第5話 面接当日2

「そういえば、今日の面接ってどんな感じでする予定なんですか?」


 蒼空が面接内容を全く予想できていなくて不安なわたしの心を見透かしてか、さりげなく石田さんに聞いてくれる。


「あぁ、いつも通りだよ。普通の面接と実力テストだけ。あっ待って、もしかして僕、リラックスできる普段着で来た方がいいって言ってなかった? 実力テストに緊張して影響が出たらいけないからそう言ってるんだけど・・・・・・」


 ——初耳です。何ですかそれ?


 全く知らなかったので、蒼空に説明を求めようと顔を向けてみる。

 すると蒼空も何も聞いていなかったようで、石田さんにそのことを伝える。


「・・・・・・言ってなかったし、メールにも書いてなかったですよ? もしかして、あの面接希望者に送るメールってテンプレート化してないんですか?」


「——してなかった・・・・・・今回のミスは僕もあるし、実力テストはちょっと甘めにする?」


 蒼空が返答を代弁するため、わたしの方を見る。もちろんわたしの答えはノーなので、首を横に振る。


 ——服装は別に影響しないでしょ。多分テストは向こうでするだろうから、多分機材のグレードアップで帳消しになるはず。


 蒼空はわたしがかぶりを振ったことを確認し、石田さんの方に向き直る。


「・・・・・・だそうです」


「え、ホントにいいの? 自分で言うのもあれな気がするけど、うちのテスト結構きついよ? 今までの人は全部そこで落ちてるし」


「別にいいでしょう。萌恵もそう言ってますし」


「——分かったよ。正直いい人材だから逃したくないんだけど、いいって言ったならもう容赦はしないからね」


 石田さんは楽しそうにニヤリとしながらそう言った。


「それはそうと時間は大丈夫なんですか? そろそろどっかのレストランで並んで食べないと時間間に合わないっすよ?」


 蒼空が左腕の腕時計をいながら石田さんに尋ねる。時間は十二時二十分。事務所へは三十分ほどかかるので、確かに急いだほうがいいかもしれない。


「大丈夫、もう予約してあるレストランがあるから、そこに行けばいいよ。もちろん全部僕がおごるから」


「へぇ、いいんですね?」


 蒼空がいたずらっぽくニヤッとする。蒼空は空腹だと異常に食べるので、いくら社長とは言えど少し不安になる。これで高めのイタリアンの店だったりすれば軽く二万は必要になるが、一色でここまで消費して平気なのだろうか。


「平気平気。最悪経費で落とすから」


 石田さんは胸をドンと叩いて不敵に言い放つ。まあ、二人の会話を見ていれば今までも何回か一緒に食事をしていそうだし、蒼空の食べっぷりを知らないわけではなさそうなので、それをきちんとわかっているのだろう。


「ふーん。楽しみだなぁ」


 蒼空はさらに笑みを深めてニヤニヤしている。


「ほら、こんなことしてると本当に遅れるかもしれないよ? 早く行こう」




 昼食を食べてレストランを出ると、もう時間は十三時十分になっていた。

 石田さんは案の定ドン引きした顔を蒼空に向け、対して蒼空は満面の笑みだった。


 入ったレストランはそこそこ安めのイタリアンレストランでケチる気が満々に感じたが、残念ながら蒼空はかなりの空腹で、ピザを五枚ほど食べた上に追加で数人前のパスタも注文し、最終的に金額が蒼空だけでまさかの二万円越えという記録をたたき出した。

 最初の方——と言ってもピザ三枚の時点——では余裕そうな顔をしていた石田さんだが、蒼空がパスタを二人前追加した時から顔が「え? マジで?」と言っていて、会計時には顔が引きつっていた。


「いやーおいしかったな~。ねえ、石田さん?」


「あ、ああ。とてもおいしかったよ・・・・・・って言うと思ったか⁉ お前どんだけ食べるんだよ!! 確かに十万行かなければ平気だけど少しは遠慮しろよ!」


「いやあ、食事はちゃんと必要量食べないとダメでしょう?」


 蒼空は何でもないように笑っているが、わたしも正直これは遠慮した方がいい思う。


 ——確実に石田さんを驚かせたかったよね。ていうか十万行かなければ平気って石田さんすごいな。


「さて、時間もかなり迫ってきましたし、早く事務所の方行きましょ」


「そうだね・・・・・・」


 なおも引きつったままの顔の石田さんは、駐車場から白い高そうな車を出してきて、わたしたちに乗るように促した。


「ほら、早く乗れ~」


「はーい」


 蒼空と一緒に車に乗り込むと、石田さんがエンジンをふかし、車が走り出した。


「あ、そういや萌恵、ちゃんと例のブツの電源入れた?」


 ——いや言い方!


 何か法に触れそうなものを持っているかのような訊き方をされたが、確認してみると入れていなかったのでボタンを押して電源を入れる。


 それと同時に石田さんが怪訝な顔を浮かべて尋ねてくる。


「例のブツ? 何それ」


「ああ、今日の面接の担当の黒岩さんっていたじゃないですか? 黒岩さんがなんだか萌恵の面接をするって決まったころからなんだか落ち着かない様子で、萌恵に何かあるんじゃないかって不安なので小型トランシーバーみたいなのを持たせてます。何かあったらすぐに駆け付けられるように」


「ふーん。それだったら別に要らないと思うけど?」


「え?」


 ——え?


 面接担当の人の様子がおかしく、何か企んでいるかもしれないという蒼空の不安を、石田さんは否定した。


「黒岩ってあの巨人みたいな人でしょ? あの人だったら絶対問題ないし、なんか不安なら僕が付き添おうか?」


「いやミーティングはどうするんですか⁉」


「じゃあ秘書でも行かせるか」


 ——この人の周りの人たち、絶対振り回されまくって疲弊しているだろうな・・・・・・。


 しかし、ここまで見ていて石田さんも悪い人ではなさそうなので、石田さんに付き添ってもらおうと思った。


 左に座る蒼空の脇腹を少しつつき、わたしは「石田さんが付き添ってくれるなら心強い」と打ったスマホの画面を見せた。


「待てお前いいのか!?」


「よし、じゃあ僕が見ておくよ。ミーティングはいつも通りだし、僕の代わりでも困らないでしょ」


「・・・・・・はぁ、わかりましたよ。本っ——当に社長は思い付きですーぐ行動するんですから。周りの人が苦労しているかも考えてくださいよ」


 ——あ、予想当たってた。


「石田さんが付き添うとしてもその装置はオンにしたままにしとけよ? 何かあったときに物理も強い俺が行けた方がいいと思うから」


 実は、蒼空は空手をやっていた経験があり、中学校卒業時——つまり七年ほど前——には初段を獲得していたり大きな大会で上位入りしていたりと相当な化け物っぷりを見せていた。

 その後はもう道場に通うことはしていないが自首稽古は日課になっていて、今でも人間卒業程度の戦闘能力は備えている。


 そんな蒼空が駆けつけてくれるのは非常に心強いので頷いた。


 だが、その心強さは次の蒼空の一言で跡形もなく消え去った。


「まあ黒岩さんみたいな体格の人は結構厳しいと思うけどね」


 後に知った話だが、その直後のわたしは、蒼空には天敵を目の前にしてぷるぷると怯える小動物に見えていたらしい。それを聞いた瞬間にわたしが恥ずかしさのあまりうずくまったのは言うまでもない。

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