第2話 王都へ

 試験が終わると「ティム飲みに行くよ!」

 約束通り? ジェスカさんに連行された。

 夜は仕事を終えた冒険者達で賑わっているギルドのバーも流石に今の時間は空席が目立つ。


「かんぱ〜い!」

 本当はこの後クエストを受けるつもりだったけど、ジェスカさんの誘いはやっぱり断れなかった。


「ていうかティム、さっきの魔法は何よ!」

 何よと言われても、普通の雷撃をちょっとスパークさせただけだ。


「……雷撃です」

「そっちじゃない! 私の魔法を打ち消したやつよ。あんなの見たことないんだけど」

 魔力分解のほうか。

 確かに僕も誰かが使っているのを見たことがない。


「あれは、魔力分解という魔法ですよ」

「そんな魔法、聞いたことも無いんですけど……どうやって覚えたの?」

 どうやって……コーディネータに教わったんだけど、皆んなはコーディネータを認識できないから説明が難しいな。

『故郷で綺麗かつ偉大な魔法使いのお姉さんに教わったと言っておけばいいですよ!』

『それだっ!』


「故郷で魔法使いのお婆さんに教わったんですよ!」

『……マスター』

『いや、だって、そんな特徴的な人だったら、エキスパートの皆んなに話されたら嘘だってバレちゃうよ』

『同じことです』


「故郷のお婆さんねぇ……」

 頬杖をつきながら疑いの眼差しを向けるジェスカさん。


『おっしゃる通りでした……』

『もう、マスターのことはもう知りません』

『えっ! なんで!』

『……しーん』


 コーディネーターさんの機嫌を損ねてしまった。


「ねえ、さっきも言ったけどさ普通雷撃もあんな風にはならないのよ、ティムってもしかして、何か魔法系のスキルもってるの?」


 一通り魔法は使えるけど、僕が持っているスキルは『コーディネーター』と『仮想空間』のみだ。


「持ってないです」

「なら何で、スキル持ち顔負けのあんな魔法が使えるの?」


 う〜んそれは。


「めっちゃ修練したからです!」

「はぁ?」

 眉を八の字にするジェスカさん。

 ちょっと怖い。


「子どもの頃からめっちゃ修練してたんですよ!」

 訝しげな表情を浮かべるジェスカさん。


 嘘は言っていない。本当の事だ。


 魔法は子どもの頃から『仮想空間』の中でコーディネーターに修練してもらっていた。


 一般的に仮想空間の大きさは、自分の身体と同じだ。だから少しでも容量を増やそうと、わざわざ太ったりする人もいる。

 でも、僕の仮想空間は少し違う。

 コーディネーターの裏技で強化を重ねた結果。

 小さな街がすっぽり入るぐらいまでの大きさなった。

 そして仮想空間の中は時間が止まっている。

 つまり僕は、時間が止まった広大な空間で、とてつもない年月を費やして魔法の修練を行なったのだ。

 まあ僕の場合、魔法の才能がなくてコーディネーターのお墨付きをいただけるまでに時間がかかっただけなんだけどね。

 だから本職スキルの魔法には負けると思う。

 実際にジェスカさんの雷撃は凄かったし。


 ちなみに仮想空間の中ではコーディネーターが実体化? 人化できるので魔法以外にも剣術や格闘術なども指導してもらった。


「まあ、いいわ」

 表情は全然納得してなさそうだけど、言葉では一応納得してくれた。


「で、これからティムはどうするの?」

「どうするって……何をですか?」

「パーティーには入らないの? それとも自分で作るの?」


 パーティーか……あんなことがあった後だから、正直しばらく誰とも組みたくない。


「しばらくはソロでやっていこうと思ってます」

「……そう」

 ジェスカさんは僕の答えを聞くとエールを一気に飲み干した。


「マスター! おかわり!」

 エールのおかわりがくると、それをまた一気に飲み干すジェスカさん。

 なんかいつもよりペースが早い。


「ねえ、ティムぅ」

「……はい」


 ほんのりと頬が赤くなってきたジェスカさんが、猫撫で声で僕の名前を呼ぶ。

 ……これは酔ってるな。


「……お願いがあるんだけど」

 ジェスカさんが人差し指で僕の頬をツンツンする。


「私、ティムが欲しいの」

「え」

 欲しいって何?


「ティムはどうなの?」

 ぐいぐいと迫ってくるジェスカさん。

 

「……どうなのと言われましても」

 僕が言葉に詰まっていると。


「朝から、公共の場で……結構な御身分ですね」


 後ろから聞き覚えるのある声がした。 

 振り返るとそこに。

「フュ……フューリー?」

 元パーティーメンバーのフューリーがいた。


「やっほーフューリー」

 軽いノリでフューリーに声をかけるジェスカさん。


「おはようざいます。ジェスカさん」


 フューリー、なんでこんなところに。

 って、ギルドだから何かクエストを受けにきたのか。

 まだ朝だもんな。


「あなたは、朝っぱらから何をしているのですか?」

 僕を睨みつけるフューリー。


「いい事だよね〜ティム」

 僕に抱きつき、ニヤニヤしながら答えるジェスカさん。

 なんで!?


「いいことですか……いいことって何ですか!」

 凄い剣幕で僕の胸ぐらを掴むフューリー。


「あれ〜、ティムはもうエキスパート抜けたんだよね? もうフューリーには関係なくない?」

 胸ぐらを掴んだフューリーの指を1本ずつ掴んでほどくジェスカさん。


 え……なにこれ。

 怖い。

 どんな状況。


 言葉に詰まるフューリーだけど、キッと僕を睨みつけ「何なんですかあなたは! こんな事をするためにパーティーを抜けたのですか?」と捲し立てる。


 ……え、どういうこと?


「私は納得してないですからね! それを伝えたかっただけです!」

 フューリーは怒り心頭怒のご様子でこの場を去っていった。


 そして。

「……なんかごめん」

 ジェスカさんに謝罪された。



 ◇



 この後、ジェスカさんは次の試験が入ったためギルドの仕事に戻った。

 色々有耶無耶なままだけど、去り際に、今度一緒にクエストをする約束をさせられた。

 ていうか、仕事中に飲んでいたのか。

 結構酔っていたように思うけど大丈夫かな。

 なんてジェスカさんの心配をしていると。

『あれは演技ですね。バイタルは正常値でした』

 コーディネータさんがジェスカさんの超個人情報を暴露した。機嫌直してくれたのかな?

『なんで、そんな演技を?』

『それはフューリーと私が怒った理由と併せてマスター自身で導き出すべきですね』

『え、なんで、フューリーとコーディネーターが出てくるの?』

 さっぱり分からない。


『……早く大人になりましょうね』

『僕はもう成人だよ』

『はぁ〜っ……』

 コーディネーターさんにため息をつかれてしまった。

 分からない事は一旦置いといて本来の目的であったクエストを受けるためクエストボードに向かった。


 うーん。

 やっぱりEランクのクエストだと報酬はちょっと渋い。『仮想空間』があることだし、素材の売却メインにしようかな。

 なんて考えていると。


「ティムさん、美味しい依頼があるんですけど」

 エキスパート時代からの担当受付嬢、ミヒナさんが声を掛けてきた。


「美味しい依頼って何ですか?」

「届け物です。しかも成功するとDランクに昇格できます」

「やります! むしろやらせてください」

 二つ返事で引き受けることにした。


「詳しい内容も聞かずに、いいんですか?」

「いいんです!」

 冒険者ランクを上げるのは地味に大変だ。ワンクエストで昇級できるチャンスを逃すわけにはいかない。


「でも、届け物で昇級できるって……普通の届け物じゃないですよね?」

「まあ、ちょと込み入った事情がありまして」

 込み入った事情か……なんか口には出せないような危険物かなぁ。


「実は——」

 依頼内容は王都のスターフィールド公爵家に、この街フィーレンの名物、ジェラートという氷菓子を届ける事だった。

 本当ならSランク昇格の手続きの為、昨日、王都ロンドニアへ発った『エキスパート』に依頼する予定だったらしいけど……『仮想空間』持ちの僕が脱退した事で、依頼出来なくなって困っていたそうだ。


「何か、すみません」

「そんな、とんでもないです! 引き受けていただいて助かります」


 ゼイルのしでかした事で、迷惑がかかり申し訳ない気持ちになった。

 でも昨日出発したのに、なんでフューリーはギルドにいたんだろう?

 まさか、フューリーまで追放されたなんて事はないよね?

 

 取り敢えず依頼を引き受けた僕は、早速王都へ向けて出発した。


 王都までは徒歩で10日程度、馬車で3〜4日の距離だ。

 王都でエキスパートの皆んなとバッタリなんてことになると気まずいから僕は飛行魔法をチョイスした。

 パーティーで行動する時は使うことなかったけど、めっちゃ便利な移動手段で今からでも急げば今日中に王都に到着することができるだろう。


 あと、空を飛んでるとなんか無心になれるんだよね。

 今みたいなモヤモヤした気分の時には寝ぐらでゴロゴロしているより飛行魔法で飛び回ってた方がいい気晴らしになっただろうに……僕ってバカだな。



 ◇



 ——空を旅すること数時間。夕日が差し込む山岳地帯で、小部隊同士の小競り合いを発見した。


「うん?」

 よく見ると馬車を護衛する騎士と盗賊だった。

 個々の強さは騎士の方が上だろうけど、数と地の利に勝る盗賊に押されているようだ。

『コーディネーター、騎士に加勢しようと思うんだけど、ちょっと協力してくれないかな』

『承知しました。照準を合わせれば良いのですね?』

『流石コーディネーター! よくわかってるね』

『まあ、マスターのことは全てお見通しですし、私は大人ですからね』

『あはは……』

 なんかちょっとトゲがある。


 僕がやろうとしていることは、さっきの試験でやった雷撃&スパークだ。

 コーディネーターに照準をつけてもらって一気に盗賊を殲滅するつもりだ。


『マスター、準備ができました。いつでも大丈夫です』

『ありがとう』


 僕は一旦馬車の側に降りた。

「な、何者だ!?」

 馬車のすぐ側で護衛についていた女騎士に、存在を怪しまれる。まあ、いきなり現れたらそうなるよね。

「冒険者のティムです、助太刀します」

 少し振り返り彼女に背を向けたまま助太刀する事を告げ、上方に手をかざし雷球を発生させる。


『コーディネーター行くよ!』

『いつでも、どうぞ』


 そしてグッと手を握ると、盗賊たちだけを無数の雷撃が襲う。


「うひぃぃぃ!」

「うわぁっ!」

「あばばばばばっ!」


 各所から盗賊の悲鳴が上がると同時に、戦闘は終結した。一応ギリ生かしている。

 まあ、そこの判断は騎士達に任せる方が無難だ。

 だけど騎士達は何が起こったかわからず、その場で呆然としていた。


「ご、ご助力感謝します」

 さっきの女騎士が、謝辞を述べる。


「とんでもないです」

 彼女の方へ振り返る。よく見ると結構な手傷を負っている。そうか、負傷したから下がって護衛を続けていたのか。

 流石騎士だな。

 見渡すと重傷者はいなかったけど、手傷のない者もいなかった。


『コーディネーター、広範囲治癒魔法を騎士達だけに合わせられる?』

『お安い御用です』

 広範囲治癒魔法なら辺り一帯の人達を治療できるけど、それだと折角倒した盗賊も治癒しちゃうもんね。


「よしっ!」 

 早速、広範囲治癒魔法を使うと、騎士達の体を聖なる光が包み込み、その傷ついた身体を癒し始めた。


「な……なんだ、これは?」

「傷が治っていく」

「うぉーっ! 古傷もなおった!」

「これは神の奇跡かっ!」


 騒つく騎士達。

 神の奇跡だなんて大袈裟だなぁ。

 僕の治癒魔法なんて、フューリーの足元にも及ばないのに。


「あ、あのこれは?」

 女騎士が目を丸くして僕に問う。


「広範囲治癒魔法ですよ。みなさん負傷してらしたので」

「え……」

 驚きの表情を見せる女騎士。

 あ、もしかして盗賊も回復したと思っちゃった?


「安心して下さい! 盗賊達にはかけてませんから! 皆さん達だけです!」

 ちゃんと説明しておいた。


「申し遅れました。私、スターフィールド公爵家が家臣、レイニャ・ハウと申します。失礼ですがもう一度お名前を伺っても宜しいでしょうか」

 女騎士、もといレイニャさんは軽く頭を下げ、僕に名前を尋ねた。

 まあ、あの状況だったし、聞き漏らしている可能性は高いよね。


「僕は冒険者のティムです」

 ていうか、スターフィールド公爵家ってどこかで聞き覚えが。


『マスターの依頼の届け先ですね』

『あ、そうだった!』

 コーディネーターさんがしっかりもので、いつも助かります。


「ティム殿、改めてお礼を申し上げます。窮地を救っていただいた上に治療までしていただいて、感謝の言葉もございません」

 今度は深々と頭を下げるレイニャさん。


「いえ、困った時はお互い様ですし、そんな大したことしてません……だからその、頭を上げて下さい」

 こんな事されたら、恐縮してしまう。僕は冒険者だし、人助けは当然だし。


 と、そのタイミングで。

「ご謙遜です。貴方に助けていただかなければ、私どもは本当に今頃どうなっていたことか」

 馬車から気品ある美しい女性が現れ。

「おっ、お嬢様」

 深々と僕に頭を下げた。

 

 お嬢様……ていうことは?


「ティム様、イバニーズ・スターフィールドと申します。この度は本当にありがとうございました。感謝いたします」


『公爵令嬢ですね』

 やっぱり!


 今度は僕が膝を突き、頭を垂れる。

「あ、あのっ知らなかったこととは言え、とんだご無礼を!」

 公爵令嬢って言えば、王様の姪御さんだもんね。

 偉い人だよね。


「あっ、ティム様そんなに畏まらないでください。貴方は私の命の恩人なのですから」

 よかった……不敬罪にならなくて。

 でも、どう振る舞うのが正解だろうか。

 なんて考えながらこのまましばらく動かずにいると。


「あの……ティム様、そろそろ頭をあげて頂けませんか?」

「あ、はい」

「本当に、私の身分のことなどは気にしないでくださいね。ティム様は恩人なのですから」

「はい!」

 

 気さくな公爵令嬢っぽかったけど、僕はその後もしばらく頭を上げる事が出来なかった。

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