サイレント/ストリーマー
びぃふ
第0話 《無音の殺戮者》
——そこに二人敵がいるな。
トレードマークになっている深紅の髪を背中に流し、同じく真っ赤な目の
ホムラが察知したのは、FPSゲームの索敵では特別でも何でもないようなもの、「足音」だ。
足音をとらえるのはゲーマーとしては中級者レベルで会得するが、ホムラが察知したのは、世界一位ですら全く意識していない種類の足音「方向転換時の足音」だ。
このゲーム《
ホムラは敵が銃を構えていることも方向転換時の足音に微かに交じって聞こえる、オプションで追加できる装飾アイテムであるチャームが銃に当たる音から敵の位置を推測し、火山エリア特有の黒い岩のふちに左手のリボルバーの照準をぴたりと置いた。
そして、予想通り人影がリボルバーの照準があるところへ飛び出してくる。
跳び出した時、敵もライフルをこちらに向けて構えていたが、しっかりとは見えない状況からこちらを確実に狙うのは不可能。ホムラのリボルバーが放った高威力の銃弾は
HPがすでに残り少なかったのか、肉を抉るような音とともに、飛び出してきた敵は一撃でダウンした。その後、すぐに岩の上からグレネードが飛んでくるが、グレネードの着地点からダッシュで抜けて岩へ前進し、ダウンさせた敵が跳び出した向きとは反対側から回り込む。敵はダウンさせたままの勢いで来ると思っていたようで、予想通り、こちらにがら空きの背を向けている。
だが、このマッチするプレイヤーは皆、《BFA》の全プレイヤー約一億人のうち、上位三百人の《オリジン》ランクだ。回り込んでくるホムラの足音を聞き取ったのか、その称号に恥じない速さで振り向いた敵だったが、ホムラは敵が振り返る前に三回トリガーを引いていた。
こうして、そのパーティは壊滅させたが、ラスト一パーティが残っている。
そして、そのパーティのいる場所とその人数もホムラはすでに音で把握している。
ホムラは敵が持っていたスナイパーライフルとリボルバーを交換し、すぐに左側の巨大な崖の上に銃口を向ける。
すると、敵がその動きに気づいたか、焦って弾丸を放ってくる。もちろんその弾は一割ほども命中していない。とはいえこのまま広い場所にいれば敵も照準をしっかり合わせ、こちらのHPを削りきってしまうだろう。すぐ遮蔽物に隠れようと思ったが、付近には横からの射線は切れても上からの射線を切れる遮蔽がない。
ふと敵のいる崖が目に入る。崖は少し反り立った形で立っているため、内側に入れば上からはこちらが見えない。
そう考えたホムラはすぐに崖の陰に入り込み、回復アイテムである注射器を手首に刺した。
回復を終え、どうしようか考えていたところ、目の前に、紫色で円筒形の
——その手があったか!
グレネードは放物線を描いて飛び、投擲後に時間差で爆発する物だ。今は射線を切ることばかり考えていて、グレネードを投げられた時の逃げ道は考えていなかった。
——いや、もしかしたら・・・・・・。
今投げられてきたのは《ソニックウェーブ・グレネード》だ。威力は普通のグレネードと同じくらい——と言っても一撃で死ぬ危険性があるほどには強い——だが、通常のグレネードと違い、名前の通り轟音とともにプレイヤーを吹っ飛ばす衝撃波が出るのだ。
その衝撃波を使えば、崖上にいる敵に攻撃をすることは可能だろう。しかし、跳ぶタイミングを間違えればすぐに安全圏外に出され、マッチの終盤になり高威力になっている危険区域にさらされてしまう。仮に上に跳ぶことができても、うまくグレネードの高威力になっている範囲から抜けられなければ、即座にゲームオーバーだ。
だが、もう迷っている暇はない。ホムラは逡巡を振り切り、グレネードに向かって踏み込み、垂直に跳ぶ。
そしてタイミングは上手く合い、グレネードはホムラが跳んですぐに爆発した。
鼓膜を突き破りそうな爆音とともに、ホムラは一気に崖上を通り越し、その数メートル上空へ飛んだ。
しかし跳ぶことも予測していたのか、敵のサブマシンガンの銃口がこちらを向いていた。その直後、そこから鉛玉の嵐が吹き荒れる。
今の攻撃のうち七割以上が命中したが、グレネードのダメージを受けた時点でHPは九割が残っていた上に、敵が持っていたサブマシンガンは距離が離れた時の威力減衰が大きかったため、敵がワンマガジン打ち終えた時点でホムラの残りHPは一割残っている。
——今しかない。
空中では照準通りに弾が飛ぶことは少ない。だが、着地するのを待っていれば敵がすぐにリロードを終え、また撃ってくるだろう。その時には、今度こそゲームオーバーだ。
ホムラはすぐにスナイパーライフルを構え、スコープを一瞬覗き、0.1秒で照準を合わせ、引き金を引いた。
そして敵の眉間に銃弾が命中し、血のエフェクトをまき散らしながら倒れた。撃った二秒後に崖の端に着地したホムラの視界には、ゴシック体の「You are the winner!」の文字列が表示されていた。
ホムラはこの
ホムラは世界で上位三百人がなれる特別なランク《オリジン》に、位置している。しかしホムラはプロゲーマーでも配信者でもない、ただのゲーマーだ。
そしてそのアバターを操るのは、九州某所にある従兄弟の家に住む十九歳の少女、清水
萌恵は近所の子どものいじめの影響と元から人と話したがらない性格が重なり、引きこもってからかれこれ十四年が経過している。
全く話していないので、萌恵の喉は弱くなり、気が付くと、少し話しただけでもう喉に出血するレベルの損傷を与えてしまうようになっていた。それもちょっと血が出る程度ではなく、水道を全開にしたように出る。
そんな萌恵は、もう何度目か分からない一位の成績を一瞥した後、すぐに待機ロビーに戻り、飽きてきていたのでそのままログアウトした。
自分が座っている黒いシンプルなゲーミングチェアを回し、ベッドの近くにある勉強用の机の上にあるデジタル時計を見る。すると今は午前四時直前だと気付いた。
——さすがに寝ないとな。
一緒に住んでいる従兄弟の
それだけは回避したいので、すぐに寝なければいけない。
今寝られれば睡眠時間は四時から六時で二時間はある。わたしは二時間寝ればとすっと起きられるから問題はない。
萌恵はゲーミングスペースから離れ、ベッドの近くにあるクローゼットから明日着るパーカーとデニムのショートパンツを引っ張り出し、勉強机の上に出し、布団にもぐりこんだ。
今日やった試合すべての振り返りをしていたら、意識は無意識のうちに眠気に取り込まれていった。
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