第4話 大人の味変
ガイゼル将軍が落ち着きを取り戻した後も、結局試合は行われなかった。
古傷を治療したことでガイゼル将軍の戦意を挫いてしまったからだ。
まあ、僕的には戦いたくなかったから結果オーライなんだけど。
「大賢者様、不肖ガイゼル、この御恩は一生忘れません! 何かお困りごとがある時は是非このガイゼルめをお頼りください!」
「あ、はい……」
そして僕は謎に王国に大きな後ろ盾ができた。
でも、その大賢者様は恥ずかしいからやめて欲しい。
「ところで大賢者様、今日はこの後、どのようなご予定で? もし宜しかったら」「私のお父様と会談する予定です!」
ガイゼル将軍の話を遮りイバニーズ様が答えた。
……なんだろう。超絶笑顔なのに凄い迫力だ。
「さ、左様でございますが、それは残念です……」
ガイゼル将軍は、その笑顔に気圧された。
取り敢えずこの場は、また後日ガイゼル将軍を訪ねる約束をして、僕たちは王城を後にした。
王城とスターフィールド家はそれほど距離が離れてなくて、あっという間に目的地であるスターフィールド家に到着した。
僕は、まずその屋敷の大きさに目を奪われた。
フィーレンのギルド幾つ分だろうか。
そして屋敷の扉の向こう側には。
「「「お帰りなさいませお嬢様」」」
別世界が広がっていた。
「では、ティム様こちらにどうぞ」
「は、はい」
僕はイバニーズ様自らのエスコートで、応接室に案内された。
「どうぞ、楽になさってくださいね」
「はい……」
楽にって……どうやっても楽にはなれそうにない。
もしかして、今までの人生の中で1番緊張しているかもしれない。
程なくして、整った顔立ちの壮年の紳士が現れた。
「はじめまして、ティム君。私はアゼス・スターフィールド。そこのイバニーズの父親だ」
「はっ、はじめまして! 冒険者のティムでござります」
……噛んだ。
『ぷっ』
一瞬コーディネータの笑い声が聞こえた気がしたけど、気のせいだろうか。
「話は聞いているよ。イバニーズや家臣達の危ないところを助けてくれたそうだね。ありがとう。心から感謝するよ」
深々と頭を下げるアゼス公爵。
「とんでもないです! 僕は当然の事をしただけですから」
やっぱり偉い人に、頭を下げられるのは心臓に悪い。
「当然の事か……でも中々出来ないことだよ、ティム君」
「そうですわ、ティム様。相手が毒蠍団だと尚のことです」
感謝される事に慣れてないから、本当にむず痒い。
「そういえばティム君はギルドの依頼で当家を訪れる途中だったらしいね。何の用件だったのかな?」
そうだった。また、すっかり忘れてた。
「はい、お届け物です!」
「……届け物……そうか君はフィーレンからやって来んだね」
「はい、フィーレンからジェラートをお持ちしました」
「ははは……そうか、ありがとう」
そして何故か僕の用件を聞いてアゼス公爵の顔が沈む。
もしかして……もう時間も遅いしデザートって気分じゃないとか?
ジェラートは氷菓子だから時間が経てば溶けるからな……ここは出直したほうがいいかな。
「あの、よろしければ明日、都合の良い時間にもう一度届けにまいりましょうか?」
「うん明日? 都合の良い時間?」
一瞬訝しんだアゼス公爵だったけど。
「あっ、そうかそうか、違うんだよティム君。余計な気を使わせてしまったね。溶ける心配じゃないんだ」
すぐに察してくれた。
「直ぐに受け取らせてもらうよ」
そしてアゼス公爵が呼んだ使用人にジェラートを渡し、ギルドの任務は無事終了した。
ていうか……それなら、どうしてジェラートの話になってあんな表情になったんだろう。
『理由を聞いて差し上げたらいかがですか。私事なので公爵からは切り出し難いのでしょう』
『そうなの?』
『恐らく』
『ふむ……』
何でそんなことまでコーディネーターは分かるのだろう。僕のスキルだからコーディネーターは僕の一部のはずだよね。
まあ、実体化したコーディネーターはイバニーズ様にも負けないぐらいの美女だったから僕の一部というには抵抗があるけど。
「あの、差し出がましいようですが、何かお困りごとでもございましたか?」
とりあえずコーディネーターの助言通りアゼス公爵に尋ねてみた。
「あ、いや、違うんだ。本当に悪いね……気を使わせてしまって……」
否定しながらも、アゼス公爵の表情は曇ったままだ。
絶対何かあるんだろうな。
「…………」
とは思いつつも積極的に聞くことができず、しばらく沈黙が続いた。
そして。
「……フィーレンのジェラートはね、妻の大好物なんだよ」
アゼス公爵が沈黙を破る。
「実はね、1年ほど前から妻が原因不明の病に冒されていてね、少しでも元気になればと思って、彼女が大好きだったフィーレンのジェラートを頼んだんだよ。だけど……」
目頭を押さえ、言葉に詰まるアゼス公爵。
「どうしたのですか? お父様? お母様良くないのですか?」
アゼス公爵の様子をみて不安そうに尋ねるイバニーズ様。
「ずっと容体は安定していたんだが、最近急変してね……今では自力で起きあがることさえも」
「お父様、それはまことですか!?」
「ああ……本当だ、黙っていてすまない」
思ったよりも重い理由だった。
溶ける心配とか考えてた馬鹿は誰だ!
……僕か。
「……せっかく届けてもらったティム君にこんな話を聞かせしてしまって、申し訳ない」
「いえ……そんなことは」
『マスター……乗りかかった船ですから診て差し上げればいかがですか。状態解析魔法なら原因ぐらいは分かるでしょう』
『うん……そうだよね』
病気の治療は無理かもだけど、原因ぐらいなら。
「アゼス公爵、もしよろしければご夫人のご容態を診させていただけませんか? 僕の状態解析魔法なら何か原因がわかるかもしれません」
「「状態解析魔法?」」
「はい、寝たままでも解析できますので身体に負担がかかることはございません」
驚きを隠せない2人。
「状態解析魔法なんて聞いたことないが……逆に考えれば今までに試してないということか」
状態解析魔法を聞いたことない?
コーディネーターが教えてくれる魔法の中では比較的簡単に習得できたからポピュラーな魔法だと思ってたけど違うのか。
「ティム君ぜひお願いしたい!」
僕たちは早速夫人の寝室に向かった。
アゼス公爵がドアをノックすると侍女がしばらく時間を置いて僕達を出迎えた。
部屋に入ると夫人はベッドの上で別の侍女に身体を支えられ上体を起こしていた。
アゼス公爵のお話通り、自力では起き上がるのも困難だというのが頷ける。
しかし、すごい汗だ。
かなりご無理をされているのだろう。
「あら……イバニーズ、いつ帰ってきたの?」
気丈に振る舞ってはいるが、顔色も悪く声に力もない。
「つい、いましがたです」
平静を装うイバニーズ様。
気丈に振る舞っているのは彼女も同じのようだ。
「そう、元気そうで何よりね。で……そちらの方は?」
「ソフィー、こちらの彼は冒険者のティム君だ。彼が君の病状が何か分かるかもしれないという事で、来ていただいたんだ」
「……まあ、そうですのね……わざわざありがとうございます」
こんな状態なのに謙虚さも気遣いも忘れないなんて凄い人だ。
「はじめまして冒険者のティムです。早速診させてもらいますね」
僕は挨拶もそこそこに、早速状態解析魔法を使ってソフィー様の状態を解析した。
すると。
ん……これは?
ソフィー様のそれは病気ではなかった。
『呪いですね』
『そうだね……しかもご丁寧に呪詛反応が出ないように複雑に隠蔽されてるよ。だれがこんな酷いことを』
『まあ、貴族の内情は表に出せなぐらいドロドロとしていますからね。公爵程の身分となると尚更でしょう』
『その手の話はよく聞くけど、これを目の当たりにすると何だかなぁって思っちゃうね』
『マスターも呪われないようにお気をつけてください』
「えっ? 僕はそんな対象にならないと思うけど』
『はぁーっ……知らないって幸せですね』
『えっ! なにそれ!』
『しーん…………』
コーディネーターの言葉は気になるけど、呪いだったのは逆に好都合だ。
病気は治療できない可能性があったけど、呪いなら解呪すれば完了だ。
原因が分かったので僕は解呪魔法でソフィー様に掛かっていた呪いをサクッと解呪した。
「原因は呪いでした」
「な……呪い……」
「お母様がなぜ」
皆んな一様に驚いている。
まあ、身内が呪われてたらびっくりするよね。
「それは本当なのかい? 呪詛関連は念のために宮廷魔術師に調べてもらったのだけど、何の反応も出なかったんだ」
「それは、呪詛反応が出ないように複雑に隠蔽されていたからです」
「な……なんてことを」
「酷いっ」
更に驚く一同。
「しかし、そんな複雑な呪いだと、我々には手の施しようが無いのではないか」
「そんな……」
どんどん深刻な雰囲気になっていく。
早く解呪の事を教えないと!
「あの、もう解呪しちゃったので、大丈夫ですよ」
一瞬時間が止まったかのように静まり返ったが、次の瞬間。
「「「「はい——————っ?」」」」
一同は大きな声をあげて驚く。
「そう言われればなんだか、とても身体が楽ですわ」
「ほ、本当かソフィー⁉︎」
「はい、あなた」
ソフィー様は自力でベッドから降りて立ち上がった。病床が長かったせいか足元はおぼつかないけど、すっかり顔色も良くなられてる。
「おお……何という事だ……信じられない」
「私もです。さっきまであんなに苦しかったというのに」
まあ、それは呪いだからね。
解呪さえしてしまえば元通りだ。
「お母様……もう、本当に大丈夫ですの?」
「ええ、もう大丈夫みたい」
「良かった……本当に良かった」
涙ながらにソフィー様に抱きつくイバニーズ様。
「ごめんね、貴女にも心配かけたわね」
イバニーズ様はソフィー様の腕の中で、子どものように泣きじゃくっていた。
「ティム君、ありがとう、本当にありがとう! この恩は一生忘れないよ」
そしてアゼス公爵は僕を抱きしめ泣きじゃくっていた。
まさか一晩で2人のオジ様に泣きながら抱きつかれるなんて思ってもみなかった。
◇
「改めてティム君、ありがとう。君のおかげで、こうやって再び家族団欒の時間を持つ事ができたよ。イバニーズや家臣団達のことを含め、最大限の賞賛を君に贈らせてもらうよ」
ソフィー様が全快されたので、場所を変え皆んなで僕が運んできたジェラートをいただくことになった。
「フィーレンのジェラートはやっぱり最高ですね」
すっかり良くなれたソフィー様。
ジェラートを食べる仕草も、とても優美だ。
「ティム様、フィーレンの街の人達はいつもこんな美味しいデザートを食べてられるのですか?」
目を輝かせて質問してくるイバニーズ様。
「そうですね、フィーレンでは皆んなに親しまれてるデザートです」
「私も、今度フィーレンに行ってみたいです。そして本場のジェラートを味わってみたいです」
イバニーズ様にも気にいっていただけたようだ。
なんかフィーレンをホームにしてる僕としては誇らしい気分になる。
「その時は、僕でよければ案内しますよ。隠れ名店もありますので」
「本当ですか!」
僕の手を取り前のめりに聞いてくるイバニーズ様。
「もちろんです」
よほど、ジェラートが気に入ったんだろうな。
僕達がジェラートの話題で盛りあがっていると。
「イバニーズ、ティムさん」
「「はい」」
「ところで2人は、いつからお付き合いしてるの?」
「「はい——————————っ?」」
ソフィー様がとんでもない質問をぶっ込んできた。
「い、い、今はまだ、お付き合いは致しておりません!」
あたふたしながら答えるイバニーズ様。
そりゃそうだよね。行きがかり上行動を共にしていただけだだし僕は平民だ。
「そう、今はまだね」
含み笑いを浮かべるソフィー様。
「はい……今はまだです」
何故か顔を真っ赤にするイバニーズ様。
「イバニーズ、私は早くしたほうがいいと思うよ。ティム君は競争率高そうだし」
意味不明なことを仰る。アゼス公爵。
「じゃあティムさんは、イバニーズのことどう思ってらっしゃるの?」
「え……」
じゃあって……どうもなにも。
「とても美しくて素敵な方だと思います」
取り敢えず思ったまま正直に答えた。
「まあまあ」
それ聞いて満面の笑み浮かべるソフィー様。
「す……素敵だなんて」
さらに顔を真っ赤にするイバニーズ様。
「私は構わないよ。ティム君なら許す」
意味不明なことを仰る。アゼス公爵。
何だろう……話が変な方向に話が進んでる気がするんだけど。
『そんな時は味変ですよ』
『味変? 味変って何?』
『仮想空間にジェラートと合わせるワインがあったはずです。それを振る舞って差し上げて話しをそらせばいいのです』
『なるほど!』
「あの、皆さん味変してみませんか?」
「「「味変?」」」
「こちらのワインをジェラートにかけると大人の味に変わります。ぜひ試していただきたいのですが」
「「「大人の味?」」」
コーディネーターに言われるがままにワインを取り出した。
「ほう、ジェラートにワイン」
「まあ、それは美味しそうですね」
「ティム様是非」
僕は皆さんのジェラートにワインをかけた。
「あら、これは……とても美味しいですわ」
「うん! 確かに大人の味だね」
「ティム様素敵です!」
中々の高評価だ。
「ティム様は、お強いですし、お優しいですし、その上、食にまで造詣が深いだなんて無敵ですね」
「優良物件ですわね」
「イバニーズ急いだ方がいいよ」
火に油だった。
『コーディネーターどうしよう?』
『…………』
コーディネーターは応えてくれなかった。
その後、こんな感じでしばらく歓談が続いたが、ソフィー様の体調のこともあるのでキリの良いところでお開きとなった。
屋敷に泊まっていくことを勧められたが、流石にそれは強く断った。
それに僕には今日、まだやるべき事があるからね。
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