幽霊かもしれない

尾八原ジュージ

たぶん違うと思うよ

 しおりの旦那さんが帰ってこなくなってから、もう半月が経とうとしているという。

 元々浮気性のひとで、外泊が多かった。そのことはもう半ば諦めていたけれど、今回はさすがに家を空けている期間が長い。おまけに連絡もとれないという。

「だから捜索願を出そうかなって」

 でも、と気が進まない様子も見せる。

「最近、家でおかしなことが起こるの。誰もいないはずの二階で足音がしたり、夫の部屋のドアがひとりでに開いたりするの」

 だからあの人はもう死んでいるのかもしれない、という。 


「幽霊のしわざってこと? まさか。そんなことあるかなぁ」

 否定するわたしに、しおりは暗い笑みを見せた。もうすっかり夫の死を確信しているように見えた。


 でも、幽霊なんかじゃないと思う。

 帰宅して、玄関の鍵を開けながら、靴を脱ぎながら、わたしはそう考える。少なくとも、しおりの旦那さんの幽霊ではないだろう。

 だって、生きているもの。

 部屋に入ると、両手両足を切られて転がっている彼の半分焼け爛れた顔に掌を近づけて、まだ呼吸をしていることを確かめた。やはり生きている。

 このひとがしおりの旦那さんだったなんて知らなかった。既婚者だって気づいて、もう奥さんのところに帰らないでって泣いたら、彼は「もちろんだよ」って、全然気乗りしない顔で答えた。あの顔でわたしの中の何かが切れてしまって、だからこんなことになっているけれど、とにかくまだ彼は生きている。

 きっと幽霊になるのは、もう少し先だ。

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幽霊かもしれない 尾八原ジュージ @zi-yon

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