そしてあなたに会いに行く?

4.いいかげんにしてくださいよ

 新婚、という状態が、公差プラスマイナス?年で社会倫理コンプライアンスな定義がされているのかどうか、定かではない。


 少なくとも旧姓の高崎たかさきを改め三波みなみさくら、二十五歳にとっては、五年目をすぎた現在も継続していた。していたが、四歳の三つ子をワンオペ育児、となると、疲れきったクマが目の下に常駐するのもやむを得ない。


 この御時世、都内の分譲ぶんじょうマンションに、専業主婦でそれなりの暮らしができている。愛する旦那だんなさまに、お仕事以上の負担はかけたくない。


 そんな健気けなげなプライドを支えに、幼稚園から連れ帰った娘たちを室内に放流して、さくらは、がっくりと廊下にうずくまった。


「いいかげんにしてくださいよ、毎日毎日……保育士の先生にも、保護者のママさんたちにも、私、つるし上げなんですよ? 皆さん、四歳児の自覚あるんですか?」


 ヨレヨレなベージュのオーバーオールで半泣きするさくらに、幼稚園の制服の、こんのジャンパースカートを着た三人娘は、悪びれもしなかった。


「いつまでも集団戦を学習しない向こうに問題があります。分断、包囲、各個撃破はイロハのイです」


「んー、あたしたちだって別に、本気でケンカするつもりじゃなかったんだけどさ」


「わ、私たち三つ子ですし、なんとなく、その、協力しやすいと言いますか」


 順に、好き勝手を並べてから、長女の袖佳ゆかがふんぞり返る。


「ごっこ遊びであれ、プニクラは女児のヒーローですから。男児は悪で、断罪するべき存在なのです」


「そんなスパルタンな性差別、してません! 幼児向けアニメを曲解きょっかいしないでくださいよッ!」


ははさま。若い時しかできないことを抑圧するのは、不幸です。特にわたくしたち女性は、ジェンダーの社会的抑圧に、長く苦しめられてきたではありませんか」


「なんですか、急に……そりゃあ、袖佳ゆかさんの中世武家の記憶なら、そうでしょうけれど。私は別に、そんな難しく考えたことないですよ」


「単純に肉体的、運動能力的なことに限定しても、女児と男児の差は、成長とともに開く一方です」


 袖佳ゆかが、ショートカットの髪と、妙にわった目つきも凛々りりしく、握り拳を振り上げた。くだんのアニメ、プニクラの決めポーズだ。


「つまり、同年代の男児を純粋な暴力で泣かす楽しみは、今しか味わえないのです」


「そんな風に育てた覚えはありません! わりと本気でッ!」


 さくらの抗議はもっともだが、そもそもプニクラは、罪には罰をPunishment for Crime、を略した造語だ。正義の女の子たちが華麗に変身、悪の男どもを鉄拳制裁てっけんせいさいするストーリーだから、袖佳ゆかの主張も間違ってはいない。


 毎週クライマックスの必殺技で『父と子と聖霊の名において、天罰執行!』と微妙にミスマッチな決め台詞ぜりふを叫んでいるが、さすがのポリとコレな集団も、この文言もんごん難癖なんくせはつけられなかった、らしい。


「し、心配ありませんよ、お母さん。袖佳ゆかさんのは、ほら、好きな子をいじめたくなるっていう、あの感じですから」


「それはそれで、無差別攻撃っぷりが、心配でたまりませんけれど……そう言う菊万里ひまりさんだって、立派な頭痛の種なんですからね?」


 小生意気に、とりなすような三女の菊万里ひまりにも、さくらは、じとりと重い目を向けた。


 帰りの迎えに行き、園の部屋をのぞいた時、菊万里ひまりは他の園児や保育士の先生と、なにやら微笑ほほえましく話し合っていた。ふわふわロングの髪と、キラキラの丸い目で、うっとりほほまで染めていた。


「私の夢は、ですね! 部屋中を、お花でいっぱいにして……ひらひらのフリルと、レースと、お屋根がついたベッドで! 素敵な王子さまと、ロストヴァージンすることです!」


 保育士の先生が顔を引きつらせて、園児たちが聞きなれない横文字に食いついた。阿鼻叫喚あびきょうかんだった。


「皆さんのボキャブラリー、全部、私のせいになるんですからね! 勘弁かんべんしてくださいよ! 幼児は、幼児らしい夢を、幼児の表現で語ってくださいよッ!」


「す、すみません。今度は素直に、プリンセスになりたいって言います」


「それなら、まあ……適度に幼児っぽくて、可愛いですけれど」


「ちゃんと計画も考えているんですよ? さいわい、都内在住ですし。小学校でお受験をして、名門の、中高一貫の女子校に通いたいです!」


「ちょっと、あの、うちは由緒正しい庶民しょみんですからね? 無駄に具体的で、ハイソなあつを、かけないでくださいよ」


「プリンセスに、品位と教養は欠かせませんから! 特に理数系をしっかり勉強して、学習院大学の理学部をめざします」


「はあ……?」


「そこでタイミングを見計らって、自然科学研究科に進んで、御学友ごがくゆうの地位を確保してから……」


「ストップ、ストーップ! そんなガチめの野心、口外こうがいしないでくださいよ! 公安にマークされますよッ!」


 たまらずインターセプトするさくらの肩を、今度は次女の露夏あきなが、えらそうに寄りかかって叩いた。ポニーテールに、にんまりとしたかまぼこ目で、笑いかける。


「まあまあ、ママちゃん。袖佳ゆかちゃんも菊万里ひまりちゃんも仕様がないけど、だいじょーぶ! あたしが! ちゃんと! かげながらフォローしてるからさ。安心してよ!」


「……そんなこと言って、露夏あきなさんの顔を見ると、男の子がみんな目をそむけるの、気がついてますからね。もう、聞くのも怖すぎですよ……」


「優しくしてあげてるよ? 袖佳ゆかちゃんが怪我けがさせたとこなんかを、こう、二人っきりでぺろーりぺろーり……」


行灯あんどんの油ですかッ? 幽霊と妖怪はジャンルが違います! いたいけな幼稚園児の性癖せいへきを、おやつ感覚でゆがめないでくださいよッ!」


「実はわたくしも、それを踏まえて鎖骨のあたりや胸の下、内股などを、特にねらって攻撃しています」


 袖佳ゆかが、すずしい顔で火に油をそそいだ。たとえ話が行灯あんどんだけに、追い油マシマシだ。

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