第11話 過去
「ねぇ、どうして逃げるの? あたしたち、友達でしょ?」
頭を上げると、茶髪をツインテールにまとめた釣り目気味の小学生が仁王立ちをしていた。
自分の目線は地面とほぼ同じ。どうやらわたしは転んだらしい。膝や腹部、掌が痛い。皮膚にアスファルトの凹凸が食い込んでいるのが分かる。
「友達ならさ、あたしたちの《実験》、手伝ってよ」
——《実験》なんか、いやだ。
「実験」。このワードだけを小学生が言ったのであれば、雑草をすりつぶして薬を作る真似や、虫の前に数種類の葉を置き、どれを食べるのかというかわいらしい実験を想像するだろう。
しかし、この極めて幼い少女たちは、かわいらしいどころか、大人でもやらないであろうものを《実験》している。
そしてその対象がわたしだ。
地面に着いた手がふと視界に入る。その指先には、全て絆創膏が貼ってある。これは先月された、「爪を剥がす」実験の跡だ。
この少女たちは、わたしを傷つけ、その様子を観察する。それを《実験》と称している。簡潔に言えばいじめだ。
「じゃ、抑えといて。今日は食べられる虫の判別ね。あ、いつも言ってるけど、もしせんせーとかに言ったら・・・・・・もうちょっと危ない実験しちゃうかも」
ツインテールの少女がニヤリと口を歪め、ヒヒッと笑うと、わたしの周りにいた二人の取り巻きの少女たちがわたしを抑える。
——チリン、チリン。
鈴の音。同時に、取り巻きの後ろから一人の少女が出てくる。少女は髪を三つ編みにまとめている。三つ編みの先端は、鈴のついたゴムでまとめられている。
「
黒岩柚香。三つ編みの少女の名前。
小学校に入学した頃はまだ親友だった。幼稚園が同じだったこともあり、毎日一緒に遊び、たまには互いの家に遊びに行くこともあった。
ずっと、一生そんな関係が続くだろうと思っていた。
小学校の入学式までは。
わたしと柚香ちゃんが小学生になってから二、三週間後くらいから、柚香ちゃんはわたしに対して少しづつよそよそしくなっていった。
そして、ほぼ同時期からこのツインテールの少女たちに目を付けられ始めた。
最初の頃はまだ「いやがらせ」にとどまる程度で、ノートへの落書き、画びょうを上履きに入れるなどだった。
その時点でもういじめと言って過言ではない状況だった。
もちろんお母さんや蒼空にいじめられていることは伝えた。担任の先生にも相談したが、「犯人が明確でないからどうもできない」とやるせない様子だった。
そして、わたしにとって本当の地獄は、入学式から一か月が経った時から始まった。
入学式から一か月経過した五月、縦割り班活動があった。わたしたちの小学校では、各学年の児童数名ずつからなる縦割り班制度があり、月に一度、親睦のために遊ぶことになっていた。
幸い、わたしは親友の柚香ちゃんが一緒の班で、蒼空も所属していた。
その日にやった遊びはかくれんぼ。学校の校庭では物が少なすぎて隠れられないため、体育館で大量の段ボール箱を乱雑に置いて遊んだ。
一、二回ほど遊んだ後、最後のかくれんぼで鬼を蒼空がやった。
開始から数分後、わたしは隠れていたところを音もなく近寄ってきていた蒼空に見つかったのだが、蒼空の出現があまりにも突然だったので腰を抜かしてしまった。
動けないわたしを見かねた蒼空は、あろうことかお姫様抱っこでわたしを保健室まで運んだのだ。
そして、その時にあのツインテールの女子はわたしをかつてないほど憎しみに満ちた目で見ていたことは覚えている。
わたしとあの少女は全く会話をしていないので事実は定かではないが、恐らくあの少女は蒼空のことが好きだったのだろう。だから、蒼空がわたしを特別に扱っているように見えて嫉妬し、本格的ないじめ、《実験》にエスカレートしていった。
——でも、なんで柚香ちゃんがわたしを苦しめるの・・・・・・?
この答えだけがまだわからない。ツインテールの女子たちからのいじめが始まった頃、柚香ちゃんがわたしによそよそしくなり、避けるようになっていったのは何か吹き込まれたからだと思っていたが、そうだとしても柚香ちゃんがわたしに敵意を持つ理由にしては不自然だ。
しかし、現実になってしまっていることはもうどうしようもない。
柚香ちゃんは唇をきゅっと結び、震える右手に摘まんだ青虫をわたしの口に近づけてくる。
——柚香ちゃんの手が、震えてる・・・・・・? もしかして・・・・・・
今までの「排泄物をまた取り込む実験」「手製の目薬の実験」「水中にいられる時間の実験」・・・・・・。思い返してみれば、今までのすべての《実験》で、柚香ちゃんの手は震えていた。
——柚香ちゃんは、やらされている? わたしのように、苦しんでいるの?
「柚香ちゃん! やめっ——」
親友にこれ以上苦しんでほしくない。
そんな願いを柚香ちゃんに言いかけたその時、開いたわたしの口をぷっくりとした取り巻きの一人が手で固定する。いつも健康診断で「やせすぎ」判定だったわたしでは敵うはずがなく、口を全開にしたままになる。
柚香ちゃんは目をつむり、その右手を震わせながら、怯えながらわたしの口の中へ入れる。
「・・・・・・ごめん」
柚香ちゃんは口の動きだけで、そう言っているように見えた。
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前回(前々回?)の投稿からめちゃくちゃ遅れてすいません。許してください何でもしますから(何でもするとは言ってない)。
言い訳をさせてください。実は受験+ネタ切れによって先が完全に見えなくなるという事態が発生しまして・・・・・・あと今まで練っていたストーリーがなーんか不自然に感じたので、丸ごとストーリーを練り直す羽目になっておりました。見切り発車した弊害ですね。自業自得です。
今後もこんな調子で不定期かつ遅筆この上ない感じになってしまいそうですが、どうかお許しください。応援までしていただけると私は大変喜び、踊り狂うでしょう。
よろしくお願いします。
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