第11話 ロキの忘れ物
ケルベロスとガストを回収し、戻った町は騒然としていた。
「ティム様、聖女様ご無事でしたか!」
僕達が戻った事に気付いた町の人達が駆け寄ってくる。
「さっき森の方から広がってきたあの光を見ましたか? いったい何だったんでしょうか?」
「お二人はご存知ありませんか?」
「もの凄い光だった! 何も見えなくなった!」
「目の前が真っ白になってこの世の終わりかと思いましたよ」
「一体何の光だったんでしょうね」
「もしかして神様が御降臨されたんじゃないのか?」
口々にあの光について話す町の人達。
皆んな災害級の魔物の事は気にならないのかな?
それとも聞いてないのかな?
そんな町の人達の様子を見て顔を見合わせる僕とフューリー。
フューリーはなんとも言えない表情だった。
きっと僕も同じ表情をしているに違いない。
「……詳しい原因は分かりませんが、聖なる光でしたので、悪いものではないと思いますよ」
取り敢えずフューリーが光について説明しはじめた。
「おー聖女様がそう言われるのなら安心ですな!」
「聖女様がそう仰るなら、そうなのでしょうね!」
「聖なる光ですか! 素晴らしいものですね」
フューリーの言葉に一安心といった感じの町の人々。聖女の影響力は大きい。それはそれでプレッシャーだろうな。
『聖魔法が発した光なので、聖なる光というのは事実です。人間にとって悪い光でないというのも事実です』
うん?
コーディネーターいきなりどうしたんだ?
『ただし……あの光が、世界にどのような及ぼすがどうかは不明です』
えっ?
『それって悪い影響が出るかも知れないって事?』
『はい、あれ程強力な聖の波動が放たれたわけです。魔の波動を持つ者が、あれに当てられたら、無事では済まないでしょうね』
『ん? でも、それって好都合なんじゃないの?』
『全てが白と黒で割り切れるのなら、白にとっては都合がいいでしょうね。しかしその白が必ず善で、黒が必ず悪というわけではありません。それに均衡を保つのも世界の営みには欠かせません』
……なんだか難しい話だ。
『マスターにも、すぐに分かりますよ。大人なんですよね』
『……うっ』
コーディネーターに……早く大人になりましょうねって言われた時、素直に『はい』と言えば良かった。
『ちなみにコーディネーターはあの光の原因って分かるの?』
『私を誰だと思っているのですか?』
誰って……なんか最近コーディネーターさん高圧的だなぁ。
『あの光は、魔力爆発によってもたらされたものです』
『魔力爆発?』
『マスターの放ったインフィニットホーリーソードがあの女のホーリーレイを吸収して膨張し、耐えきれなくなって爆発した結果です』
インフィニットホーリーソードが爆発。
なんかピンとこないな。
『それで……何であんなにも凄いことになるの?』
『はあーっ……いったいインフィニットホーリーソードが何本の聖剣を放っていると思っているのですか?』
ため息をつかれた。ていうか、そんなの数えたことないし。
『……分からない』
『私にも分かりません』
『えぇっ!』
『数えきれないほどの聖剣が最上級魔法の魔力を取り込み、膨張し、ほぼ同時に爆発したのです。この意味、分かりますよね?』
分かるような分からないような。
『……ごめん、あんまり分かってないかも』
『チッ』
今度は舌打ちされてしまった。
自分のスキルなのに随分ぞんざいな扱いだ。
『分からないならいいです。今後、魔法の連携は注意してください』
『うん……分かった』
コーディネーターの説明が終わったタイミングで、町の人へのフューリーの説明も終わったようだ。
「ティム、行きましょう」
フューリーは僕の手を引っ張り、レイニャさん達が駐屯している広場に向かった。
——当然のごとく広場も騒然としていた。
そして。
「あっティム様、聖女様、よくご無事で!」
僕たちに気付いた兵士が僕たちの無事を、周囲に大声で伝える。
「おーい、お2人が戻られたぞ!」
「ティム様も聖女様も無事だ!」
僕たちの無事を知らせる声が広がり、少しするとレイニャさんが小走りで駆け寄ってきた。
「ティム殿、戻ったか」
「はい」
「フューリー殿も無事なようで何よりだ」
「……ありがとうございます」
何だろう。
和かなんだけど、殺伐としているような。
「「ティム様、聖女様、よくご無事で!」」
先に帰らせた警備兵も駆けつけ安堵の表情を浮かべる。
「ティム殿、帰ってきて早々で悪いんだが、さっきのあの光は何だったのか分かるか? もしかして報告を受けた強い魔力の正体と関係あるのか?」
あるっちゃあるけど無いっちゃない。
「えーと、光の話は後程させてもらいますので、まず強い魔力の正体から……」
「……うむ」
固唾を飲むレイニャさんと兵士達。
「強い魔力の正体はケルベロスとガストでした」
「なっ……なにぃ————————っ!」
大声を上げて驚くレイニャさん。
兵士たちも騒ついている。
「ケルベロスとガストといえば、あの冥府に存在すると言われている伝説の魔獣か……」
伝説の魔獣だったんだ。ていうか皆んな博識だな。
『マスターがものを知らないだけです』
『え……』
また、ぐさっと来るようなことを。
「僕はよく分からなかったんですが、フューリーが多分そうだと」
「フューリー殿……間違いはないのか?」
「三つ首で漆黒の巨大な魔獣、一つ目でドワーフのような体躯の小鬼達、伝承が本当なら、まず間違いないと思われます」
「……そ、そうか」
僕たちの報告を聞き、静まり返るレイニャさん達。
「うん、呆けていても仕方ないな、2人の話が本当なら我々の手に負える相手ではない。すぐにでも住民達に避難指示を出すぞ!」
「「「「はいっ!」」」」
うん? 何で避難指示?
思わずフューリーと顔を見合わせる。
あっ、そっか、レイニャさん達はケルベロスとガストを倒したこと知らないんだ。
「レイニャさん、避難はしなくても大丈夫ですよ」
「何故だ? そんな災害級の……って」
どうやら察してくれたようだ。
「まっ、まさかティム殿?」
「……はい、倒しました」
「「「え————————っ!」」」
レイニャさんと一緒に周りの兵士達も大きな声を上げて驚く。
「ティム殿が強いのは知っていたが……まさかそこまで出鱈目な強さだったとは」
「いえ、僕だけの力じゃありませんよ! フューリーの力があったからです」
「私は……あんまり役に立ってなかったような」
コーディネータの話だとフューリーの魔法がキーになってるもんね。
「そんなことないよ! 詳しくは後で話すよ! とりあえずは、レイニャさんに回収してきた奴らを見せるからね!」
ちゃんと証拠は見せないとね。
そんなわけで、仮想空間に回収していたケルベロスとガストを取り出した。
「「「いっ……!」」」
倒したって知っているはずなのにレイニャさん達は大きく目を見開き言葉を失った。
「レイニャさん?」
目の前で手を振ると。
「あっ、すまない」
やっと反応してくれた。
「こ……これ程までに巨大だったのだな」
「そうなんです。オマケに素早くて面食らいましたよ」
「……ハハ、面食らったのは私もだ」
苦笑いのレイニャさん。
「……私も実際に見るのは初めてだが伝承の特徴と一致する。ケルベロスとガストで間違いないだろうな」
ふむ。
伝承ってどこで教えてもらったんだろう。
「……しかしティム殿は本当にとんでもないな」
フューリーの力があったからだけどね。
「レイニャ隊長! どこにおられますか! 緊急事態です!」
そんな、タイミングで早馬がやってきた。
「ここだ!」
そして。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
早馬の兵士はケルベロスとガストを見て驚き、落馬した。
「た、た、た、た、た、隊長! これは一体!?」
「あーっ……これは気にするな。後で説明する。それより緊急事態とは何だ?」
自らの顔を手で押さえながら、そういうレイニャさん。
「で、で、で、ですが隊長! こ、こ、これは!」
しかし、早馬の兵士は取り乱したままだ。
「まあ、取り乱す気持ちは痛いほどよく分かるが、それより緊急事態なのだろう?」
レイニャさんが兵士に歩みより、肩にポンと手をやると、兵士はようやく混乱がおさまったようで本来の役割を果たす。
「ガイゼル将軍からの御命令です! 王都がアンデッドの大軍に攻撃を受けておりますので、しばらくこの地に留まるようにと」
「なにぃっ!」
お……王都がアンドッドの大軍に?
「アンデッドの大軍だと……一体どこからやってきたのだ?」
「それが、何処からともなく突如として現れまして」
「何処からともなくだと!?」
「はい、本当に何処からとなく」
何処からともなくアンデッド。
まさか……これも。
『確証は持てませんがロキの忘れ物でしょうね』
……忘れ物って。
『あの時、アークリッチがいましたので恐らくそいつが他のアンデッドを召喚したのでしょう』
だから何処からともなく現れたのか。
『アンデッドを召喚ってやば過ぎない? ていうかアークリッチってアンデッドの中でも相当な上位種だよね?』
『そうですね。ですがマスター達とは相性がいいので脅威になり得ません』
『そうなの?』
『あの女がいますので』
『……ああ、でも』
『ふふっ、健闘を祈ります』
確かに理屈的には聖属性スキル持ちのフューリーはアンデッドと相性が良いんだろうけど、フューリーとアンデッドの相性は最悪だ。
コーディネーターもそれを知ってるはずなのに。
「しかし帰還命令ならともかく、アンデッドの攻撃を受けていて、我々にこにとどまれとはどういうことだ?」
「ガイゼル将軍は、賢者ティム様は国王の賓客なので巻き込んではいけないと」
「賢者ティム様?」
フューリーがもの凄い目つきで僕の顔を見る。
「ガイゼル将軍が勝手にそう呼んでるだけだよ!」
「……そうですか」
フューリーは遠い目をして何も追求しなかった。
ていうか、どうしよう。
ガイゼル将軍がそう言ってるとはいえ、この報告を聞いて加勢に行かないのも何か違うよな。
王都にはゼイル達がいるはずだから、大丈夫だろうけどロキが原因なら僕にも責任の一端がある気がする。
ここに居てもモヤモヤするだけだ。
それにアンデッドが相手なら僕達は戦力になる。
「……フューリー、行こう!」
「……わ、分かりました」
複雑そうな表情のフューリー。
アンデッド苦手だから、本当は行きたくないって分かってるけど、ごめんね。
「よし、我々も出発するぞ、準備を急げ!」
レイニャさんが兵達に号令を掛ける。
でも、馬車だと時間がかかりすぎる。
「レイニャさん、僕とフューリーは別で行きます」
「ん、別で……馬を貸して欲しいという事か?」
「いえ、飛んでいきます」
「はあ?」
訝しげな表情を浮かべるレイニャさん。確か彼女との初対面も飛んできたはずだけど。
まいっか。
「では、また後ほど」
僕はフューリーを抱きかかえ、飛行魔法で飛び立った。
「「「え————————っ!」」」
飛行魔法ってそこまで驚くほど珍しいのかな? さっきもコーディネーターにモノを知らないって言われたもんな。
やっぱ、学校とか通った方が良いのかな。
「——人間って飛べるんだな……」
「飛べるんですね……」
「普通は飛べないよな……」
「普通は飛べないですよね……」
「でも飛んで行ったな……」
「でも飛んで行きましたね……」
僕たちが飛び立った後、レイニャさん達がそんな会話をしていたなんて、僕は知る由もない。
◇
空を飛ぶこと数刻、王都が見えてきた。
あの、黒いモヤを纏ってる軍団がアンデッドだな。
ていうか、凄い数だな。
「……ティムちょっとお願いが」
「うん? どうしたの?」
「……一旦この辺りで降りてもらってもいいですか」
「うん、別にいいけど」
どうしたんだろうフューリー。
何か作戦でもあるのかな? なんて思っていたけど、着陸した途端フューリーは、草陰に隠れてえずいていた。
もしかして、酔っちゃったのかな。
「お待たせしました……」
フューリーの顔色はめちゃくちゃ悪かった。
「ちょっ、フューリー大丈夫!?」
「……大丈夫ですよ、これぐらい……状態異常回復魔法をかけてきたので直ぐに良くなりますよ」
さすが聖女様。
「というより、あの出鱈目な数のアンデッドは、何なのですか?」
「どうやらアークリッチがいて、そいつが他のアンデッドを召喚しているらしいんだ」
「……アークリッチが!」
驚きの表情を見せるフューリー。
だってアークリッチだもんね。
「……というよりティム、何故あなたがそんな事を知っているのですか?」
あっ、そうだった。アークリッチ云々の話はコーディネータとしていただけでフューリーは知らないんだった。
「スキルを使って調べたんだ」
「スキル? あなたのスキルは仮想空間ではなかったのですか?」
疑いの眼差しを向けるフューリー。
ふむ。
まあ、ずっと隠しているつもりでもなかったし、これから戦場に赴こうって時に、この感じはまずいよね。
『コーディネーター、君をフューリーに紹介したいんだけどいいかな?』
『……仕方ありませんね』
本当は嫌なのかな?
まいっか。
渋々ながらもコーディネータの了承も獲れた事だし、フューリーには話しておこう。
「フューリー、実は僕にはもうひとつスキルがあるんだ。アークリッチの事を調べたのも、そのスキルなんだ」
「え……スキルがもうひとつ? 仮想空間以外に?」
「うん、最初から持ってたわけじゃなくて、ある日突然使えるようになったんだ」
戸惑いの表情を見せるフューリー。
「だからさ、君に紹介したい人がいるんだ」
「えっ、何でそうなるの?」
「まあ、付いて来てよ」
僕はフューリーの手を取り、コーディネーターが待つ仮想空間に移動した。
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