第3話 昼1 廃教会の調査2

 冒険者ギルドの建物を出てすぐ、レウ、イザベラ、マーリンの三人が『隣のメシヤ亭』に到着する。


「いらっしゃいませー」


 猫背で黒髪の不健康そうな男レウがドアを開け中に入ると、カランカランとドアベルが鳴り、ウエイトレスの声が店内に響く。

 続いて、黒い指貫グローブをつけ赤髪のメガネをかけた女イザベラと、長い杖を抱え薄ねずみ色のローブを羽織ってフードを被るピンク髪の少女マーリンが、店内に入っていく。


 店内は座席数が約九十人近く座ることが出来る程広い。

 入って右手奥の壁沿いに、窓側から建物奥のバーカウンター席手前まで伸びるソファー席と、長方形の長いテーブルが並んでいる。


 彼ら三人は、いつも窓側のソファー席に座る。

 昼食を過ぎて客が少なくなってからこの店に来るのは、その席に座る為でもある。


 ペタンペタンとゴムサンダルを鳴らし、ズボンのポケットに手を突っ込んで蟹股で歩く彼が、窓際のソファー席まで一直線で向かっていく。


 レウはソファー席までつくと、振り向いてドカッとソファーに座る。

 ポケットに手を突っ込んだまま股を大きく開き、歯を食いしばったようなイガイガした口をして、周囲にガンをたれるようにふんぞり返る。


 レウがぴょこぴょこと、窓側の壁までカニのように横移動するのを見つつ、イザベラとマーリンは椅子を引いて彼の向かいのテーブルの席につく。


 黒い指貫グローブをつけた女イザベラが椅子を引いて窓側の席に座り、置かれているメニューを取ってテーブルに広げる。


 レウが対面に座るピンク髪の魔法使いの少女マーリンに、寄越せというように手を出す。


「……あり」


 彼女はそう感謝を述べて、手に抱えていた長い杖をレウに渡した。

 受け取った彼が杖を窓側の壁に立てかける。


「わたしは今日は青椒肉絲チンジャオロース丼かな」


 笑顔でメニューを指差してイザベラがそう言う。


「俺は鉄板鶏胸ガーリックしょうゆ定食だ」


 メニューを見ずに、真正面の反対側のテーブル席の壁の方に顔を向けたままのレウがそう言った。


 水の入ったコップを三つ載せたお盆を片手で持ち、健康そうな少女のウエイトレスが、店の奥の厨房から出てきて三人に近づいてくる。

 健康そうな少女のウエイトレスは、この店の制服である薄茶色のエプロンを着用し、その下に白いブラウスに赤い短めのスカートを履いている。


 ブラウンに近い色のブロンドの髪を後ろで束ねた少女のウエイトレスが、テーブルまで来て、こなれた笑顔で接客をする。


「いらっしゃいませ、ご注文どうぞ」


「おっすリア」


 お盆に載った三つの水の入ったコップをテーブルに置いていくそのウエイトレス――リア・グレイシアに、レウがそう軽く挨拶をする。


 続いて、メガネのずれを指貫グローブをはめた右手の人差し指で直しつつ、イザベラも軽く彼女に声をかけて挨拶をする。


 ピンク髪の魔法使いの少女マーリンはうっす……、と軽く可愛らしい声で、健康そうな笑顔のリアに会釈する。


「こんにちは皆さん」


 と、水の入った三つのコップを配り終え、お盆を胸に抱え当て、リアが挨拶をする。


「俺は鉄板鶏胸ガーリックしょうゆ定食」


「わたしは青椒肉絲チンジャオロース丼」


 レウとイザベラが注文を言い終えて、魔法使いのマーリンが続いた。


「……鮭茶漬け」


 エプロンのポケットから伝票を取り出して鉛筆を握り、注文を書き終えたリ笑顔のアが顔を上げた。


「鉄板鶏胸ガーリックしょうゆ定食と青椒肉絲チンジャオロース丼と鮭茶漬けですね。ご注文承りました」


 出来上がりましたらおもちしますね、と言い、リアはテーブルから離れようと振り返る。


 そこで、メニューを畳んで仕舞おうとしたイザベラが、あっ、と何かを思い出し顔を上げた。


「そういえばリアに訊きたいことがあったんだ」


 さばさばとした口調でそう言って、テーブルから離れようとして背を向けたリアを呼び止めた。


「わたしですか?」


 自分の顔を指差して、リアが立ち止まる。


「そう、リアに訊きたいことがあって」


 メガネを光らせるイザベラに、口を半開きにして怪訝な顔を向けるレウ。

 彼は黙ったまま、イザベラに視線を向けて彼女とリアの会話を聞く。


 イザベラが思わせぶりな口調で、話を続ける。


「そういえば昨日……」


「はい、昨日ですか」


 昨日、という単語を聞いて若干笑顔に陰りが見えたリアが、そう聞き返す。


「そう昨日なんだけど、わたしたち壁外の丘に建ってる廃教会の調査をしてたんだけど」


「丘に建ってる、壁外のあの廃教会に?」


「そう、その調査の帰りにね、丁度、地平線に沈む真っ赤な夕日が見える夕暮れぐらいだったんだけど」


 メガネを光らせたまま真顔でその時の風景を詳細に思い出すように、イザベラが顔を動かさずリアを見つめる。


「私たちが丘を降りて夕日をバックに青春を謳歌するかのように川の堤防を嬉々として歩いて帰っていた途中なんだけど」


 ピクッ、とわずかにお盆を抱えるリアの指が動いた。

 それに気づくレウ。彼はリアの微妙な変化に感づいたが、黙ったままイザベラの話を聞く。


「丁度ね、堤防下の地下通路出口の近くに通りかかった時に」


「通路出口近くに」


 復唱し、笑顔のままだが若干汗をかいているようにも見えるリア。


 イザベラが彼女に訊く。


「河川敷の大岩の裏で、こそこそ地下通路出口の様子を覗き込んでたリアを見かけたんだけど何してたの?」


「……」


 小さく、あ……、と声を漏らし、段々とリアの笑顔が消えていく。

 その彼女の様を見つめる黙ったままのレウ。


 イザベラがメガネをクイッと人差し指で押し上げて、言った。


「しかもなんか蛙っぽいものを握ってたみたいだけど」


 カラン、とリアが胸に抱えていたお盆が、手から床に落ちる。


「あ、大丈夫リア?」


 イザベラが身を乗り出し、リアの胸元から床に落ちたお盆に目を向ける。

 マーリンも静かに床のお盆に目を向ける。


 しかし、レウはその時お盆に顔を向けずリアを見つめていた。

 リアのいつもの健康そうな笑顔が、絶望を感じさせるほど陰りのある表情へと豹変していく。

 彼女の顔は、目が見開かれ、笑顔が消え去り、視線がテーブルの上の一点を見つめ、蒼白な顔面には影がかかっていた。


 レウは、はっ、としてすかさずテーブルの下の足で、イザベラの脛を蹴り飛ばした。


 ゴスッ、という鈍い音がした。


「いったぁぁぁぁぁ!」


 そう叫んで蹴られた左足を抱え上げるイザベラ。


 レウが口を開いた。


「この陰キャクソメガネ!」


 続けて、左の脛を抱えて痛がる彼女に言う。


「人にはいろいろ事情ってもんがあんだろ。気安く立ち入るんじゃねぇよ」


 その間、ゆっくりと屈んでお盆を拾い上げ、ははっ……、とものすごく弱く笑ってリアが言った。


「な、なにもしていませんよ……。た、ただランニングしていただけですから……」


 ははは……、と口元は軽く笑っているが目は見開いたまま瞬きはしていなかった。


 漸くリアの異常を察したイザベラが息を呑み、黙ったまま彼女を見つめる。


 マーリンもただならぬ気配を感じ取り、どこか恐ろしさを感じつつ彼女の様子を見守る。


「ごゆっくりどうぞ……」


 ゆっくりと振り返り、だらんとお盆を右手に持って肩を落としてテーブルから離れていく。


 肩を落としたまま弱弱しい足取りで厨房へ入っていく彼女の姿を、三人は見つめ、無言のまま見守っていた。

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