第64話 結3

 翌年の春、桜の花が満開になる頃に柳澤勝宜と松原屋のお八重の祝言が挙げられた。お八重が大店のお嬢様とあって木槿山での知名度は抜群に高く、それまで勝孝の影でほとんど名前すら知られていなかった勝宜は一躍有名になった。

 お八重はお店で培った交渉力で勝宜を陰に日向にと支え、おしどり夫婦として木槿山の人々に親しまれるようになった。

 その勝宜はと言えば、雪之進を側近に据え、実力はあるものの表には出ようとせずに萩姫と桔梗丸を支える裏方に徹した。

 そんな彼らを見て狐杜は漠然と考えた。

 もし、月守さまが橘さまだったとして。橘さまが柳澤のお城に戻って萩姫様の後見についていたら、勝宜さまははたして今のように萩姫様を支える裏方になっていただろうか、と。

 ――橘さまがいない柳澤家をまっすぐに立たせるために、姉弟と従兄弟が力を合わせる。その為に橘さまという頼れる存在がない方が良かったのかもしれない。

「なーんて、考えすぎよね」

「ん? どうされたのだ?」

 当の月守がそんな狐杜の心の声に気づくでもなく、相変わらず飄々ひょうひょうわらを選り分けながら声をかけてきた。

「なんでもない。今日はお仕立物を松原屋さんに届けに行って来るけど、何かついでに用事ありますか?」

「草履がいくつかできたゆえ、届けては貰えぬか」

「じゃあ、与平呼んできます」

 ――月守さまが町に出ると年頃のおなごたちがきゃあきゃあと騒いで大変な騒ぎになっちゃうもんね。

「与平、町に行くよ。支度して」

「なんだ、草履でもできたか?」

「うん」

「なぁ、こないだの返事」

「え?」

「ほら、嫁入りの」

「ああ、また練習するの?」

「違う!」

「いいなぁ、あんなこと月守さまに言われてみたいなぁ」

「はぁ? 月守だとぉ?」

 木槿山は今日も平和である。

 そして、与平の気持ちが狐杜に伝わる日は恐らく、遠い。


(了)

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柿ノ木川話譚1 ー狐杜の巻ー 如月芳美 @kisaragi_yoshimi

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