第7話 初公開
わたしがゲームを本気でやっている理由。それは、いじめられていたわたしにとっての唯一の居場所がゲームで、居場所を心の癒える場所にするためだ。
この理由は今まで誰にも言ったことがないし、何ならいじめがどういったものだったかも誰にも言っていない。
この理由を言ったら間違いなくいじめについて訊かれるだろう。
その時、いじめについて思い出していて心が不安定にならない自信はない。
思い出しているうちにそのころの恐怖や苦しみが襲ってきて、発狂してしまうかもしれない。
——せめて、せめて蒼空がいてくれたら・・・・・・ってええ!?
わたしが答えるかどうか迷っていてふと窓を見ると、窓の下から人の顔が覗いていた。
——なんかいる!
思い出していたいじめよりもはるかに恐ろしく感じるものをわたしが指さすと、それに気づいて石田さんと黒岩さんも窓を見る。
「うわあああああ‼」
「は!? ——って鈴木か、びっくりしたー・・・・・・」
——え⁉ 蒼空!?
腰を抜かしかけたわたしと黒岩さんとは対照的に、いつものことのように石田さんは冷静に窓を開け、蒼空が入れるようにした。
「驚かせてすいません。急に《アレ》から音が聞こえてこなくなったので心配になって・・・・・・」
——エレベーターで降りてくるっていう選択肢は無かったの?
どうにか「蒼空は身体能力が高いから」と自分に言い聞かせて状況を気合で飲み込む頃とほぼ同時に、蒼空がこっちに歩いてくる。
蒼空はわたしの目の前で立ち止まると、左手を差し出してくる。
「ほら、点検するからあの機械出してくれ」
わたしは胸ポケットにしまわれていた白い板状の物を蒼空の左手に置く。
すると蒼空は板の側面にあった極小のコネクタに同じく極細のプラグを差し、プラグのもう一方にあるUSB端子をスマホにつなげ、色々とステータスを見始める。
「なんだ、ただの電池切れか。じゃあ外付けバッテリーやるからそれ付けてくれ」
蒼空は一分も経たずにそう言ってわたしに白い機械を返し、同時に小さなバッテリーを渡してくる。
バッテリーはあの機械よりもさらに小さく、ボタン電池を正方形にしたようなものに専用の端子が付いていて、機械に差せるようになっていた。
わたしがバッテリーを付けたことを確認すると、蒼空は
「よし、じゃあ音も聞こえるようになったし、俺はもうミーティングに戻る。社長、黒岩さん、失礼します」
と言って踵を返し、再び窓の方へと向かっていく。
——待って。
わたしは蒼空が着ている黒いカーディガンの左袖を掴み、蒼空を引き止める。
蒼空は困惑した顔をこちらに向けてきたが、石田さんが何かに気づいたように口を開く。
「今、なんでゲームに本気で取り組むようになったのかを訊いてたんだけど、その直後に一瞬怯えるようだった。もしかしたら、鈴木も一緒にいて聞いてほしいのかもしれない」
石田さんの言葉を聞き、蒼空ははっとしたような顔でこちらを見てくる。
石田さんの説明に嘘はない。そして、わたしは蒼空にいてほしい。蒼空がいなければ、あの苦しみを思い出して、また数年間立ち直れなくなるかもしれない。
だから、わたしを支えていてほしい。
ありったけの力を目に込めて蒼空に向けていると、蒼空が仕方ないようにため息をついた。
「はあ……分かった。じゃあ一緒にいてやるよ。ちょっと待ってろ」
蒼空は窓枠に足をかけ、そのまま外側で上へ跳んでわたしたちからは見えなくなった。しばらくするとまた上の階から降ってきて、
「進行役を押し付けてきた。あと石田さん。獅子戸に押し付けたんですけど、彼が『あとでシバいたろ』ってキレてたんで面接終わったら謝ってください」
と言った。
「獅子戸か・・・・・・。なんでよりによって怖いやつに押し付けたんだ・・・・・・」
石田さんは呻きながら額を叩いて言い訳をひねり出しているようだ。
そんな石田さんをよそ眼に、蒼空はわたしに話をするように促してくる。
「ほら、俺らは準備できたから話してくれ。お前がなぜゲームに本気になっているのか」
わたしはふぅ、と一息吐き、スマホにわたしのゲームを本気でやっている理由を打った。
すると案の定、石田さんは怪訝な顔をし、蒼空はやはりか、と言いたげな顔になる。
しかし、黒岩さんだけはなんだか哀しそうな顔をしていた。
黒岩さんがなぜそんな顔をしたのか不思議に思っていると、黒岩さんはすぐにわたしに質問をする。
「その、いじめについては説明いただけますでしょうか? もし辛ければ私が後ほど社長たちには説明しますが・・・・・・」
——え?
黒岩さんの最後の一言が聞こえた瞬間、わたしは目を見開いた。
——つまり、黒岩さんはわたしの受けたいじめの詳細を知っている、と?
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