05
実況の声がこだまする。
「さぁて! 若獅子戦、一回戦は早くも最終試合! 朽木・宍粟ペア対逢坂・吉野ペアだぁー!!」
場内を歓声が埋め尽くす。前の三試合ですっかり観客の熱量が上がってしまっているようである。
競技場が一階が競技を行うフィールド。二階が以上が客席となっている。大会で使用される結界は、野良試合で用いられる安価なものとは違い境界面が着色されておらず、代わりに規定のエリアを示すラインが床に書かれている。その為観客もクリアな試合を楽しめるのである。ただし結界の効力は絶大で、観客に危害が及ぶことはあり得ない。
「さてさて、この試合は解説の聖護院さんも注目の、未勝利ペアが参戦となります!」
「どんな試合になるのか楽しみですね」
注目されてるな、と琢磨は内心帰りたい欲求に駆られた。しかしその後すぐ気持ちを改めて自分に言い聞かせる。
自分は勝つためにここに来たのだ、と。
「選手は前へ」
審判が呼び掛ける。大会の審判は学園教師が務める。琢磨も見たことのない教師なので、おそらくは二年生か三年生の担当なのだろう。
「のこのこ負けに出てくるとは見上げた根性だぜ、なぁ?」
挑発する声は対戦相手から放たれた。
朽木煉。先日も琢磨たちにちょっかいを掛けに来た生徒である。
「大人しくしてりゃ恥をかかずにいられたのによ」
「その言葉、そっくりお前に返してやる。自分がコケにしていた奴に初めて敗北した者として語り継がれることだろうさ」
「おおーっと、試合前から一触即発の雰囲気だぁー! 一年の癖に盛り上げ上手だなチクショー!」
実況に合わせて歓声が湧く。おそらくは険悪なやり取りというよりは演出のひとつと受け取られたようだ。
「このッ……!」
「そこまでですよ、朽木くん」
激昂する煉を諫める声がした。彼のパートナーである宍粟朋美その人である。
彼女は立ち振る舞いから身だしなみに至るまで優等生然とした雰囲気を醸し出している女子生徒だった。続けて自身のパートナーに告げる。
「スポーツマンとしての自負が少しでもあるのなら、それに見合った態度であるべきです。お願いですので私の品格まで貶めるような言動は控えてください」
「チッ。っるせぇな……」
注意を受けた煉は舌打ちをしてそっぽ向いてしまった。朋美は一度溜息を吐いて琢磨たちに向き直る。
「代わりに相方の非礼を詫びます。どうもすみませんでした。お互い、いい試合をしましょう」
「あ、ああ……」
対戦相手の正反対の対応に困惑しながら琢磨は返事をする。
「ですが負けるつもりが無いのは私も同じです。一切手を抜くつもりはありませんのでご容赦ください」
朋美は力強い視線を向ける。終始丁寧な立ち振る舞いではあるが、彼女も戦う者に違いはないのである。
「ん。分かった。俺も全力で行くからよろしく!」
試合前のやり取りもそこそこに、審判が定位置につくように指示する。
そして両ペアとも熾力を使用するために交心をする。
琢磨の手には黒いグローブ。煉は野球で使うような金属バット、朋美はアーチェリーのような弓をそれぞれ手にしている。そして水菰はなにも手にしていない。
刹那の静寂のあと、審判が試合開始を告げる笛を吹いた。
「試合開始だぁーーッ!!」
笛の音を掻き消さんばかりの実況の声と歓声が轟いた。
琢磨と煉が同時に飛び出した。
煉がバットを振りかぶる。分類上、煉の形態は『
身近にある道具なので、剣や槍などなまじ武器としての特色の強い形態よりも手に馴染みやすく扱いやすい。本人の荒っぽい気性も相まって、入学当初は皇帝に並んで勝利数を稼いでいた。
加えて、朋美の持つ属性『
強面の男子が金属バットを振り回して襲い掛かる様子に琢磨は、不良漫画を想起させていた。
その凶悪な様相に、琢磨は臆することなく突き進んでいく。傍から見ればそれは無謀な自殺志願者に映るだろう。
勿論全くの無策というわけでは無い。しかし琢磨自身も胸の内には不安を抱えていた。
本当に、自分にその力が備わっているのだろうかと。
――迷うな!
彼は自分に言い聞かせる。
これは負け続けの自分から這い出る一歩である。
自分を信じると言ってくれたパートナーに応えるために。
――振りぬけ!
琢磨目掛けてバットが振り下ろされる。それに合わせて彼も拳を突き上げる。
拳とバットの衝突。これが現実であれば無謀な少年の拳が砕かれたことだろう。
しかしそうはならなかった。
まるで金属同士がかち合ったかのような凄まじい衝撃音。
そしてもたらされた結果に一同驚愕した。
琢磨の拳は健在。
煉が持っていたバットはひしゃげていた。
「これはーーーッ!?」
実況が驚きの声を上げる。
「拳で! 金属バットをへし折ったぁ!?」
「うんまぁ。リアルじゃあり得ないんですけどね。見かけで強弱が分からないのがデュアリングの面白いところなんですよ」
「では聖護院さん、これは当然の結果ということで?」
「そうじゃないです。確かに、『拳』の形態は射程距離が短い分威力は高めと言われています。密度が高いって言えばいいのかな。なんだけど、それでもあれほどの威力差は生まれないはずだ。おそらく、カラクリは
「と、言いますと?」
「威力を底上げする属性は何種類かあります。なんらかのデメリットを抱える代わりに威力を上げる属性。または効力が極めて限定的な属性です」
「具体的には!」
「可能性が高いのは、高威力の代わりに自身もダメージを負う『
――流石三年生は勘がいいな。
苦笑いを浮かべながら琢磨は思った。
なにを隠そう吉野水菰が持つ属性は『衝撃』であった。有効範囲が恐ろしく短く、組んだ相手の形態が飛び道具ならば悲惨なことになるという弱点も抱えている。
しかし、『拳』の形態を持つ琢磨にとっては射程距離が短いのはもともとの話なので、そのデメリットを無視できる。形態と属性が噛み合ったことで破格の高威力を叩きだしたのである。
とは言え、琢磨が自分自身の力を疑い拳を振りぬいていなければ、決して発揮されなかった威力であることも事実である。自分の意志を貫くという彼の決意が生み出した一撃たったとも言える。
そして、それだけでは終わらない。
琢磨はすぐさま追撃の姿勢に移った。自分の熾力が破壊されたことに戸惑い、煉は万全に防御姿勢を取れていない。畳みかける絶好のチャンスである。
しかし。
「――!」
繰り出した拳は、相手に届くことは無かった。
右腕を貫くような感覚。琢磨は確かに自分の腕を矢が貫通しているのを見た。
勿論、実際に貫通しているわけではなく熾力の影響によりそのように錯覚しているだけである。
横合いから加えられた攻撃によって琢磨の拳は速度を落とし、その隙に乗じて煉は一度距離をとった。
「油断しないでください!」
「す、すまん!」
言うまでもなく、矢は宍粟朋美が放ったものである。
一般的に、『
弓を構え、矢を番え、弦を引き、放つ。一刻一秒を争う競技の中で、段階的な工程を要しその一つ一つの動作を丁寧に行わなければ矢は綺麗に放つことはできない。
つまり射撃の制度は射手の技能により大きく異なり、専門的な技術が要求されるのである。
そのように扱いづらいとされる『弓』の形態を持ちながら、朋美は一年女子の中で第五位の成績を誇っている。
自分の熾力の形態が『弓』だと分かったとき、朋美はこれは天命だと悟った。
彼女は競技アーチェリーの経験者だった。
そこで彼女はそこそこの成績を有するも、限界を感じなにか新しいことを始めようと思い昴流学園に入学した。
だが待っていたのは弓から逃れられない運命だった。
最初は慣れ親しんだ弓で人を狙うことを躊躇した。自分がしてきた競技はそういうものではなかったからだ。
しかしある時少女は吹っ切れた。
自分の隠された才能に気づいたからである。
競技アーチェリーも決して下手ではなかったが、それ以上に得意なことを見つけてしまった。
――自分は動く的を射抜くのが得意なんだ、と。
それに気づいてからはそれまでのブランクを振り払うかのように勝利を重ねていった。それはまさしく、アーチェリーという競技では味わえない快感である。
さらに彼女の能力は煉の持つ『
一般的に非力なイメージを持たれる『風』は、朋美の『弓』と相性が良かった。矢自体を風の噴射によるジェットで加速させたり、また風操作の応用で矢の方向を微調整することができた。それにより、速度・精度が共に向上したのだ。
正直なところ、朽木煉という男の人間性については自分とは合わないと思う点が多々あるのだが、ことデュアリング競技をする上での能力を見た時には理想的とも言える組み合わせだった。
デュアリングの試合中は、彼女にとって目に見える全ては的でしかなかった。
「え……?」
思わず声が漏れた。
弓を構える朋美の視線の先に、異質なものが映ったからだ。
「なんだ、あれ……」
困惑する声を実況のマイクが拾う。
他の観客も同じようにして突如出現した『ソレ』に視線を注ぐ。
それは空中に浮かぶ球体だった。大きさは直径二メートル前後。朽木煉の身体をすっぽりと包み込んでいる。
「……!?」
色は黒っぽい透明で、驚いた表情の煉の姿を外側からも窺える。
そしてなにより異質なのはその球体の表面に数字が表示されていることだった。
アラビア数字の『3』。それもデジタル表示のようなフォントだった。不思議なことに周囲を囲む客席のどの角度から見ても正確にその数字を読むことができた。
「あれ?」
誰かが声を上げる。いつの間にか表示された数字が『2』に切り替わっているのだ。その様子に一同が唖然としていると、今度は数字が『1』になっている。
三、二と来て一。そこまで来れば、表示された数字が意味していることに大半の者が察した。
「逃げてください、朽木くん!」
構えを解いて朋美が叫ぶ。慌てて煉は後方へ飛び退く。黒い球体には動きを束縛する能力はなく、煉の身体は難なく球体の外に飛び出ることができた。
間一髪であった。表示が『0』になった瞬間、球体の内部では壮絶な爆発が巻き起こった。
「……!!」
その威力に、多くの観衆は驚嘆の表情を露わにした。それまで観戦してきた試合で見た能力とは明らかに段違いの威力だったからだ。あのまま直撃を受けていれば、その時点で試合が決していてもおかしくはない――そう思ってしまう程の爆発力だった。
「なんだなんだあの球体はーーッ!? あんな
実況が声を荒げる。
数ある試合を見てきた彼をもってしても、その能力は異質なものだった。カウントダウンされる数字。そして高威力の爆発。
その様子はまるで。
「――時限爆弾」
「聖護院さん! 心当たりがおありで!?」
「いや、俺も見たことないよ、あんな形態。けど、そう表現する他ないでしょ、あれは」
はは、と乾いた笑いが漏れる。驚いた時、人は不思議と笑みがこぼれることがある。「笑うしかない」とでも言うべき状況である。
「間違いない。……あれは『
その言葉に会場の観客の視線が一人の人間に向けられる。異様なる能力――その主たる吉野水菰は、それらの奇異の視線を全く意に介さず毅然とした様子で立っていた。
――『
琢磨は初めて水菰と会った日のことを思い出していた。
デュアリングの練習場。茨木の立会のもと二人の能力の相性を確かめるために交心した時、聞きなれない言葉に彼が疑問の声を上げた。
「そう、固有形態」
得意げに茨木が答える。
「ほら、形態って一応は種類別に区分されてるけど、同じ『
「……で、彼女の形態もそれと?」
そう、と茨木は頷く。
「おーい吉野ちゃーん。なんて名前だったっけ」
「『
控え目に彼女は答えた。
「吉野ちゃん、自分の能力こいつに教えて貰える?」
わかりました、と水菰は琢磨に向き直る。
「『
聞くからに複雑な能力だ、と琢磨は思った。剣の形をしている、銃の形をしているという既知の能力とは明らかに一線を画していた。
「その複雑さこそ、固有形態たる由縁なんだよね。形状だけじゃなくって、発動条件だったり有効範囲だったり、そういった面でも個人差が出るわけ。だから、使用者以外に類似性を見ないって言われるんだよ」
「はぁ、まあ。なんか凄いのは分かりました。でも、その凄い能力も俺と組んじゃうと宝の持ち腐れになっちゃうじゃないかなぁって思うんですけど」
琢磨の持つ属性は『
「うん。それも試した。確かに、遅くなってる」
平然とした様子で水菰は言った。
「通常、私の能力はカウントダウンのスピードが一秒ジャスト。けど今は――」
言って彼女は右腕を突き出す。突如、球体――時限爆弾が出現した。『3』の数字が表示され、カウントダウンをした後爆発した。
「カウントダウンの間隔が一秒より長くなってる。体感的には一.五倍くらいかな」
「よし、今度ストップウォッチを用意しよう」
軽いノリで茨木が言う。
「でも威力は上がってる。私の能力はもともと『発動までにラグがある代わりに高威力』なんだけど、そのメリットもデメリットも大きくなった感じ」
「ハイリスクハイリターンってこと?」
こくり、と水菰は頷く。
「それってどうなんだ?」
「もともと直撃させるのが難しい能力なんだ。逢坂の能力でその難易度が上がっても誤差でしかない。それ以上に威力の増加は好ましい。仮に一撃でノックアウトできる威力だとしたら、当てさえすれば勝ちなんだから」
「そ、そんなに高威力なのか!?」
驚いて琢磨は水菰に訊く。
「試してみないと分からない。多分、一撃は難しいと思う。けど――」
水菰は二本指を立てて続ける。
「二回当てれば、確実に落とせる」
その初撃。
意表をついた形ではあったが、危険を察知した朋美の機転によって当てることはできなかった。初見であってもカウントダウンするものには危機感を覚える者は多く、それでなくとも相手の能力に関するものには近づかない方がいいと思うのは当たり前の心理である。
そういった側面も、『時限爆破』の当てづらさを物語っている。
――ま、想定内なんだけどね。
ざわめく観衆の後目に琢磨は駆け出す。
「くっ!」
煉は折れたバットを投げ捨てる。カランと乾いた金属音がした後バットは光の粒子となって霧散した。自ら熾力を
損壊した
ゲーム的に表現するならば、体力を削って攻撃している状態となる。
つまり相手の武器――熾力を破壊することは全くの無駄にはならない。
煉もそのことは理解しているので、琢磨の拳を正面から受ける愚策は取らない。拳の間合いには近づかせず、逆に自分の攻撃が有効な間合いをキープしている。
朋美も援護しようと弓を構える。
しかし。
「――!!」
突然視界が黒く霞んだ。
先程見た謎の球体。その内側に自分がいるのだと朋美は瞬時に察した。
「くっ!」
構えを解き、急いで球体から脱出する。少しの間の後、背後で爆音が轟いた。
――射撃をさせないつもりですか。
正確な射撃にはある程度の時間が必要である。射撃を優先した場合、爆発までに脱出できるかどうかは賭けになる。爆発の威力を見る限り、危険な賭けは何度もできることではない、と朋美は判断した。
「おらぁ!」
煉のバットは虚しく空を切る。琢磨自身も生粋のインファイターである。負け続けではあるが度重なる戦闘で反応速度は磨かれている。
だが、なかなか拳の間合いに踏み込めずにいる。先程のような武器破壊も、警戒された状態で成功するかどうか疑わしい。
琢磨は一度距離をとるため後退する。
「逃がすか!」
すかさず煉が追撃に移る。
しかしまた球体が自身を包み込む。
「チィッ!」
舌打ちして左に横跳びして抜け出す。
ところが。
「!!」
予想していたとしか思えないタイミングで琢磨が回り込んでいた。慌てて防御態勢をとり、辛うじてその拳を防ぐもせっかく抜け出した球体に再び身体が押し戻される。
「しまっ――!」
同時にカウントがゼロになり爆発が巻き起こった。
「直撃ぃ! 朽木選手、あの爆発をもろに喰らってしまったァ!」
「今のは上手かったですね。わざと左側に逃げやすいように誘導していました」
煉は追撃を回避するため一度大きく距離を取る。
「クソッ!」
「落ち着いてください、朽木くん。焦れば相手の思うつぼですよ」
背後から朋美が声を掛ける。
「朽木くん、相手の後衛の腕をよく見てください。今までの球体はどれも彼女が伸ばした腕の延長線上に出現しています」
何度かの能力の行使の中で、朋美は水菰の能力を看破しつつあった。
空間に能力を発現するにも、その地点が『自分からどれだけ離れているか』は最も重要な情報である。そしてそれを測るにはなにか基準となるものが必要である。
それが水菰にとって腕なのだ。予め自分の腕の長さを把握していれば、それを基準として特定の地点との距離を測ることができる。ただしそれ故に、能力を発現させたい場所に向かって腕を突き出さなくてならない。
その行動は、どこを狙っているのか相手に伝えているのも同義である。
「彼女は私が足止めします。朽木くんは前衛をお願いします」
「おうよ。タイマンなら負けねぇ!」
二人は動き出す。
――速射!
朋美は弓を引く。本来の自分のフォームとは異なるが、相手に自分を意識させられれば成功だ。
矢は水菰を大きく外したが、狙い通り彼女の腕をこちらに向けてきた。
――来る!
読み通り、黒い球体が出現した。と同時に朋美は既に回避行動に移っていた。スリーカウントの時間をまるまる射撃に使えるなら、それなりに精度を上げることができる。
二本目の矢を放つ。今度は水菰の肩口を掠める。
「ッ!」
「吉野!」
琢磨が声を上げる。
「てめぇの相手はこっちだ!」
煉がバットを振りかぶる。一瞬気を取られた琢磨は、躱しきれずに頭の上でクロスした腕で受ける。身体に衝撃が加わる。能力の有効範囲は手首から先。腕で防いではダメージを殺し切れない。
続く連撃もなんとか受ける。だがまたも腕での防御になってしまった。
――まだだ、まだ耐えろ。
琢磨は攻撃を受け続けながらも歯噛みしてその『瞬間』を待つ。
そして。
――今だ!
意を決して琢磨は大きく後方へ飛び退いた。
当然ながら煉は追撃する。しかしその身体をまたも黒球が包み込んだ。
「チッ! またかよ!」
煉は舌打ちした。相手の後衛を足止めすると豪語したパートナーの言葉には裏切られることになったが、今はどうでもいい。
彼は先程の一撃である確信を得ていた。すなわち、この時限爆弾の本質は目くらましに過ぎない。鍔迫り合いをしている前衛の間に突如として出現させることによって、相手の気を逸らすのだ。
先程はまんまとその術中に嵌り、痛手を受けてしまった。
しかし冷静になってしまえばあんな一撃を喰らう必要はなかった。爆破にはカウントダンを要する。一刻一秒を争う勝負の中で、それは致命的とも言えるラグである。
今だってそうだ。前衛が退避するための目くらましとして設置したのだろうが、足を止めずこのまま走り抜けてしまえばカウントダウンの間に抜け出ることができる。
はずだった。
「……は?」
煉は自身の目を疑った。目の前に出現したばかりの球体に表示された数字が『1』を示していたからだ。
直後。
彼の身体が爆炎に包まれた。二度に渡る爆破には耐えられず、煉の晶核が赤く点滅した。
と同時に試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。
「決着ーーー!! 大衆の予想を覆し、勝ったのはなんとなんと逢坂・吉野ペアだァー! 華々しい舞台で、初勝利をものにしたーッ!」
競技場は歓声と拍手に包まれた。
敗北してしまった煉と朋美は、唖然とした様子で立ち竦んでいる。
そして琢磨もまた、茫然としていた。
「勝った……?」
まだ状況に心が追いついていなかった。
顔を上げる。歓喜の声、祝福の言葉を贈り手を振る人々。
学園に入学して初めて味わう、勝者の景色だった。
その事実に心と身体が震える。
湧き上がる感情のままに、彼は拳を高く掲げた。
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