に連れられてささやかな祝勝会をすることにした。そこに何故か羽織もついてきている。
「いや、コーラで乾杯ってどうなんですか先生?」
「私だって許されるならビールの一杯でも飲みたいよ? でも学園内で教師が飲酒するのは流石にまずいっしょ?」
一応教師としの自覚はあったんだ、と琢磨は心の中だけで呟いた。
「水菰ちゃんに至ってはミルクティーだよ?」
「炭酸が苦手なので……」
申し訳なさそうに水菰が言う。
「まあ、なんだっていいじゃないか。はっはっは」
「はっはっは、じゃなーい!」
高笑いする茨木を、羽織の声が制した。にこやかなムードが一転する。
「どうしたんだい相生。いきなり声を荒げて」
「納得いかないですよ! あの最後の一撃、あれは一体どういうことですか!」
ばん、と羽織はコーラの缶を机に叩きつける。
茨木の方は尚もとぼけた様子で、
「最後?」
と首を傾げた。
「さっきの試合の、最後の時限爆弾ですよ! スリーカウントの条件はどうしたんですか!? 爆弾のカウントは出現したと同時に『1』になっていたように見えましたよ。なのに威力はそれまでの爆発と変わらないように見えました。一体どんなカラクリを使ったんですか!?」
まくしたてるような疑問に、他三人はゆっくり顔を見合わせる。
まさかとは思うが彼女はそれを言うためにこの研究室に乗り込んできたのだろうか。
「うん。やっぱばれるか」
言って茨木は舌を出す。
「いや、ばれない方が無理だと思いますよ。先生だって言ったじゃないですか、『騙し討ちが通用するのは一回戦までだ』って」
琢磨の言葉に、羽織は怪訝な表情を浮かべる。
「騙し討ち?」
「言っておくがなにも不正はしてないぞ? ようはあれだ、お前の言葉を借りて言うなら『初見殺し』って奴だ」
ははーん、と羽織は腕を組む。
「なんとなく見えてきたぞ。つまり途中までの爆弾のスリーカウントがそもそもミスリードだったわけだ。相手に『爆弾はスリーカウントしないと発動しない』と思わせておいて、本当はその必要は無かった。満を持して不意打ちを決め込んだんだね?」
「ん、半分正解」
茨木は意地悪そうに微笑んだ。
「相手に『スリーカウント』を意識させてたのは事実。けど後半は間違っている。勝敗を決した最後の爆弾、あれもちゃんと『スリーカウントしていた』んだ」
「は?」
羽織は不快感を隠さず聞き返した。
「いやいやいやいや。僕の目は誤魔化されませんよ? 爆発のタイミングは明らかに早かったし、カウントも『1』の表示でした」
「吉野ちゃん、説明お願い」
突然話を振られて、勝利のプリンに舌鼓を打っていた水菰はびくっと肩を震わす。
「……要因は逢坂くんの持つ『
「逢坂の? って、能力や使用者の動きを遅らせるってやつ?」
こくり、と水菰は頷く。
「結論から言うと、逢坂くんの能力によって『爆弾の出現だけ』を遅らせたの」
「はえ?」
「えっと……。順を追って説明するね。私の『
「ふむふむそれは分かる」
「そこで『遅滞』の効果を爆弾の出現に掛けるとどうなるか。当然、爆弾の出現が遅れるわけだけど、カウントダウンはいつもの処理に従ってスタートするの。つまり、爆弾が出現する前にカウントダウンが開始される状態になっちゃうというわけなのです」
それをなにも知らない状態で観測すると、あたかもワンカウントの爆弾が突然出現したように見えるのだ。実際はスリーカウントだった爆弾が、ワンカウントになった時に出現しただけに過ぎない。
「……なんで?」
「俺にも分からん」
琢磨が無意味に胸を張る。
「確証は無いけど、それは多分私の『
「なるほど? 詳しいことは分からないけどともかく、逢坂と交心した水菰ちゃんは『カウントダウンがゆっくりになった時限爆弾』と『カウントダウンに遅れて出現する時限爆弾』を使い分けできるってこと?」
「そういうこと」
「どうやって?」
「えっと。すごく感覚的な話になるから上手くは説明できない。そもそも、どうやって爆弾を出現させてるの、っていう疑問にもちゃんと答えられないの。漠然としたイメージになるけど、普通に声を出してるのと裏声を出してるのの違い、みたいな……」
「うーむ、わからん」
羽織は諦めたように腕を組む。思えば自分もどうやって能力を行使しているのかと問われても説明できるものではない。ただ自分の中で明確なスイッチのようなものがあって、それを無意識で起動させているのだ。水菰の場合、そのスイッチが二つあるということなのだろう。
強引に羽織はそう納得することにした。
「ん? でもそれって危なくない? 遅れて出現する方の爆弾は、逢坂にとっても予期しない攻撃になるよね?」
「うん。だから基本は、合図がない時は使わない」
「合図?」
「方法は色々あるよ。ハンドサインとか。けど一番確実なのは音かなぁ」
「音、声……。あっ!」
羽織は思い出したように声を上げた。
「逢坂が一度だけ水菰ちゃんの名前を呼んだのって……!」
「そ。攻撃の合図」
琢磨と水菰は予めそう取り決めていた。琢磨が名前を呼べば、彼がいる地点に『カウントダウンに遅れて出現する時限爆弾』を設置すると。琢磨はそれを分かった上で、相手を自分がいるところに爆弾が出現するタイミングで誘導する。
つまりあの時琢磨が水菰の名前を叫んだのはパートナーを心配してのものではなかったのだ。
「いやぁでも、来ると分かっていても戦闘中に正確な時間を数えるなんて大変じゃない? 一歩間違えれば自分が巻き添えになるんだよ?」
ああ、と琢磨は頷く。
「苦労したぜ。大会までにカウントのタイミングを身体に染みつけるのにな」
「あ、あのストップウォッチか!」
以前食堂で見たストップウォッチ。その一番の使用目的は、琢磨が正確な時間間隔を身に着けるためだった。それが例え戦闘中であっても、正確さが損なわれないくらいにするにはまさしく猛特訓を要した。
「ま、初陣にしては型に嵌ってくれたようで私は安心したよ。それでどうだい? 初勝利の感想は?」
茨木は揶揄うような視線を琢磨に送る。少年は照れくさそうに頭を掻く。
「正直、あんま実感が無いです。それに、勝てたのはやっぱ吉野の力が大きいですし……」
「そんなことないよ」
水菰が優しく微笑む。
「私の『時限爆破』が機能したのは逢坂くんの『遅滞』のお陰。最後の一撃を当てられたのも、逢坂くんの努力と勇気があったから。この勝利は、紛れもなく逢坂くんの勝利だよ」
「……ありがとう」
今までは、自分の能力が疎ましくて仕方がなかった。もっと一般的な、普通の能力であればこんなにも敗北を繰り返し、周りから嫌厭されることもなかったはずなのに、と。
しかしそんな稀有な能力だからこそ得られる勝利もあった。人は誰しも生まれ持った才能と、持ちえなかった才能がある。それは中には努力ではどうにもならないことだってある。だが、それで絶望してはいけない。自分の才能と向き合い、それを活かせる環境を作り出すことが肝要なのだ。
琢磨はそれを教えてくれた少女に感謝を述べた。
「さて、いつまでも浮かれてはいられないぞ! 吉野ちゃんの能力が知られた今、相手もなにかしらの対策をとってくるだろうしね」
ぱんと手を叩きながら茨木は言った。
「ま、でも。遅れて出現する方の爆弾のカラクリは、まだばれてないんじゃない?」
「どうだろ。勘が良い人なら、逢坂の『遅滞』の能力と結び付けて正解を導き出してもおかしくないね」
「確かに。解説役の聖護院先輩なんかは、多分気付いていると思いますね。吉野の『
「三年生のトップランカーは魔境だからねぇ。学外との試合も経験してるから、初見の能力に対する適応力には長けているんだよ。とは言え今回の相手は同じ一年生なんだし、そう身構える必要もないかもね」
そういえば、と琢磨は羽織の方を見る。
「二回戦の相手ってどんな奴らだ? 第三試合見てないだよな」
「ああそうか。スタンバイしてたんだっけ。なんであの控室、モニター無いんだろうね」
「うーん。予算の都合かな」
苦笑いを浮かべる茨木。あれだけ設備が整っていて予算不足は無いだろうに、と琢磨は心の中でツッコミを入れる。
「まあいいや。第三試合を勝ちあがったのはC組の
「あ、この大会同性でエントリーできたんだ」
ペアの性別は大会のレギュレーションによって異なる。男女ペアのみ出場可能な大会もあれば、男子のみ女子のみが参加できる大会もある。
若獅子戦は一年生限定という縛りが先にあるため、性別による縛りは緩くなっているのだろう。それよりも、色々なペアを内外の人間に知ってもらうという目的があるのかもしれない。
「そうそう。このペアも前評判を覆しての勝利だったんだよね」
「君らがいなければこっちがダークホース扱いだったかもね」
「で、どんな奴らなんです?」
琢磨の問いかけに、茨木と羽織は顔を見合わせる。
それから口をそろえて、
「なんか、凄かったねぇ」
と言った。
その抽象的な評価に、琢磨は怪訝な表情で首を傾げた。
「さぁてお待ちかね! 二回戦第二試合を始めるぞー! 決勝での帝塚山・由良川の最強コンビとの対戦権を勝ち取るのはどっちのペアだ!? 観客の皆様! ランチタイムはちょっと待っててくれよ!」
実況の声が轟く。
今日一日このテンションなのだろうか、琢磨は実況役の生徒のメンタルと喉が心配になった。
「一回戦、あれよあれよという間に勝利を掴んだ、今大会唯一の仲良し男子コンビ! 千里・西脇ペア!」
琢磨は対戦相手に目を遣る。聞いていた通り、二人とも男子生徒だ。一方は茶髪のツンツン頭で、もう一人は黒髪で前髪が片目にかかりそうなほど長い。
一回戦で戦った朽木煉に比べれば体格が大きいわけでもなく、威圧感もそれほど感じない。とは言え、その普通さが逆に不気味な印象を受けた。
「そして対するは、一回戦で衝撃的な初勝利を手にした、逢坂・吉野ペア! その実力が本物であると証明できるのか!」
歓声がこだまする。
一回戦の時と比べると、注目されるのにも慣れてきたような気がする。いや、正直一回戦は観衆を気にしている余裕などなかったのだが。
「逢坂琢磨、吉野水菰!」
不意に名前を呼ばれた。声の主は相手のツンツン頭だった。
「お前たちもなかなかの強者のようだが、その快進撃もここまでだ!」
無駄に大きな声が響く。その隣にぬっと黒髪の方が並び立った。顔の前に手を翳し、キザっぽいポーズをとっている。
「なぜなら、相手がこの俺たちだからだ」
「はい?」
「
琢磨の疑念の声はものともせず、二人は互いに拳を打ち合い高らかに叫ぶ。
次の瞬間、両者の手には熾力によって形成された武器が握られていた。
茶髪――千里愛永の手には冷気を纏った幅広の両刃剣。
黒髪――西脇高志が持っているのは対照的に熱気を帯びたサーベルのような細剣。
二人とも『
「人呼んで『
「そして俺は『
「二人合わせて――」
「――『
「で、出たァー! 一回戦に引き続き、痛々しい口上が炸裂! つか、実況の俺より盛り上げるのやめてくれない!?」
競技場が歓声に包まれる。おそらく本日二回目の演出なのだろうが、既にお決まりのフレーズのようになりつつある。
実況に痛々しいなんて言われているが、本人たちは至って真面目でしかもノリノリである。その姿勢が逆に観客にウケているのかもしれない。
琢磨はというと完全に面を喰らってしまって唖然としていた。どんな奴と聞かれた茨木たちが言葉を濁した理由が今になってわかった気がする。
隣では水菰が真剣な口調で、
「奇抜な口上で観衆を惹きつけるとはお見事。逢坂くん、私たちもなにか考える?」
「本気かどうか判断しづらいボケやめてもらえます……?」
さて、相手は既にやる気満々なのでこちらもそれに応えなくてはならない。琢磨と水菰も交心し、熾力を発現させる。
なんとなくアウェーのような状況になってしまったことに戸惑いながら、琢磨たちは戦闘態勢に移る。
「両ペアとも準備万端だ! 意外性の強いペア同士の名勝負! 今――」
審判の笛が鳴る。
「試合開始ーーッ!!」
実況の声と共に、水菰を除く三人が駆け出した。
――やっぱりそう来るか!
琢磨は少し前に茨木たちから対戦相手の情報を得ていた。相手は二人とも『剣』の形態を有している。
その真骨頂はすなわち――。
「来た来た来たー! 一回戦で猛威を振るった『
一般的にデュアリングの試合は、ペアの間で前衛と後衛に分かれることが多い。『
「けど、最近では
勿論、課題もあるわけですが、と解説は締めくくる。
解説の言う通り、彼らが狙っているのは琢磨への集中攻撃である。
二人の剣士は左右前後に入れ替わり立ち替わり斬撃を繰り出す。
氷を纏った大剣。
炎を纏った細剣。
それらが周囲の全方位から琢磨に襲い掛かる。
「速い速い! 千里・西脇ペア、相変わらずのコンビネーションだァ!」
「ええそうです。二者前衛が成立する大前提、両者がしっかり連携できていないとダメなんです。攻撃範囲が重複するので当然ですよね。お互いの意思疎通がとれていないと、相方の攻撃を阻害したり同士討ちになっちゃうこともあります」
「だがしかし! このペアはお互いの動きを予期しているかのように、流れるような連携を繰り出して来ます!」
「コンビネーションという点ならば、皇帝ペアにも匹敵しますよ!」
「一体なぜこのようなコンビネーションを実現することができるんでしょうか!」
「仲良しだからじゃないですかね!」
「なるほど!」
水菰は援護の為に爆弾を設置する。しかし終始動き回る相手二人に直撃させるのは困難で、三人が密着した状態となっているため最悪琢磨を巻き込む危険性すらある。今のままでは琢磨が集中攻撃を受け続けることになる。
「しかし惜しいですね」
「なにがです、聖護院さん?」
「二人の『
氷は炎の熱により融けてしまい、炎もまた氷が融けた水によって鎮火してしまう。
「つまり二人の『属性』の相性は最悪と?」
「もっと別の『属性』だったら、と思わないでもないです。でも、そのデメリットを承知の上で、それでも組みたい理由があったんでしょうね」
「そ、その理由とは……?」
「仲良しだからじゃないですかね!」
「なるほど!」
連撃は尚も続く。
解説が言うように、『属性』を用いての連携はやや上手くいっていないものの、次々と襲い掛かる斬撃はそれだけ脅威である。集中攻撃を受け続けている琢磨も、窮地に立たされつつある。
かに思われた。
「ん? んん? いや、逢坂選手、二人を相手に持ちこたえている!?」
経験値の差。
琢磨はこれまでの試合、自分の能力と相方の無気力が相まって、二対一の状況を強いられることが多かった。それでも彼は、その時点で諦めてきたわけではない。例え一人になっても勝利を捥ぎ取ろうと足掻いてきたのだ。
結果的にその愚直さは勝利に繋がることは無かったのだが、戦闘の中で培った経験値はそのまま彼の力になっていた。
すなわち、二対一での戦い方である。
まず一番に気を付けなければならないのは位置取りである。死角からの攻撃はまず避けられない。当然ながら相手は挟み込みを狙ってくるが、そうさせないよう立ち回り、常に二人を視界に収めるのである。
次に深追いをしないことである。好機と見て攻めに転じると、もう一人からの不意打ちを受ける。相手によってはわざと攻撃を誘い込むときもある。そんな誘いには乗らずじっと耐える。基本はカウンターである。
経験からそのことを理解していた琢磨は、二人掛かりの猛攻にもかかわらず致命的なダメージを受けずにいた。それどころか要所要所で反撃を喰らわせている。
傍から見れば防戦一方だが、そのダメージの合計値に大きな差は無かった。
「はっ! なかなかやるな!」
「ま、伊達にぼっちじゃねーってこった!」
愛永の賞賛の言葉を笑顔で返す。少し前ならば考えられないことである。
なぜなら今の彼には少し気持ちの余裕があったからだ。
今は、本当に一人で戦っているわけではない。
「――ッ!」
「おーっと! ここでまたもや時限爆弾が出現! 西脇選手の身体を包み込む! しかしすぐさま抜け出した!」
「何度やっても同じ……!?」
西脇高志は眼を見開いた。自分の進行方向に黒い球体が出現したからだ。
「これは!? 二つ目の爆弾が現れたッ!」
「くっ」
そのままでは爆弾に突っ込むと判断した彼は瞬時に進行方向を曲げる。ちらりと目線を水菰に向ける。彼女は両腕を前方に突き出していた。
「そうか! 手で距離を測っているなら両腕の分、二つの爆弾を同時に仕掛けられるのか!」
一つ目の爆弾が起爆すると同時に、またも相手を包み込む爆弾を設置する。それも徹底して西脇高志狙いである。
「ここに来て連続爆弾攻撃! だが、動き回る二条城選手には当たらないぞ!」
「いや違います。彼女の狙いは――」
「ハッ!」
実況が声を荒げる。盤面を見て何かに気づいたようであった。
「完璧なコンビネーションを誇った二人が分断されている!?」
次々現れる爆弾を避けるために、高志は琢磨のもとに寄り着けずにいた。結果として、琢磨の方は一対一の状況が作り出せたわけである。
そして、一対一ならば琢磨が負ける道理は無い。
「げぇ!」
拳撃を剣の腹で受けた愛永は、自身の剣にヒビが入っていることに驚嘆の声を上げる。当然、二発目は受けきれず剣を貫いた拳は彼の身体を結界端まで吹き飛ばした。
「クソッ! やっぱ左手はまだ威力が乗らねぇな」
悔しそうに左手を振る琢磨。一般的には充分過ぎる威力ではあるが、本人としてはまだ満足がいっていない様子である。
「このままじゃ、マズイぞ……」
再度出現させた剣を杖にしながら愛永は立ち上がる。
「『アレ』をやるぞ! 高志!」
「おお!」
二人は同時に駆け出す。相手に向かってではない。お互いがお互い目掛けて駆けだしたのである。
相手の行動が読めず、水菰は一瞬爆弾を仕掛ける手を緩めた。
結果として二人の合流を許してしまう。
彼らはそれぞれが持つ剣を振りかぶり――。
相方の剣に打ち付けた。
同時に。
「――ッ!!」
大量の水蒸気が噴き出した。
『氷』の水分が『炎』の熱によって気化したのである。小学生でもわかる自然現象だが、規模が桁違いだった。
発生した水蒸気は霧となって瞬く間に結界の中を埋め尽くそうとしていた。
「これはァ! 結界の中が霧に包まれていく!? って、馬鹿野郎! そんなことしたら俺らもなんにも見えなくなるじゃねーか! 観客があほ面で霧を眺める試合があるか!」
実況の声も虚しく、霧はすっかり結界に充満してしまった。外から見ると、白い霧が綺麗な立方体を象っている。
そしてその中は、それ以上の視界の悪さを意味する。
「!!」
攻撃されていると琢磨は気づいた。痛みはないが衝撃はある。
どういう理屈かは分からないが、相手はこの霧の中的確に自分に集中攻撃を仕掛けているようである。
――マズい!
琢磨は焦り始めていた。ここは彼らのフィールドだ。おそらくは特訓の果てに霧の中相手を攻撃する術を会得したのだろう。
同士討ちの危険性があるにも関わらずこうして攻撃して来てるのがなによりの証拠である。
対して自分は相手を捕捉できていない。攻撃されてからやっと相手の気配に気づくのだ。
水菰の援護にも頼れない。この視界の悪さでは琢磨を巻き込むリスクを恐れて爆弾を設置することができない。
だがこのままでは敗北は必至。
なにか手を打たなければ。
その時、琢磨の頭上で爆音が轟いた。考えるまでもなく、水菰の『
琢磨を巻き込む可能性のない上空に爆弾を設置し、霧を晴らす狙いだろう。想定していたよりは早く霧が晴れそうだ。
それなら。
――まだ方法はある!
懸念はある。確実性も無い。
だが、試さないわけにもいかない。
問題は、時間との勝負だ。
「さてさてぇ、徐々に霧が晴れてきたぞぅ……」
実況を含めて、観客は息を呑んでその様子を注視する。
まだ試合終了のブザーは鳴っていない。状況はどうあれ、戦闘は今も続いているということである。
霧の合間から、人影が少しずつ姿を現す。
「こ、こ、これは――ッ!」
それは例えるならば奇抜な彫像だった。
三人の人間が身じろぎ取らずに静止している。
否、動かないのではない。
動けないのである。
よく見ると、琢磨の両手はそれぞれ、相手二人の剣持つ手首を掴んでいる。そしてその切っ先は、琢磨自身の肩と太腿を貫いていた。
事実を述べるのであれば。
彼は、見えない視界の中で攻撃を受けた瞬間に相手の位置を察知し、その手首を掴み上げたのである。
決して逃さぬように。
「ぐぬぬ……」
「こいつ、なんつー握力してんだ……!」
二人はなんとか琢磨の手を振り解こうとするが上手くいかない。
「吉野、今だ!」
「! うん!」
琢磨の呼びかけに応じ、水菰は爆弾を仕掛ける。
密集している三人を包み込むように爆弾が設置される。
「あっと、吉野選手! パートナーもろとも爆破する気だァー! ……ん? いや、待て。あれは……?」
実況が目を疑う。
それもそのはず。設置された爆弾。そこに表示されていた数字が『10』を示していたのだ。
「テ、テンカウント!? 待て待て! スリーカウントであの威力だぞ!? テンカウントなんてしたらどうなってしまうんだぁー!?」
「なんだと!? おい、ヤバいぞ高志!」
「ふ、全力というわけか……!」
「くそ、なんとか回避を……、いやいっそこのまま押し切る!」
実際今も二人の剣は琢磨にダメージを与え続けている。カウントダウンが終わる前に琢磨を削り切れば勝ちなのである。
つまり時間との勝負だ。
カウントダウンは刻々と数字を刻む。いつの間にか会場の観客も声を揃えてカウントダウンをし始めた。さながら、大晦日の年明け間際のような様相である。
「なんかすっごいアウェーな気分」
「これが死の宣告か……」
「カッコつけてる場合か!」
無情にも時は過ぎていく。
「『3』……、『2』……、『1』……」
ゼロの掛け声と共に爆音が轟いた。
と同時に試合終了を告げるブザーが鳴る。
結果として、水菰を除く三人が同時に戦闘不能となっていた。
「試合終了! とんでもない幕切れになりましたが聖護院さん、この場合どうなるんでしょうか!?」
「はい。同時ノックアウトなんて状況も稀にあります。その場合、残された方の
「と、いうことは――」
「逢坂・吉野ペアの勝利です!」
戦闘不能となった琢磨は倦怠感に包まれながら仰向けに寝転がっていた。
歓声に包まれながら、小さく拳を掲げる。
辛うじてだが今回も勝つことができた。
残すは、決勝のみ。
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