5.おかしなことじゃないはずです

 さくらの方は、すずしいどころの騒ぎではない。まさに炎上する行灯あんどんだ。


「セクハラですッ! それはもう、組織犯罪的なセクハラですッ! お天道てんとさまが許しても、社会倫理コンプライアンスが許しませんよッ!」


「今のうちに、文字通りツバつけとけば、育って帰ってくるかも知れないじゃん! 御利用は計画的に、だよ、ママちゃん!」


「利用って言いましたねッ? 計画的って言いましたねッ? どんだけ利息を巻き上げる気ですかッ?」


「さ、最近は露夏あきなさん、女子にも手を広げてますよね。多様性的な、その、フリーセックスで!」


「ボキャブラリーッ! 菊万里ひまりさん! センシティブなボキャブラリーはひかえてくださいってば! その横文字、日本で正しく理解されにくいですッ!」


「いやー、今までそんな趣味なかったんだけどさ。ちっちゃいと、女の子も可愛いよね。オトコにあざとい感じが、まだなくってさ!」


「じょ、じょ、冗談じゃありませんよッ! 被害範囲を特定もできないんですかッ?」


「だって、菊万里ひまりちゃんが口走くちばしる言葉の意味、知りたがる子が多いんだもん。ちゃんと前戯ぜんぎで止めてるし、中で出すモノないし、初潮前だし、三重のセーフティネットで安全確認ヨシ! なんちゃって、ウケるーっ!」


訴訟そしょうレベルの大惨事ですよッ!!」


 顕在化けんざいかした事故の裏には、三百倍以上の軽微けいびな事故が隠れている、という、安全対策の法則がある。底知れない事故のいもづるに、さくらが、ヘナヘナとくずおれた。


「どうして、わかってくれないんですか……? おとなしく、普通に、ちゃんとして……なんて、押しつけたくないですけれど。皆さんは年齢比で、ちょっと、アクセル踏みすぎですよ」


 加えて言えば、ブレーキを踏んだ形跡がどこにもない。まさに事故だ。


 そして事故だけに、エスカレートを放置してはいられない。加害者なら良いというわけでは、もちろんないが、こと性的なあれこれにおいて、女の人生、大事故の被害者になるリスクが圧倒的に高いものだ。


「今の時代だって、女の子が性的に早熟そうじゅくなのは、あんまり良いことないですよ……。周りから色眼鏡で見られますし、あわよくば、なんて不埒ふらちな男も寄ってきますし……」


「攻勢なくして勝利はありませんよ、ははさま」


「んー、まあ、ママちゃんは確かに、十九歳まで乙女の陰キャボッチだったから、そういう人生観も無理ないけどさ」


「お母さんだって、最後は積極的だったじゃないですか。わ、私たちが、ええと、はしゃぎすぎたのもありますが」


「私を、どんなにからかってくれても良いです。皆さんのおっしゃる通りですし、その皆さんのおかげで、今、幸せなんです。感謝してるんです」


 さくらは、曖昧あいまいな言葉を使わなかった。


 不意をつかれたのか、袖佳ゆかも、露夏あきなも、菊万里ひまりも、口をつぐんでさくらを見た。


「人生観なんて大層な代物しろものじゃありませんが、人って、自分と同じような人たちと寄り集まるものですよ。真面目にがんばる人は、そういう人と。そうじゃない人は、そうじゃない人と。友達も恋人も、歩いて行く先で出会うものじゃないですか」


 さくらも、三人の娘たちを、まっすぐに見る。


「今の私は、皆さんの母親なんです。説教くさいことだって言います。皆さんに……この人生こそは、ちゃんとした人と出会って、幸せになって欲しいんです」


ははさま……」


「ママちゃん……」


「お母さん……」


「特別に感謝している分、重くてすみません。でも、母親が、娘に幸せになって欲しいと願うのは、おかしなことじゃないはずです」


 親から子供へのおもいなんて、どんなにがんばっても、一方的な押しつけだ。親だって結局、自分の人生、一人分しか経験していない。


 それでも、自分が知る限りの、幸せに近づく方法を子供に伝える。示す。間違っていると思えばしかる。


 できることなんて、それぐらいだ。だからこそ、できることをやるだけだ。やらない言いわけなんてない。


 真摯しんしな顔のさくらと、袖佳ゆかが眉をきりりと引きしめて、露夏あきながちょっと照れくさそうに、菊万里ひまりほほを紅潮させながら、見つめ合った。


「申しわけありませんでした、ははさま。自分をかえりみます……相応につつしむのも、神州大和撫子しんしゅうやまとなでしこの美徳でした」


「なんか、ありがとね。ママちゃんが言ってること、素直にわかるよ」


「か、感激しました! 私、お母さんの娘に生まれて、良かったです!」


「皆さん……!」


 さくらも、思わず知らず、うるっとなる。


 母が娘たちを、娘たちが母を、抱きしめる直前に、だがしかし玄関ドアが開く音と、ただいま、という明るい声が聞こえてきた。


 袖佳ゆかわった目、露夏あきなのかまぼこ目、菊万里ひまりの丸い目が、きらりと悪く光る。


 ついでにさくらの涙目も、露骨ろこつにうろたえて光る。


「おかえり、パパちゃーん! おふろにする? ごはんにする? それとも一緒におねんねするーっ?」


「妻の台詞せりふらないでください! 私の旦那だんなさまです! 私が全部やりますよッ!」


「私たちのお父さんでもありますから! 問題ないです、お母さん!」


「父と娘……背徳的な響きです」


「一呼吸で最悪の問題にしないでくださいッ! 人としての最終絶対防衛ラインですよ、それッ!」


「もー。可愛い娘たちが、無邪気に甘えてるだけじゃない! ママちゃんは水くさいなあ」


「邪気が駄々だだもれですッ! それから! 水くさいの使い方、相変わらず間違えてますからねッ!」


 男に特有の、美女性善説という迷信がある。女の邪気を正しく見抜ける男は、多くない。


 まして分厚い父親フィルターがかかっていれば、なおさらだ。回避力も防御力もゼロだ。


「ぜ、ぜ、前言撤回ぜんげんてっかいですッ! 家庭内に、インモラルな多角関係を作られるくらいなら、余所よそのオトコでもオンナでも幼児でも、好き勝手に、いくらでも食っちゃってくださいよッッ!!」


 社会倫理コンプライアンスをガン無視の叫びが、むなしく響く。


 おだやかな平日の夕暮れどき、都内の分譲ぶんじょうマンションに、結婚五年・産後四年をすぎても新婚継続中な若奥さまの悲痛な声が木霊こだまする。


 幼児でも女三人寄ればかしましく、若奥さまの客観的喜劇きゃっかんてききげきの幕は、どうやらまだまだ降りないようだった。



〜 そしてあなたに会いに行く? めでたし、めでたし! 〜

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乙女カルテット!! 〜愛と欲望は時を越える、かも知れない〜 司之々 @shi-nono

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