第9話 昼3 ロードネス地下水路の調査2

 誰も知らない占い婆から死を予言された怪異に遭遇し、カウンターに突っ伏す気の沈んだポニーテールのバレッタ、ボーイッシュなエイブリン、魔法使いのポリリーの三人をなんとか励まそうと、つくり笑いのリアが話題を変える。


「そ……、それで、その地下水路の調査はどうだったの?」


 はっと体を起こし、ポニーテールのバレッタが手をポンと叩く。


 人差し指でこめかみを押し、バレッタが思い出す。


「それがね、結構なことになっちゃって」


 リアがバレッタの顔を覗く。


「地下水路で何があったの?」


 ポニーテールのバレッタが続けた。


「一週間ぐらいこのエリアの地下水路をグルグル回って警備してたんだけど、大型の人食いねずみとかゴキブリのモンスターに遭遇して退治したり、なんかでかいワニのモンスターとか歩き回る骸骨とか出たりしたけどあらかた片付けて回ったわ」


 結構ハードだったのね……、と軽いパトロールぐらいの感覚で話を振ったリアは、モンスターの存在を聞き、たじろいだ。


「普段生活している地面の下でそんな危険な存在が……」


「まぁまぁ、そいつらは滅多に地上に出てこないし、本来なら地下水路の管轄の管理員がギルドに依頼したり、管理員が自分たちで駆除したりしてるから、普通に生活してる人たちも安心だね」


「地下水路の管理ってそんな大変なんだ……」


 軽いパトロールや点検ぐらいにしか思っていなかった地下水路管理の仕事の意外な過酷な事実を知ってしまって、顔が引きつるリア。


 ポニーテールのバレッタが口を開く。


「そんなこんなで昨日まで調査を続けてたんだけど……」


 彼女は思わせぶりに言葉を含んだ。


「昨日、地下水路の一角にあった小部屋で、なんか怪しい二人組みを発見したの。一人は小太りで背が低くて、黒いアイマスクに黒いバンダナ、黒いスーツに黒いマントを着てレイピアを装備した変態。もう一人はゾンビみたいな長身の痩せこけた男で、ロードネス警備兵のボロボロで汚い甲冑を着て長い槍を装備したモンスターみたいな不気味な奴だったわ」


 腕を組み、怪しい二人組みの愉快な容姿を想像し、首を傾げるリア。


「どうしてそんな面白そうな人たちが地下水路に……」


「後から聞いた話だけど、最近この近辺に流れ着いた元冒険者らしい。でもお金がないので丘の上の廃教会で寝泊りしてたんだけど、なんか騒ぎになってそこから離れて、丁度近くの川にある地下水路の入り口の鍵を開けて中に入り、その地下水路の中でさ迷ってから小部屋を見つけて、そこで寝泊りしていたらしいよ」


 その時、思い出してはいけない何かを、ふと思い出したリア。


 リアがバレッタ、エイブリン、ポリリーの三人に動揺を感づかれないように、静かに目を逸らし、少し震える声音で相槌を打つ。


「あ、あの地下水路の入り口ね……、ら、ランニングのときによく通るわ……」


「どうしたの、なんか気分悪いの?」


「き、気にしないで続けて……」


 突如、ポニーテールのバレッタから顔を背けたリア。

 嫌な予感がする……、彼女が少し震える。


 まぁ、いいかと、ポニーテールのバレッタが続ける。


「それで、見つけたとたん怪しい二人組みは逃走。かなりの手練で全然追いつけないし、追い詰めたと思ったらレイピアでわたしたちの服とかズボンとかズバババババッって破って足止めする超ド変態だった」


 それを聞いて怒りがこみ上げたのか、ボーイッシュのエイブリンが右手でがっちり拳を作り、左の掌に叩き合わせた。


「恥をかかせやがって、あいつら絶対ゆるさない」


 ポニーテールのバレッタもこみ上げた怒りを、ぐっと歯を噛みしめ押し殺し、歪む口を開く。


「そんなことをされて頭にきたわたしたちはボロボロの服のまま全力で追いかけた。ポリリーにとにかく炎の魔法を撃ちまくってもらって進路を妨害し続け、なんとか奴らを地下通路の川の出入り口まで追い詰めたわ」


 頬を膨らませ、ふくれっ面の魔法使いポリリーが付け加える。


「あの変態、メタンが危ないとかどうのこうの言ってたの。でもわたしたち怒ってたの」


 ポニーテールのバレッタが腕を組んで頷く。


「我ながら見事な作戦だったわ。変態たちはわたしたちの思う壺、川の出入り口まで追い詰められて川に飛び出す。そこへ待機していたエイブリンが盗賊スキルで身を隠しつつ、飛び出したところを縄の捕縛スキルで二人を捕獲。無事、怪しい二人組みを捕らえることに成功したわけよ」


 バレッタ、エイブリン、ポリリーの三人が腕を組み、うんうん、と満足そうな笑顔を浮かべて胸を張って頷いた。


 あ、と顔を上げ、ポニーテールのバレッタが言った。


「そういえばあの時、一瞬、河川敷の大岩のほうでリアっぽいものがちらって見えた気がしたんだけど……」


「気のせい」


 間髪居れずにリアが即答した。


 リアは当日当時、休みだったため街の外に出かけていた。


 前日『隣のメシヤ亭』の店長から食用蛙の話を聞きいた。

 そして、リアは好奇心とひっ迫した我が家の財政事情から、食事のための蛙を採集しようと人目のつかない壁外へ出向き、廃教会の建つ丘の近く、そして地下水路の入り口近くの河川敷へ。


 そこでリアは日が暮れるまで、一日中逃げ回る蛙と格闘していた。


 夕暮れ近く、飛び跳ね逃げ回る蛙を採集中、突如、堤防の地下水路入り口付近から叫び声が響き渡った。


 良く知る親友たちと、おっさんっぽい人たちの叫び声だった。


 リアは家計が苦しいため蛙を取っているこんな姿、親友たちにバレたらやばい、と条件反射で背後にあった大岩の陰にとっさに隠れた。


 こそこそと大岩から状況を覗いていると、親友の三人は大捕り物の最中だった。


 何時こちら側に来るかと、警戒しながらリアは見つかった時の言い訳を考えつつ見守っていた。


 しかし、そこで河川敷の堤防上に、帰宅中の偶然通りかかったレウ、イザベラ、マーリンの三人がいたのだった。


 リアは気づかず、蛙を握ったままその大岩に隠れている珍妙な姿を、思いっきりイザベラに見られてしまっていたのであった。


 リアは今、誇らしげなバレッタ、エイブリン、ポリリーの三人の前でそのときのことを思い出す。

 堤防上からイザベラが目撃した、自分のすさまじく恥ずかしい姿を想像し、わなわなと顔を両手で隠し、黙り込んだ。


 捕食された、名もない可哀想な、とてもまずかった爬虫類に対して、突如、リアに怒りがこみ上げる。


「おのれ……おのれ蛙……」


「え、なんか言った?」


「なにも……」


 と、ポニーテールのバレッタに返答するリア。


 バレッタがまあいいか、と続ける。


「それで、捕獲した三人を詰め所まで連行。怪しい二人組みは警備兵に任せて、わたしたちはギルドへ報告にいって、昨日は家に帰ったわけよ」


 ちらりとリアを見る、ポニーテールのバレッタ。


 バレッタが顔を伏せたままのリアを気にせず、続けた。


「んで、今朝、ギルドに行ったら追加で情報をもらい、今日から地下水路の調査はしなくて良いという事になったわけよ」


 魔法使いのポリリーが付け加える。


「地下水路の管理員にあの変態二人が補充されたの。だからわたしたちの調査はおしまいなの」


 ボーイッシュなエイブリンが手のひらを返して、鼻で笑って口を開いた。


「どうやら犯罪などの形跡は皆無で、悪さもしていないようなので、丁度このエリアの地下水路管理員の補充を考えていた行政がギルドからの勧めでそれを承諾したらしい。流れ者のあいつらの働く場所もどうせ当分はなかったし、ほっとくと何するか分からない変態だし、危機察知能力も高いし探索も警戒も得意そうだったから向いているとギルドから判断されたって」


 魔法使いのポリリーがアイスココアをストローで飲み干し、口を開く。


「一件落着なの。これで終わりなの」


「まぁ、これがわたしたちが依頼された地下水路の調査の大体の話なんだけど……」


 と、言って、ポニーテールのバレッタが顔を両手で覆ったままのリアの背中を叩いた。


「本当はリアが私たちのパーティーに居てくれたらもっと楽だったんだけどなぁ。学校でも一番強かったし先生からも騎士の推薦も視野に入れて王国の学園への紹介も押されていたのに、ほんともったいない」


「…………」


 顔を両手で覆ったまま、長く沈黙するリア。


 何か思うことがあり、答えづらいようだった。


 少し寂しそうな雰囲気に変わったリアに感ずいて、バレッタ、エイブリン、ポリリーの三人も暫く沈黙し、リアを見守る。

 

そうするうちに、リアの休憩の終わりが来た。


 席を立ち、自分が使った食器とグラスを持って、軽く三人に挨拶をして厨房へ向かうリア。


 仲良し四人組の、いつもの、各々の、別々に過ごす時間へと、次第に戻っていったのであった。

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