第7話 昼2 学生祭の下調べ3

 マリエッタとユリウスの二人は、噴水公園からの帰り道で別れた。


 マリエッタは冒険者ギルドに用事があり、ユリウスは何もないのでそのまま帰宅した。


 マリエッタは冒険者ギルドへ赴き、一時間程で用事を済ませて建物を後にした。


 次に向かうのは冒険者ギルドの隣の建物、『隣のメシヤ亭』であった。

 学生祭当日に屋台で出展する食べ物の下見である。


 マリエッタは『隣のメシヤ亭』のドアの取っ手に手をかけ、それを引き開けた。

 カランカラン、とドアベルが店内に鳴り響く。


「いらっしゃいませー」


 と、ウエイトレスの声も響く。


 店内はお客の姿がちらほら確認できる。


 入り口正面の椅子が奥の厨房に向かって並ぶ縦長の一人用テーブルに四人の客が、間隔をあけてまばらに座っている。


 入って右側のソファー席の窓側には、見知った冒険者の三人が食事を終えてくつろいでいる様子が見えた。

 ソファーにふんぞり返っている不健康そうな男、赤い長髪をポニーテールにしているメガネを掛けた女、薄ねずみ色のローブを羽織ったピンク髪の少女、マリエッタは彼らと目が合った。


 こちらに気づいた男女三人組みの彼らが、軽く手を上げたり会釈して挨拶をしたので、マリエッタもそれに応じて微笑んで軽く手を上げて挨拶を返した。


 左側を向き、四人掛けの窓側のテーブル席が空いていることを確認し、彼女はそこへ向かう。


 入り口を入って左隅のテーブル席の壁側に座り、マリエッタはテーブルに置いてあるメニューを開いた。


「いらっしゃいませー」


 お盆に載った水の入ったコップをテーブルに置きながら、健康そうなウエイトレスの少女がそう言った。


 マリエッタが顔を上げると、この店の制服である薄茶色のエプロンとその下に白いブラウスに赤い短めのスカートを履いている少女……といっても歳は十六か十七のウエイトレスが、お盆を胸に抱えて立っていた。


 後ろで束ねたブラウンに近い色のブロンドの長い髪、こなれた笑顔でそのウエイトレスの少女――リア・グレイシアが口を開いた。


「マリエッタお姉さま、ごきげんようですわ」


 笑顔の彼女に、マリエッタも返事を返す。


「あらリア、ごきげんようですわ」


 仕事用のこなれた笑顔とは違い、普段見せる緊張感を感じない嬉しそうな笑顔のリア。


 そんなリアに、マリエッタが声を掛ける。


「先ほどまでユリウスと一緒に外にいましたのよ」


 引きこもりの兄のことを聞いた途端に笑顔が消え去り、え、外に……、と真顔になるリア。


 マリエッタが続ける。


「学生祭の下見で、一緒に大通りと噴水公園を見て回ってもらっただけですわ。ついでに用事もあったので一緒にここの食事もお誘いしたのですが断られましたわ」


「折角のお姉さまとのお食事のお誘いを断るなんて、お兄様らしいですわ……」


 少し怒っているような、くぐもった声でリアがそう言う。


 おほほ、と口に手を当てて軽く笑い、マリエッタが続けた。


「そうなることは知っておりましたのでお気になさらずに。ユリウスは昔からそういうマイペースな人ですわ。だからわたくしも気兼ねなく今でも一緒にいられるのですわ」


 はあ……、とため息混じりで言葉を返すリア。


 少し間を置いて、マリエッタがメニューを指差し、食事を注文する。


「実は学生祭の屋台でここが出す料理を下見に来たのですわ。このスパイシーフランクフルトとミニサイズのフライドポテトのから揚げセットをいただけますかしら?」


 リアがエプロンのポケットから伝票と鉛筆を取り出し、返事をしながら注文を記入する。


 マリエッタがドリンクのメニューを指差して続けた。


「あと、このメロンソーダをいただけますかしら?」


 素早く注文を伝票に書き終えたリアが、注文を復唱する。


「スパイシーフランクフルトとフライドポテトのから揚げセットミニサイズと、メロンソーダでよろしいですね」


「えぇ、それでお願いしますわ」


 かしこまりました、とリアが踵を返し振り向こうとした。

 それと同時に、それにいたしましても……、とマリエッタが何かを思い出し、口を開いた。


「リアが蛙を好きだったなんて知りませんでしたわ」


 え……、と背後の厨房側に振り向こうとした姿勢のまま固まるリア。

 彼女の表情が口角の上がった笑顔から真顔になり、ゆっくりとマリエッタに振り返る。


 屈託のない笑顔で、マリエッタが続けた。


「ユリウスから聞きましてよ。丁度先ほどまで冒険者ギルドで、現在試作中の食用カエルのから揚げを頂いていましたのよ。<サンハイト領>と<アーリアン領>が共同で研究中の<メケト大河>の食用蛙の養殖が成功しそうなので、食材として広めるために各ギルドで要人を集めたりして料理の試食を実施しているようですの」


 結構美味しかったですわ、とマリエッタが付け加えて、続けた。


「それで帰宅中ユリウスと別れる前にその話をしまして、あなたが蛙のことが好きなのでカエルのから揚げでも差し入れたら泣いて喜ぶだろうと教えていただきましてよ」


 明らかに気落ちた怒りさえ感じる低く小さい声のトーンで、真顔のリアがすかさずはっきり息継ぎも無しで早口で答える。


「いえ別に好きではありませんよどちらかといえば昨日と今日で嫌いになったかもしれませんわあと大事なことですがお兄様はので真に受けないほうが良いですわ」


 急に先程の笑顔から豹変したリアの静かな怒りに満ちた気迫に押され恐怖を感じ、ガタッ、と椅子を鳴らして体を後方へ引いたマリエッタ。


「あ、ええ……、そうですの……、それは失礼しましてよ……」


 おほほほ……、と引きつった笑顔でマリエッタはリアをそうなだめる。


「それでは、ごゆっくりどうぞ……」


 ぬらりとゆっくり振り返り、一歩一歩足を踏み締めて厨房へ向かっていくリア。


 彼女の背中から赤黒いオーラが漂い立ち昇っていくのが見えた気がしたマリエッタ。

 明らかに適当なことを吹聴したどうしようもない兄に対しての、普段から我慢して溜りに溜り、抱えているとてつもない怒りだろう、と感じた。


 マリエッタは危うく、帰りにギルドからカエルのから揚げの残りをユリウスに届けようとしていたことを、すんでのところで思いとどまったのであった。

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