第10話 夕

 夕日が沈んでいく。


 物が地面に向かって落下するように早く沈む赤い夕日は、僅かに一筋だけ赤い光を地平に残し、空の景色は夜になりかけていた。


 『隣のメシヤ亭』も、店の内外にランプが灯され、夜の食事時になり客の入りが多くなり始めた。


 日は沈み、すぐに夜になる。


 クエストを終えた冒険者たち、仕事帰りの常連の客の注文も、酒類やつまみ、大皿の料理等が多くなる。


 両手にいっぱいにビールの注がれた大ジョッキや、香草に包まれて焼かれた大きな肉の塊ののった大皿を、ソファー席や大人数のテーブル席の客に急かしく届けるウエイトレスたち。


 ジョッキの酒をあおって屈強な男たちの騒ぐ声や、空のジョッキや料理ののっていた器や皿を片付けたり運びガチャガチャと擦れぶつかる音、いくつ物音が重なり騒音となる。


 厨房から店長の大声とウエイトレスの注文する甲高い声も飛び交う。


 リアが仕事を終え、着替えを済ませて更衣室から出てくる。


 着替えを入れたリュックを背負った彼女が厨房に現れる。


「お疲れ様でしたー。お先に失礼しまーす」


 お疲れー、とリアに向かって厨房の料理人やウエイトレスたちが挨拶をする。


 丁度、巨大な中華鍋から巨大な大皿へチャーハンを軽々と移し終えたスキンヘッドの大柄の男が、料理の受け渡しテーブルへと片手でそれを運び、もってってー、とそれをドスン、と置いた。


 ウエイトレス二人が返事をして、重そうにそのチャーハンののった巨大な大皿を両端でそれぞれ持ち上げ、慎重に運び出す。


 それを見届け、スキンヘッドの男が帰ろうとするリアに言った。


「おつかれ、リアちょっと待ってくれ」


 エプロン越しでも分かる立体的でシャツが弾けそうなほど巨大な胸板、薄茶色のシャツが捲くられそこから覗く浅黒い腕は丸太のように太く、熊のような大きな手に、指も一本一本が巨大な猛獣の牙のように太い。


 歩くたびにゾウの行進のような重い音が響きわたりそうなほど大きな足。


 大樹の幹のような太過ぎる脚と下半身。


 首は太過ぎて肩と顔との境界線が分からない。


 贅肉で太っているわけではなく、全て全身が筋肉質で、所々、筋繊維が盛り上がりコブが浮き出ている。


 頬に傷があるが強面ではなく、大きな目からはとても優しそうな穏やかな印象を受ける。


 頭はスキンヘッド、鼻下の口元にはひげを生やしている。


 のっそり、のっそり、とその大男、この店の店長――ダニエルがリアに近寄る。


「これもってってくれ」


 大男の店長ダニエルが、厨房テーブルの上に置いてあった茶色い紙の大袋を手に持ち、リアに見せる。


「なんですかこれ?」


 リアが顔を近づけると、袋は上のほうが畳まれて中身が見えないが、美味しそうないい匂いがした。


 リアはダニエルから渡されたその紙袋を、右手で掴んで受け取った。


 大男の店長ダニエルが気さくな笑顔で返答する。


「いやー、ちょっと揚げすぎちまってな。ほらあれだ。今日昼に学生祭の用で来たマリエッタ様が食べてたから揚げだ」


 スパイシーフランクフルトとフライドポテトとから揚げのセット、それを思い出し、リアの目が輝く。


「こ、こんなに……」


 袋を見つめ、涎をたらすリア。


 はっと我に返って、彼女は顔を上げた。


「ありがとうございます店長」


「いいってことよ。まぁ、気ぃつけて帰んな」


 照れくさそうにスキンヘッドの後頭部を叩くダニエル。


 リアは頭を下げてお礼をいう。


「ありがとうございました。お先に失礼します!」


 ほい、と軽く返事をして振り返り、大男の店長ダニエルが再びコンロの前へと向かっていった。


 リアは目を輝かせながら、厨房を出て、店の裏口から建物を出ていった。


 「かっら揚げ~♪」


 と、歌いながら上機嫌で鼻歌を歌い、帰路へつく。


 外はもう暗く、街頭に火が灯されている。


 彼女は街灯が立ち並ぶ、光に灯されたその道を、大事そうにから揚げの入った美味しそうな匂いを嗅ぎながら、足取り軽く自宅に向かって進んでいったのだった。

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