第10話 宿にて
《MafiN》の事務所を出た後、わたしたちは服を適当に買って近くのホテルで受け付けを済ませ、与えられた部屋に向かった。
「俺は401で、萌恵は402か」
蒼空はそれぞれの部屋を確認し、エレベーターの「Ⅳ」と書かれたボタンを押した。
「今のところ、お前は黒岩の件、どうするつもりだ?」
わたしはスマホを取り出し、文字を打つ。
『わからない。自分の中でも、まだ相手に求めることが定まってないから。今日考えてから、明日また伝える』
「そうか。キツかったら考えず、拒否でいいからな」
蒼空が心配すると、チンという音とともにエレベーターが止まった。
ドアが開き、蒼空の後にわたしも続く。
402号室は、蒼空が泊まる401号室の向かいにあった。
「それじゃ、また明日」
わたしは蒼空と別れ、部屋に入った。
蒼空が選んだホテルは安めのビジネスホテルのため、調度品も棚やベッド、小さいテーブルとイス、ケトルくらいで、ユニットバスが付いている。
荷物をテーブルに置き、ビニール袋から、買ったパーカーとショートパンツを取り出し、着替える。
ふと時計を見ると、もう七時になっていた。
ホテルまでの途中に買ってきたカップ麺を食べるため、ケトルに水を入れて沸くまで待つ。
ホテルのプラン一覧には夕飯が入っているプランもあったが、蒼空がなるべくお金を貰おうとケチり、食事が付かない一番安いプランになった。
——まだ今日の内容が完結しないな。
今日はいろいろなことが起こりすぎた。わたしはただ面接に行っただけのはずだが、蒼空は上の階から窓を通って降りてきたし、面接担当の黒岩さんはわたしをいじめた女子児童の父親だし、なんか大金もらうし。
一日分にしては多すぎる情報量。頭がオーバーヒートしている。
ボーっとしていると、ケトルがカチッと電源が切れた音を出し、お湯が沸いたと知らせる。
カップ麺にお湯を注ぎ、蓋を閉めて箸で止める。最近はプラスチック削減とやらでシールが無くなる代わりに蓋の出っ張りが二つに増えたが、それでも閉め具合が不安なわたしのような人種は箸で止めている。
タイマーをセットし、待っている間にスマホを開き、《BFA》の最新ニュースを眺める。
《BFA》は三か月に一度、大型のアップデートを実装する。次の大型アプデは六月。今は五月なので、大体一か月後だ。
次回のアップデートの目玉は初心者へのサポートとチート対策の強化だ。新しく始めたプレイヤーに経験値ブーストを与えて強いスキルを手に入れやすくしたり、アイテムを配布したりなどが現在の初心者サポートの予定らしい。チート対策として、新しくチート検出ソフトを導入することも注目されている。
特に上位プレイヤーが注目しているのはチート対策の方だ。上位三百人の《オリジン》や上位一パーセントの《プライマル》、上位五パーセントの《アレキサンドライト》といった熟練のプレイヤーのいるマッチである《上位帯》ではチーターが蔓延っており、プレイヤーを蹂躙していることが問題になっている。まれにチーターを駆逐するとんでもない強さを持つプレイヤーもいるが、あれは人のなせる業ではないと言われている。
ちなみにわたしは一回だけチーターを狩ったことがある。他は
次のアップデート情報に交じり、リーク情報も検索にヒットして流れてくる。どうやら次々回で《アルティメットアビリティ》という、いわゆる必殺技が追加されるらしい。とはいえ所詮は
ゲーム情報を調べて時間を潰しているとタイマーが鳴り、カップ麺ができたことを知らせる。
麺が伸びないよう、急いで蓋を開いてかき混ぜ、息を吹きかけて冷ます。
そして麺を口に入れようとしたその瞬間のことだ。
——チリン。
鈴の音がした。その瞬間、ダムが決壊したように、かつての記憶が脳内に流れ込んできた。
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