第3話 王都の夜に叫ぶ

 僕がイバニーズ様に、たじたじになっている間に、騎士達は戦闘不能になった盗賊達を拘束していた。

 総勢54名。

 中々の規模の盗賊団だったのではないだろうか。


「隊長! 大変です!」

 慌てた様子で、1人の騎士が駆けつける。

 ていうかレイニャさん隊長だったのか。


「どうした」

「盗賊の中にガロンが居ました」

「何っ! ガロンだと!」

「それだけではありません、ゲフトルとバスクスもです!」


 ……皆んな驚いているけど、一体誰なんだろう。


「それが事実なら、こいつらは『毒蠍団どくさそりだん』だったのか」


 うん? 毒蠍団……それは聞いた事がある。確か最近王都近郊で暴れている、神出鬼没の凶悪犯罪集団。こいつらがそうだったのか。


「ははっ……毒蠍団の頭目ガロンに副頭目のゲフトルに参謀のバスクスもか。大物を一網打尽だな……」

 レイニャさんが遠い目で見つめてきたので、軽く会釈をしておいた。

 

『マスターお手柄ですね』

『まあ、どちらかというとコーディネーターの手柄だけどね』

 僕は雷撃も治癒もぶっ放しただけだ。


『ちゃんと理解してますね。その理解力が女心にもあれば……』

『え、なんで女心?』

『そういうところです』

『えっ?』

『しーん……』

『…………』

 さっぱりわからない。


「しかしこれでは、ここでこいつらを処刑するわけにいかなくなったな」

 処刑するつもりだったんだ……でも、それは仕方がない。全員を連行することは出来ないし、放っておいて逃げられでもしたら、また悪事を働くかもしれない。


「それでは、王都に援軍を求めて、私たちはそれまで毒蠍団を見張っていましょう」

 判断決めかねているところにイバニーズ様が意見を口にする。


「しかしお嬢様、それでは御身に危険が」

 即座に反応するレイニャさん。

 確かにこの場にとどまると毒蠍団の残党や別部隊が襲ってくるかもしれないし、他の盗賊が狙ってくる可能性だってある。

 夜になると魔物も活発になるから、そっちも警戒しなくちゃならない。

 総兵力を考えるとイバニーズ様を送り届ける部隊と、見張り隊に分けるのも悪手だ。


「毒蠍団には多くの領民がさらわれています。ですが私達は幸運にも彼らを捕えることができました。情報源は多いにこした事はありません。ここは全員王都へ連行するべきでしょう。そのためであれば我が身が危険に晒されようとも構いません」

 うん、立派な志だ。

 さすが公爵令嬢。


『マスター、お手伝いして差し上げたらどうですか?』

『お手伝いって見張り? それなら言われなくてもするつもりだけど』

『ち・が・い・ま・す。仮想空間です』

『あっ、奴らを連行する方ね』

『はい、それが1番リスクが少ない方法です』

 まあ、確かにね。

『万が一奴らが目覚めても自害などしないように仮想空間内では私が見張っておきますので』

 ……そうか、自害の危険性もあるのか。

 自害なんてされたら、情報を聞き出せなくなっちゃうもんな。

 それなら尚更、コーディネーターが見張っている仮想空間の方が安心だな。

 でも……。

『いいのか? 仮想空間の事は僕たちだけの秘密じゃなかったっけ?』

 だから僕は、今まで誰にも強化された仮想空間の事は話していなかった。


『それはマスターが子どもの頃の話です。今でもチョロいのに子どもの頃のマスターは輪を掛けてチョロかったですからね。大人達に悪用されるのを警戒していたまでです。もうマスターは成人なので心配ご無用ですよね』

 ふむ……そういう事なら。

 ていうか、コーディネーターさん。ちょいちょいトゲがある。


「あの、よろしければ僕がお手伝いしましょうか?」

 僕の方に振り返る3人。


「手伝うって、これ以上何をでしょうか?」

 その中でもイバニーズ様がいち早く反応した。


「僕も王都へ向かうところだったので、彼らの連行は僕が引き受けます」


「ティム殿、連行を引き受けるといっても、いったいどうするつもりなのだ? まさか全員を背負っていくわけにもいくまい」

 僕の答えに訝しむレイニャさん。

 その手もありだな。

 身体強化魔法をマックスでかければできない事はない。

 でも、それだと荒事に対応できないか。


 やっぱり仮想空間だ。

 となると、ここは説明するより見せた方が早いな。


「こうやってです」

 僕は毒蠍団を仮想空間に送り込んだ。


「「「えぇ————————っ!」」」


 大きく目を見開いて驚く3人。

 そして毒蠍団が消えたことに騒つく騎士達。

 大切な情報源を消失させたと思われたかな?

 消失させてないと証明するため一度彼らを仮想空間から出した。


「こんな感じです!」

 元に戻しても3人はしばらく黙ったままだった。勝手にやっちゃったから怒ったのかな?


「……ティムさま、今のはいったい?」

 イバニーズ様が何ともいえない表情で僕に確認する。


「僕は仮想空間スキル持ちなので、仮想空間に送り込んだんです」

「そうなんですね……凄まじいスキルなのですね」

 一応納得してくれたのかな?

 なんて思っていると。


「馬鹿なっ! 仮想空間は人1人入るのがやっとのスキルなのだぞ! それが50余人も入るなんて有り得ない!」


 レイニャさんから至極真っ当なご意見をいただいた。

 事実僕もそう思ってる時代がありました。


「不思議な事に僕のは出来ちゃうんです」

「そんな出鱈目な話、聞いたことがない」


 納得いかない様子のレイニャさんだったけど。

「まあ、今はスキルの詮索はよいではありませんか。結果的に問題が解決するのですから。ここはティム様にお任せしましょう」

 イバニーズ様が諭してくれた。


「そっ……そうですね。驚きのあまり取り乱してしまいました。ティム殿、申し訳ございません」

「いえ、こちらこそ何かすみません」

 

 ……いや本当に。


 とりあえず話がまとまり、早速準備を整えて出発する運びとなった。

 もうすぐ陽が沈む。王都までの距離はたいした事ないけど、急がないと魔物に襲われる可能性が高まる。


「では、ティム様も馬車に」

 え……それは流石にまずくない?

 僕は冒険者とはいえ、ただの平民だよ?

 平民の僕が貴族である、イバニーズ様の馬車に同乗するだなんて。

「あ、僕は歩きますので大丈夫です」

 ここは断っておいた。


「そんなわけにはいきません。大切な恩人を歩かせるだなんてスターフィールド家の名折れです」

 いやでもなぁ……。

『マスター、ここは断ると失礼にあたります』

『えっ、そうなの?』

『はい』

 コーディネーターさんが博識で助かった。


「では、お言葉に甘えて」

「はいっ!」

 満面の笑みを浮かべるイバニーズ様。

 どうやら正しい選択だったみたいだ。

 流石コーディネーター!

 そんなわけで僕はイバニーズ様の馬車に同乗することになった。


 そして何故か……侍女の方が僕の前に座り、僕の隣にはイバニーズ様が座った。

 なんで? 貴族はこんな感じの席配置になるのが普通なのだろうか。


「ところで、ティム様は王都にどのようなご用件で?」

 あ、そうだった。イバニーズ様の家に届け物があるんだった。


「実は、ギルドからの依頼でスターフィールド公爵様にお届け物がありまして」

「まあ、当家に! なんという偶然でしょう」

 本当に仕組まれていたような偶然だ。

「本当ですね」

「では、今日はずっとご一緒出来ますね」

 そんなわけにはいかないだろうけど、さっきの事もある。

「そうですね」と答えると、また満面の笑みを返してくれた。

 これも正解だったみたいだ。


 道中、イバニーズ様の質問は続いた。

 冒険者の仕事のこととか、僕の故郷のこととか、両親のこととか色々だ。

 その中でも特にフューリーとジェスカさんの事を念入りに聞かれた。

 イバニーズ様も年頃だし、同年代の同性の事は気になるのだろう。


 そうこうしている間に、道中魔物に襲われる事もなく、無事王都に到着した。


 もう、すっかり夜だ。


 王都に入ると僕達は毒蠍団を引き渡す為に、スターフィルドの屋敷には向かわず、そのまま王城へ向かった。


 王城に到着し、レイニャさんが衛兵に話を通すと、立派な顎髭を蓄え大柄な身に豪華な装飾が施された鎧を纏う騎士が、大勢の衛兵を引き連れ、慌てた様子で現れた。


「レイニャ、毒蠍団を捕らえたというのはまことか!」

「はっ、これは閣下、御自ら……恐縮に御座います」

 レイニャさんが膝を着き頭を垂れる。

 この様子を見るに相当偉い人なんだろうな。


「まことにございますよ、ガイゼル将軍」

 そんなレイニャさんに代わってイバニーズ様が答えた。将軍か……やっぱ偉い人だったんだな。


「これは、イバニーズ様、ご無沙汰しております」

「将軍こそご健勝そうでなによりです」

「にわかには信じがたい話なのですが……」

「はい、私も最初は信じられませんでした」

 僕も驚いた。まさかあいつらが噂の毒蠍団だったなんて。


「ところで捕らえた毒蠍団はいずこに?」

「あ、それならこちらの、冒険者ティム様にお任せしております」

「冒険者……でございますか」

 訝しげな表情で僕をまじまじと見るガイゼル将軍。


「それでは、ティム様、毒蠍団を将軍達にお引き渡しください」

「あ、はい、分かりました」

 じゃぁここで出せばいいのかな。


「閣下……驚かれぬよう心のご準備を」

「驚くだと? それはどういう意味だレイニャ」

 何やらガイゼル将軍とレイニャさんがボソボソと話していた。


 その様子を伺っていると、イバニーズ様がにこっと微笑みかけてくれた。

 早く出せって合図かな。


 僕はイバニーズ様に促されるままに将軍と衛兵達の前に、毒蠍団を出した。


「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 王城にガイゼル将軍のドスの効いた叫び声が響く。


「頭目のガロン! 副頭目のゲフトル! 参謀のバスクスもいるではないかぁぁぁぁぁぁっ!」

 鬼の形相で僕を睨むガイゼル将軍。


「貴様、今何をやった?」

「仮想空間から出しました」

「仮想空間だとぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 いちいち声がでかい。


「いいかっ! 仮想空間は人1人入るのがやっとのスキルなのだぞ! それが50余人も入るなんて有り得るわけなかろう!」

 どこかで聞いたようなセリフだ。


「将軍、今はスキルの詮索はよいではありませんか。結果としてここに捕縛された毒蠍団がいるのですから」

 どこかで聞いたようなセリフでガイゼル将軍をなだめるイバニーズ様。


「そ、そうでしたな、それがしとしたことが、驚きの連続で取り乱してしまいました」

 これもどこかで聞いたようなセリフだ。


「とにかくお手柄だったな、レイニャ、きっと陛下も喜ばれることだろう」

 ガイゼル将軍は少し落ち着きを取り戻し、レイニャさんの肩をぽんと叩き労をねぎらう。


「閣下……申し上げにくいのですが今回の手柄は私ではなく、ティム殿の手柄でして」

「うん? それはどういう意味だ? まさか幹部達を倒したのがそこの冒険者だとでもいうのか?」

「それも事実なのですが正確ではありません」

「なにっ?」

「……毒蠍団全員です」

「ど……毒蠍団全員だとぉぉぉぉぉぉっ!」


 またまたガイゼル将軍の大声が王城に響く。


「何故だ、何故そのような事になったのだ?」

 説明を求めるガイゼル将軍にレイニャさんがこれまでの経緯をするも。


「……信じられん」

 直ぐには事実を受け入れられないようだ。


「将軍、まずこの者達を投獄されては?」

「お、そうでしたな。皆の者、こ奴らを地下牢にぶち込んでおけ!

「「「「はっ!」」」」


 イバニーズ様の冷静な突っ込みを受け、ガイゼル将軍は衛兵に毒蠍団の投獄を命じた。


 ……これでようやく肩の荷が降りた。


「冒険者ティムよ」

「はい」

 鋭い眼光で僕を見据えるガイゼル将軍。


「この話が本当なら、陛下より恩賞を賜るだろう」


 僕が勝手にやった事だから恩賞とかは別にいいんだけど。


「しかし、たった1人で毒蠍団を全員を倒したなどワシには信じられん」

「恐れながら閣下、それは事実に……」

 説得しようとするレイニャさんを制するガイゼル将軍。


「ティムよ、ワシと試合え、そして実力を示せ!」


 え、なんで。

 もう疲れてるんだけど。


「将軍、流石にそれはちょっと……」

「イバニーズ様、これは武人としての務め、ご容赦いただきたい!」

 即座にイバニーズ様が止めに入るも通じなかった。


「お主が得意な魔法でもなんでも構わん、参れ!」


 とんでも展開だ。


『マスター、この手の筋肉崇拝者は、言葉より肉体言語というものを好みます。素直に従うのがよろしいかと』


 筋肉崇拝者に肉体言語……そんなの聞いたことないけど、何をすべきか直感的に分かった。


「分かりました」

「おお、やはり男はそうでなくてわなっ!」


 ガイゼル将軍の目がキラキラ輝いている。コーディネーターの推察が正しいようだ。


「さあ、いざっ!」

 腰の剣を抜き、両手で構えるガイゼル将軍。

 うん?

 僕はその構えに違和感を覚えた。


『コーディネーター、あれって』

『そうですね、マスターの推察通り左手の古傷が原因で正しく構えられないみたいね。彼は恐らく大剣使いだったのではないでしょうか』

 やっぱりか。

 闘気が抜けてるというか漏れてるポイントがあって違和感だったんだよね。


『よく気付きましたね』

『コーディネーターとの修行の成果だよ』

 構えから相手の闘気を読んで戦術を組み立てる方法を徹底的に叩き込まれたからね。


『治して差し上げたらどうですか?』

『そうだね、知った以上このまま戦うのも気が引けるしね』


「ガイゼル将軍、少しいいですか」

「うん? まさか試合を前にして怖気付いたのではあるまいな」

「違いますよ。ちょっと左手を見せていただいてもよろしいですか?」

「別に構わんが、何だというのだ」


 ガイゼル将軍が僕に左手を差し出す。

 僕はその手首に手を当て直接治癒魔法を流し込んだ。

 あまり知られていないけど治癒魔法は患部に直接触れて流し込んだ方が効果が高いのだ。


「はい、終わりました」

「終わりましたって何が……」


 言葉を発しかけたガイゼル将軍が左手を見つめる。

 そして、その左手に剣を持ち変え、ブンブンと振り回す。

 うん、あれだけ剣を振り回せたら大丈夫だよね。


「もう大丈夫そうですね、試合始めましょうか」

 ガイゼル将軍はうつむいて押し黙っていた。

 そしてしばらくすると。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 雄叫びをあげ、咽び泣き始めた。


「将軍……」「閣下……」


 その様子に戸惑いを隠せない、イバニーズ様とレイニャさん。


「ティム、いやティム殿、いやティム様! 貴方様は伝説の大賢者様だ!」

「えっ……」

 

 ガイゼル将軍に抱きつかれ、服がびしょびしょになる程泣かれた。

 色々ビックリだ。

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