第12話 心の傷

 前書きです。

 こちら12話となっていますが、前回のあとがきに追加したように、現13話と入れ替えになっております。大変申し訳ございません。土下座ジメンペロペロ。

 では萌恵ちゃんがフラッシュバックから戻ったところからご覧ください。


 ――――――――――――――――――――――


 ——苦しい。


 心臓が激しく胸を打つ。頭の中が真っ白になる。体に力が入らない。視界がおぼろげになり、夢の中の感覚に近い。全身が思うように動かない。


「・・・・・・熱っ」


 しかし、そんな状態は束の間、足に走った灼熱で意識は叩き戻された。

 足元に視線を向けて見れば、いつの間にか手から滑り落ちていたカップ麺がぶちまけられ、足にかかっている惨状が目に入った。


 だがこの悲惨さに嘆く余裕もないほど、わたしの心は恐怖に支配されていた。


 ほとんど自動で体が動き、ドアノブを押し下げる。


 廊下に出ると、そこにはすぐに蒼空が立っていた。


「萌恵!」


 蒼空の顔を見るなり、わたしは安心して蒼空に倒れこんだ。

 また夢の中のような感覚になり、視界は暗くなった。




 ——この匂い、安心する・・・・・・。


 気が付くとわたしは、柔らかいものの上に横たわり、ほのかなぬくもりに包まれていた。どうやら、気絶と同時に眠ってしまっていたようだ。


 心地よいのでもう少しだけ・・・・・・と思ったが、ふと一つの懸念が思い浮かび、ばっと顔を急いで上げる。


 すると、蒼空の寝顔が視界に入った。どうやら蒼空の腕の中でわたしは寝ているらしい。不安が見事に的中してしまっていた。


 ——蒼空が起きたら気まずくなりそうだけど・・・・・・まあいっか。もうしばらく——


「・・・・・・うん?」


 わたしがもう少し蒼空にくっついて寝ようともぞもぞと蒼空に寄った瞬間、蒼空が目覚めてわたしを見下ろす。


「あ」


 思わず少し声が漏れ、その後しばらく見つめ合ったままになる。


 蒼空はしばらく寝ぼけ眼だったが、数秒するとはっとしたように大声を出した。


「・・・・・・あっそうだ! 萌恵、大丈夫か!?」


 蒼空はばっと起き上がり、昨日と同じように焦った顔になる。


 昨日何があったっけ。わたしも寝ぼけていて頭がなかなか働かない中、小さく呻きながらどうにか昨日のことを思い出す。


 ——そうだ、小学生の頃のトラウマを思い出して蒼空に助けを求めたんだ。


 不登校になってから十四年も無意識のうちに蓋をし、せき止めていた記憶。

 昨日聞こえた、あの鈴の音。


 わたしにとって、親友に虐げられ、幼い心に深い爪痕を残した、恐怖の象徴。


 思い出すだけでも心臓が凍るような怖さを感じ、蒼空にしがみつく。


 なぜ昨日、この場所で聞こえたのか。わたしがふと不思議に思うと、蒼空がわたしの背を撫でながら、わたしの考えを見透かしたかのようなタイミングで教えてくれる。


「昨日、俺の部屋にもあの鈴の音が聞こえたんだ。同じ階の宿泊客らしくて、『鞄にこんな大きい音が鳴る鈴をつけるなんて珍しいな』とか思ったときに、萌恵が鈴の音にトラウマ持ってるのを思い出した」


 蒼空は優しく、わたしの頭を撫でて落ち着けようとしてくれる。

 段々と心臓が温まるような安心感が生まれてきて、わたしは本音が思わず漏れる。


「蒼空・・・・・・怖いよ・・・・・・」


 柚香ちゃんは大切な友達だ。フラッシュバックしたときに改めて見た、あの柚香ちゃんの様子。きっと柚香ちゃんは、わたしに悪意を持っていたわけじゃない。


 ――それでも、怖い。また、何かあるかもしれない。


 蒼空の服を掴む手に力がこもる。


「・・・・・・そんな怖いんなら、黒岩の話を断ればいい。別に無理する必要はない。石田さんも言ってたろ?」


 ——それはなんか逃げるような気がするんだよ。


「逃げるように感じるかもしれないけど、つらい過去から逃れて、忘れるのも大事だ。いつまでもトラウマを意識のどこかに置いてると、一生ずっと怯えて苦しむことになるぞ?」


 また蒼空がわたしの思ったことを見透かしてるかのようなタイミングで完璧な言葉を言う。そろそろ蒼空は読心術をマスターするのかもしれない。


「それに・・・・・・今はもう、俺がいつでも萌恵を守れる場所にいるだろ。安心しろ」


 ――蒼空の言う通りだ。もう、蒼空に思いっきり頼ってもいいんだ。


 顔を上に向け、蒼空の顔を見る。小さいころからわたしを妹のようにかわいがってくれていた蒼空だが、もう昔残っていたあどけなさは全て消え、代わりに頼もしさが出ている。


 ——もうしばらく、蒼空にくっついてたいな。


 わたしは目を閉じ、しばらく蒼空に体重を預けることにした。




 数分間蒼空に抱き着くと少し安心したので、わたしは蒼空から離れ、スマホで蒼空にメッセージを送る。


『黒岩さんの話は、申し訳ないけどしばらく見送らせてもらうよ。それと、今はまだ怖いけど、いつかはまた、柚香ちゃんと仲良くなりたいな』


「・・・・・・そうか。そうだよな。その結果が一番理想的だ」


 一瞬顔をしかめかけた蒼空だが、すぐに表情が緩み、優しく微笑みかけてくれる。


「けど、無理はするなよ」


 蒼空がごつごつした手でわたしの頭を撫でる。


 ——あれ、来月くらいでわたし二十歳になるよね。これじゃまだ完全に子供じゃん。おかしいな・・・・・・


「それで、どうする? 今日は休むか、それとも実技試験を受けるか」


 そういえばそうだった。今日はもともと、《Harbinger》の実力審査をする予定だった。

 さっきまでは黒岩さんの話で迷ったり、トラウマを怖がったりしていたけど、蒼空のおかげで今はもう元気だ。


『行くよ』


「よし、じゃあ準備するぞ」


 ベッドから降りたわたしは自分の部屋に戻り、少し遅い朝支度を始めた。


 ――――――――――――――――――――――――


 どうも、びぃふです。

 蒼空と萌恵ちゃんが一夜を共にした(言い方)ところで、またお会いしましたね。

 この度切腹しなければならないレベルのミスをしていることに気が付きました。

 今更ではありますが、第9話「頼み」にて、石田さんが萌恵ちゃんにした質問の個数をご存じでしょうか。

 1個ですね。

 では、石田さんがその前に言った、萌恵ちゃんにする予定の質問はいくつでしたでしょうか。

 そう、2個です。見事矛盾が発生したまま投稿しておりました。切腹しますグハァッ。

 というわけで石田さんのセリフを少々改変し、矛盾を抹消いたしました。これで安心して逝けます。

 これからは阿鼻地獄よりサイレント/ストリーマーをお送りする予定です。ギャア。

 よろしくお願いいたします。


 追伸

 蒼空と萌恵ちゃんの恋愛関係は無いです。二人とも恋愛とか考えたことなさそうだし、今後もラブコメは始まらなさそうですね。

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