第11話 夜
辺りはすっかり暗くなり、赤レンガが敷き詰められて整備された街の大通りは、立ち並ぶ街頭の明かりで灯されている。
人の行き来も疎らで、昼間のような行きかう馬車の音や人混みの喧騒も全くない。
学業区エリアと商業区エリアを結ぶ大通り、その脇に逸れた街頭の明かりもない裏路地の一角に、リアたちが住む二階建ての家がある。
元は学生寮として使われていた為、キッチンとリビングは広めに作られている。
二階には少し広い部屋が二つ。
学生が複数人共同で使っていただろうその二つの部屋は、今ではリアと兄のユリウスが自分の部屋として一人一部屋ずつ贅沢に使用している。
兄妹二人で暮らすには十分な広さで、個室トイレと風呂付、上下水道とガスも完備。多少、少ない収入と合わない家賃でも住み続ける価値はあった。
そんな二人が暮らす家の前に、リアが到着した。
から揚げの詰められた茶色い髪袋を左手に抱え、リアが明かりの灯った家の玄関のノブに右手を掛ける。
歩き疲れた様子で、リアが玄関ドアを開ける。
「ただいま戻りましたわ……」
玄関のドアを閉め顔を上げると、キッチンカウンター越しのリビング、その窓横の丸いボロボロの木製テーブルに肘を着き、椅子に座ってこちらを見る兄が軽くおかえり、と言い、帰りを待っていた。
「お兄さま」
と、言いつつ一直線に兄の前まで向かって歩くリア。
なにごとか、と顔を上げ、茶色い紙袋を左手に抱え、向かって歩いてくるリアの姿を見つめる兄。
リアが薄い胸を張り、足を止め仁王立ちして、目の前の椅子に座る兄を見下ろす。
「お話があります」
テーブルに右肘をのせ頬杖をついて、呆けた顔でリアを見上げる兄が口を開く。
「ほう、なにがあったのかな妹よ?」
リアが左手の人差し指で、ビシっと兄の顔を指差す。
「今日の昼間、マリエッタお姉さまのせっかくのお食事のお誘いをどうして断ったのですか?」
ふっ、と鼻で笑い、肩をすぼめて両手の掌を上に返す兄。
「そんなに歩き疲れて吐く姿を見たかったのか」
「からだ弱すぎですわお兄さま……」
堂々と情けない性根を吐く兄を見て、がっくりと肩を落とすリア。
「はぁ……、外見だけは本当に良いのに、どうしてこんなに他がクソなのかしら、ですわ……」
「マリエッタの機嫌は悪くなっていないので安心したまえ。別れ際に嬉しそうに駄賃として一ゴールドくれたぞ」
「完全に都合の良い安いヒモですわ……」
右手の指に挟んだ一ゴールド硬貨を自慢げに見せる兄。
十分に女性と歩くことすらままならず、イケメンだけが取り柄の兄が、自慢げにその一ゴールド硬貨を器用に指と指の間を行ったり来たり、クルクルと移動させる。
肩を落としうなだれ、兄の行く末を考えると重くなる頭を右手で抑えて目を瞑り、自分の時給半分にも満たない駄賃をもらって機嫌よさそうな兄の顔を決して見ず、リアが左手に抱えた茶色い紙袋を静かにテーブルに置いた。
「夕食ですわ。から揚げですのよ」
ほう、と早速、その茶色い紙袋を開け、中を覗く兄。
「これは、おまえが大好物の……」
紙袋からから揚げをそっと取り出し、兄が目を瞑っているリアにそれを差し出した。
リアはうなだれたまま目を瞑り、それの足を左手で受け取って、口に運ぶ。
足の生えたから揚げを一口、かぶりつくリアを眺めつつ兄が言った。
「カエルのから揚げだな」
「そうですわ、これはカエルのから揚げ……」
バーンと、床に手を着き突っ伏したリア。
「また……、またおまえかぁぁぁぁぁぁ!」
涙を流し叫び、床を叩くリア。
「どうしてわたくしをそんなにつけまわすの⁉ これは呪いですの!」
バンバンバンバン、と激しく床を叩くリア。
「お姉さまが昼間食べたというのはお店のことではなくギルドのことだったのですのね!」
涙を流し、勝手に騙された形になってしまったリアは、悔しそうに左腕で目を覆った。
「おかしいと思いましたわ! だって普通の鶏のから揚げなら大量に揚げ過ぎても店で出せばいいだけの話ですもの!」
そんなリアの悲壮な姿を見て、兄が笑って言った。
「泣いて喜ぶほど好きだったとは、やはりマリエッタに言っておいて正解だったな」
はっはっは、と高笑いする兄。
スジのある、醤油ベースで味付けされて香ばしい、肉肉しくジューシーなカエルのから揚げを、泣きながら口に運ぶリア。
「悔しいですわ……、悔しいですわ……」
と、恨み節をカエルに吐きつけながら、涙を流してカエルのから揚げを食べ続ける。
意外と美味しかったそのカエルのから揚げの味は、リアにとって死ぬまで一生忘れることが出来ない完全敗北の味として、その夜、記憶の中に深く刻み込まれたのであった。
< 了 >
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