第8話 昼3 ロードネス地下水路の調査1

 『隣のメシヤ亭』奥のバーカウンター席で、少女四人組が楽しそうに食事をしていた。


 一人はこのお店の制服を着た店員のリアだった。

 リアは厨房入り口に近いバーカウンターの左隅に座っている。


 食事休憩の際、彼女はこの席にいつも座って食事を取る。

 店員は食事代がタダなので、財布を気にすることもなく店の料理を味わうことが出来る。


 客として来ていたマリエッタ、レウ・イザベラ・マーリンの冒険者の三人組も帰り、リアは丁度食事休憩していたところだった。


 リアはマリエッタが頼んだスパイシーフランクフルトとフライドポテトとから揚げのセット、それにメロンソーダを注文していた。

 それらを食べ終えて緑色の炭酸ジュース、メロンソーダをストローで飲みくつろいでいた所に、背後から声を掛けられた。


 バーカウンター席のリアの右隣にずらりと少女三人並び座っている。

 座っているのは全員ルーキーの冒険者の少女たちだ。


 リアを含めた彼女たち四人は学生時代から付き合いがある仲の良い親友だった。

 歳は全員十六前後である。


 リア以外の三人は義務課程の学校を卒業後、冒険者となった。

 リアは冒険者にはならず、今こうして『隣のメシヤ亭』のパート従業員として働いている。


 軽装備の少女が身振り手振りを交えて、楽しそうに噂話をリアの隣で披露している。

 ブラウンの長髪をポニーテールで縛り、肩、腕、胸、膝、足に鉄板入りのレザー装備を一式装備し、腰にはショートソードを装備している。


 ポニーテールの彼女が笑いながらリアに言った。


「それでさぁ、ビキニアーマーとかいう冗談みたいな恥ずかしいやつ? あれを実際に装備した女騎士が突然戦場に現れて、名前も何も誰にも知らされてないけど、戦場で大暴れして千人以上の敵兵をばったばったと斬り倒して颯爽と立ち去って行ったんだって。それからそのビキニアーマーの女騎士は誰の前にも現れなくなって、ビキニアーマーのその女騎士は伝説となって王国で語り継がれているんだってさ」


 リアの右隣で、そう自慢げに語るポニーテールの軽装備の少女――バレッタ・フィラーは水の入ったコップを持ち、それを一口飲んだ。


 ポニーテールのバレッタの右隣に座るボーイッシュな少女が、親子丼を食べ終わり丼をドン、とカウンターテーブルに置いて、ご馳走様と手を合わせた。


 その少女は腰に短剣と、大きなサイズのレザー製アイテムポーチを装備している。

 彼女の容姿はショートのブラウンの髪、顔立ちはボーイッシュで服装さえ違えばとても可愛い男子として見られるかもしれない。


 ボーイッシュな少女――エイブリン・レブリンが身を乗り出し、バレッタを挟んで座る左のリアに振り向き言った。


「わたしも実際にあのビキニアーマー見たことあるけど、あれは流石に戦闘用とは思えないわぁ。大事なところ守ってるっていうか見せてないだけっていう感じ? あれ絶対なんか如何わしい目的のやつでしょ」


 それを聞いて腕を組み、ポニーテールのバレッタが頷く。


 リアが、へぇそうなんだぁ、と軽く相槌を打つ。


 ボーイッシュなエイブリンの右隣に座る背丈の小さな少女が、三人の話を聞きながらフォークを右手に持ち、目の前のイチゴのショートケーを美味しそうに一口ずつ食べる。

 話を聞きつつ一言も喋らずに、アイスココアをストローで飲み、またショートケーキを食べる。


 彼女は四人のなかで一番背が低く、椅子に腰掛けても足が床に着かずぷらぷらと遊んでいる。


 背丈の小さな少女の横には木製のごつごつした魔法の杖が立てかけてある。

 テーブルの上には食事の邪魔にならないように、魔法使いが好んで被る黒いつばの広い三角帽子が置かれている。


 ブラウンの長髪を三つ編みにして結い、服装は黒のローブを羽織っている。


 その背丈の小さな魔法使いの少女――ポリリー・エスタノッタは、黙ったままデザートを楽しんでいた。


 オールラウンダー型の戦士バレッタと、盗賊スキルやアイテム調合、馬車の運転ができるレンジャーのエイブリンと、薬草の知識があり、余り才能はないが火と風の魔法が使える魔法使いのポリリーは、三人でパーティーを組み、冒険者として生活をしている。


 三人のなかで一番冒険者として才能があるのがリーダー気質のバレッタで、ランクはアイアンクラス。


 他の二人は最低ランクのカッパーだ。

 冒険者となり一年足らずでアイアンに昇格するのは他のルーキーと比べても早めの出世で、ギルド内では期待のルーキーとして俄かに注目されている。


 三人とも本来ならリアも含めた四人で冒険者になりたかったのだが、リアにはどうやら個人的な事情があり、バレッタたちの冒険者としての誘いを断り続けている。


 学生時代のように一緒に過ごす時間がなくなり、各々忙しくなった今でも仲のよい友達でありたいので、リアだけ話題が置いていかれないように、こうして冒険や依頼先で見聞きし、体験した話を聞かせ、時々四人で集まったりしている。


 今回は偶々『隣のメシヤ亭』で食事をしようと入ったところ、リアが休憩中だったので、四人で一緒に食事をしつつ話していたのであった。


 でもさぁ……、とボーイッシュな見た目の少女エイブリンが続けた。


「あの<ネス港>の防具屋のオヤジも怪しかったよね。バレッタのこと必要以上に褒めちぎったり煽てたりして、あんな女騎士のこと聞かせて、その気にさせてバレッタにビキニアーマー買わせようとしてたもんね。君なら伝説のビキニアーマーの女騎士の再来になる、とか言ってたっけ」


 怪しいよねぇ、とエイブリンが付け加える。


 少し動揺したのか、ピクリ、と肩を動かして苦笑いのポニーテールのバレッタが口を開く。


「ま、まぁ……、わたしたち量産型女子同盟がビキニアーマーを着たところで注目もされないっていうね」


 量産型女子同盟、というのはバレッタが命名した学生時代の四人の呼称である。


 学生時代に、知らず知らず四人で固まることが多かった。


 髪色、髪質も似ており、余りパッとせず、体力系以外の成績はごく普通、容姿もスタイルも普通。

 飛びぬけて面白いわけでも存在感があるわけでもなく、別に異性からもてるわけでも他人から憧れるわけでもない。

 まるで視認できない空気かのような、似たような雰囲気の集合体として自然と集まってしまった四人。


 それを量産型女子同盟、と自虐を込めてバレッタが命名したのだった。


 ちなみにそれとは全く関係ない話なのだが、リアは今、~ですわ、などお嬢様言葉を使わず、普通の年頃の会話口調で会話をしている。

 リアは自分の兄やマリエッタ、その他の限られた人の前でしか、お嬢様言葉は使わない。


 逃げるように、さっさとビキニアーマーから話題を変え、ポニーテールのバレッタが会話を続けた。


「でも、やっぱりレジェンドというなら王国騎士のアンリ様よね。あのお方に憧れて、あわよくば出会うため、お近づきになる為にわたしは冒険者になったといっても過言ではない。ビキニアーマーなんて絶対着ないし厳格で美しく強い、まさに戦女神そのものだわ」


 それを聞き、会話に置いて行かれないように、ボーイッシュなエイブリンがリアに付け加える。


「わたしたち、この前の<ネス港>のお仕事で偶然、王子の付き添いで同行していたアンリ様を見たのよ」


 へぇー、とリアが相槌を打つ。


 ポニーテールのバレッタが祈るようにして両手を組み、潤んだ目で天を仰ぐ。


「あぁ、美し過ぎる、そしてかっこよすぎる……」


 当時のことを思い出しているのだろうか、彼女は感嘆と息を漏らした。


 暫くそのバレッタの様子を呆れた眼差しで眺めるリアとエイブリン。


 そこへ、最後のイチゴを口に含み、ショートケーキを食べ終え、アイスココアを一口飲み、一息ついてから一番隅で静かにしていた魔法使いのポリリーが口を開いた。


「占い婆のこと訊かなくていいの?」


 はっと、何かを思い出し、ポニーテールのバレッタがリアに振り向いて訊く。


「そうだった。商業区のこの区画エリアの裏路地にある、壁の近くの地下水路の入り口なんだけど……」


 急な話に、首を傾げるリア。


「地下水路の入り口?」


「うん、地下水路の入り口があって、ギルドの依頼で昨日まで地下水路の調査をしてたんだけど」


「へぇ、なんで?」


「もともとこの街ロードネスに張り巡らされた地下水路は、管轄でそれぞれ管理している人が居るんだけど、このエリアの管理員の体調があまり宜しくなくて、彼の負担を減らす目的で、学生祭前に不振な事が地下水路で起こってないか調査するように、行政からギルドへ依頼されたの」


 そうなんだ、とリアが頷く。


 ポニーテールのバレッタが続ける。


「それで、たまたま地下水路の入り口付近の占い屋に通りかかって、その見つけた日は気になるねぇ、とか言ってたんだけど」


 魔法使いのポリリーがそれに続く。


「今日は用事がなかったから三人で気になってたその占い屋に行ったの。今はその帰りでここに寄ったの」


 ボーイッシュなエイブリンが、こめかみに右の人差し指を当てて、怪訝な顔をして続ける。


「でもさぁ、雰囲気が超ホラーでさぁ。建物も不気味だし店の中も明かりもなくて真っ暗で、紫色のローブを着た婆さんが水晶球が置かれたカウンターでポツンって座ってて、蝋燭の火がゆらゆらしててフード被ってて顔も見えないし、なんか雰囲気あるじゃんってなってたわけよ、そのときは……」


 エイブリンはそこで言いよどむ。


 なんか雰囲気変わった、と感じ、黙ってリアが固唾を呑む。


 リアの隣のポニーテールのバレッタが続けた。


「で、その婆さんが何を聞くでもなくて三人前に並ばせて、こういったの」


「お前たち全員、近いうちに死ぬよ……、ってね」


 ボーイッシュなエイブリンがオドロオドロしく身を乗り出して会話に割って入る。


 ポニーテールのバレッタが続けた。


「全員に死相が出てる、ひゃっひゃっひゃひゃ……、ってそのまま笑い続けて、わたしたちが何言っても笑い続けたままだったから、お金払おうとして出ようとしたんだけど」


「冥土の船賃にとっておきな、ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ……、て」


 エイブリンがリアを脅かそうと、また会話を挟む。


 ポニーテールのバレッタが軽くエイブリンの顔を手で払い、続ける。


「んで、怖くなったからそのままわたしたち店から急いで出てきたんだけど、振り返ったら占い屋の看板とか消えてて、もう訳わかんなくなって……」


 エイブリンの右隣、魔法使いのポリリーが口を開く。


「不思議に思ってギルドの人に聞いたの。誰もそんな占い屋のこと聞いたことがなかったの。ここエリア内だし一般のお客さんも多いし、リアなら地下水路付近の占い婆の話し聞いたことあるかなって思って訊いてみたの」


 右手の人差し指を顎に当てて、リアが首を傾げる。


「そんな場所に占い屋さんがあるなんて、聞いたことないわ……」


 そうなんだ、じゃあやっぱりあれ幽霊……、と肩をすぼめてバレッタ、エイブリン、ポリリーが息を吐いた。


 人差し指を口元から離し、その指を天井に向けたまま、リアが口を開いた。


「昔、お兄様から聞いたことがあるわ。こういうこと、狐に化かされたっていうんだって」


 リアの指先の天井を仰ぐバレッタ、エイブリン、ポリリーの三人。

 がくん、と三人が肩を落としため息を吐く。


 なんだったんだろうねあれ……、と目を合わせる。

 三人は再び肩を落とし、静かになった。


 リアはそんな様子をはたから見て、どんよりと、ため息ばかりの三人の肩に、重く黒い何かが覆いかぶさっているように思えた。

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