第5話 結果オーライ

 呪いには呪詛返しというものがある。

 かけた呪いが解かれた時に、術者本人に呪いが返される呪いの代償だ。

 普通は解呪すると即時発動するのだけど、僕はソフィー様の解呪時、それをコントロールして呪詛返しを一旦止めておいた。


 何故そんなまどろっこしい事をするのか?

 理由はもちろん犯人を突き止める為だ。

 僕がそこまでする筋合いはないのかもしれないけど、何となくソフィー様達を放っておけなかったからだ。


 スターフィールド家を出て人気のない場所まで移動した僕は、飛行魔法で王都上空に飛翔する。

 王都を見渡せる上空から呪詛反応を追いかける算段だ。


「よし」


 早速呪詛返しを発動させる。

 呪詛返しは赤黒い光の尾をひきながら術者の元へ返る。

 呪詛返しを見失わないようにするには全速力で飛ばないといけないのが厄介だ。

 呪詛返しは真っ直ぐに王都を出た。

 きっと犯人は王都内にいると思っていたのに意外だ。

 そして岩肌剥き出しの山脈に向かって行ったかと思うと、そのまま岩壁の中に消えた。


 どうやら洞窟があるみたいだ。

 

 透視魔法で岩壁を透視すると、その中に通路が見える。

 ビンゴだ。

 そのまま通路を辿って行くと岩壁に不自然な盛り上がりがあった。

 これは入り口を隠しているのかな?

 その不自然な盛り上がりを押すと意外にもあっさりと動き洞窟への入り口が現れた。

 

 さてと……勢いでここまで来ちゃったけど、これって絶対やばい人たちのアジトだよね。

 このまま僕一人で潜入しても大丈夫なのだろうか。


 一旦王都に戻ってガイゼル将軍を頼るか。

 なんて考えていると。


『解析完了です。賊は16人、その中にマスターの脅威になり得る存在はおりませんでした』


 なんということでしょう。僕が心配している間にコーディネーターが僕の心配を取り除いてくれていた。


『ありがとう、コーディネーター』

『いえ、いつもの事ですからね』

 コーディネーターが僕のスキルじゃなかったら僕は、ゼイルの言う通り本当に無能だったかもしれない。


『雑魚とは言え敵の数は多いです。索敵魔法と隠蔽魔法をお忘れなく』

『もちろんだよ!』


 もちろん忘れていた。


 索敵しながら隠蔽魔法で姿を隠し慎重に進むと、少し開けた場所に出た。

 

 道が3分岐している。


『真ん中を進んでください。そして戦闘態勢に入ってください』

『了解……』

 

 もしかして、僕の索敵必要ないんじゃないか?

 と思ったのは内緒だ。


 真ん中の道を進むと、男の呻き声と、複数の男達の慌てふためく声が聞こえてきた。


「モルボ様! どうしたのですか!」

「大丈夫ですか?」

「モルボ様!」

「おい、どうしたんだ!」

「分からねえ……突然苦しみだして」


 どうやらモルボというやつが術者で、呪詛返しをくらったようだ。


 そのまま進むとそこは広間になっていてモルボを含めた16人全員がこの場に居た。

 隠蔽魔法で姿を隠しているから奴らは僕に気付かない。


 よし。


 僕はまたまた雷撃をスパークさせて、瞬く間に賊どもを無効化させた。


 パーティーの時は補助魔法以外使う機会がなかったから分からなかったけど、雷撃&スパークはめっちゃ便利だ。


 ちなみに術者のモルボには雷撃を当てなかった。必要なかったてのもあるけど、雷撃で気を失わせて簡単に呪詛返しの苦しみから解放させたくなかったからだ。


 モルボの苦しみは方は尋常じゃなかった。仲間が全滅したってのに、それすら気にかけず、そこらかしこをのたうち回っている。この苦しみをソフィー様は1年も耐えていたのだと思うと胸が締め付けられる。


 取り敢えず僕は全員を拘束魔法で拘束し仮想空間に放り込んだ。

 あとはガイゼル将軍にこいつらを突き出して、この場所を報告すれば一件落着かな。


『マスター、まだ解決していませんよ』

『えっ? まだ敵がいるの? 全員で16人だよね?』

 討ち漏らしたつもりはないのだけど。


『誘拐された領民が右通路奥の牢獄に閉じ込められています』

『な……なにぃっ!』

 誘拐された領民がここにいるって事は。


『ここは毒蠍団のアジトですね。またまたお手柄ですマスター』

『お手柄って……』

『さ、皆を助けに向かいましょう』


 コーディネーターに促されるままに領民の救出に向かった。

 

 右通路の奥にある鉄格子の向こう側の開けた空間に領民は閉じ込められていた。


『これは酷いですね』

『……うん』


 皆んなかろうじで生きてはいたが、何というか……筆舌に尽くしがたい惨状だった。


 僕に出来る事はクリーン魔法で身を清め、治癒魔法で身体の傷を癒やしてあげる事ぐらいだ。

 

 早速僕は右手を高く上げ範囲クリーン魔法と範囲治療魔法を発動させる。

 範囲魔法の同時掛けで、辺り一帯が眩い光に包まれた。


 どんどん生気を取り戻していく、領民たち。

 するとその中の1人が、見る見る回復して行く自分や周りの人達と光の発生源である僕の存在に気付く。


「か……神だ」

「へ……」

 そして事もあろうに僕の事を神様だと勘違いしてしまった。


「本当だ! 神だ! 神が降臨された!」

「神は私達を見捨てなかった!」

「神様、ありがとうございます!」

「お救いいただき感謝します」

「私達は救われた!」

「神様が奇跡的を起こしてくだされた!」


 そしてそれは連鎖的に広がった。


 即座に否定しようと思ったが。

『マスター、ここは否定しない方が良いかと存じます』

 コーディネーターに止められた。


『えっ……何で?』

『救いです。神に助けられたという思い込みが、今の彼らの救いになっているのです』


 ……なるほど、そういうものなのか。


『でも、僕が神様じゃないことなんて直ぐにバレるんじゃない?』

『そこは私にお任せ下さい。マスターは彼らを仮想空間にご招待してくだされば大丈夫です』


 何か考えがあるんだな。


 とりあえず、僕は何も告げず領民の皆さんを仮想空間にご招待した。


 神様、コーディネーター様、後はよろしくお願いします。


 ◇


 早速王都に戻った僕は王城に向かいガイゼル将軍を訪ねた。

 遅い時間だけど是非頼ってくれって言われてたし大丈夫だろう。


 運良くさっきガイゼル将軍に付き従っていた人が城の夜警担当だったので、詳しい事情を話さなくてもすんなりと取り次いでくれた。


「おおっ! 大賢者様! 早速それがしを訪ねていただき、感激の極みです!」

 しばらく待つとガイゼル将軍自ら城門まで迎え出てくれた。

 息を切らしている。

 相当急いでくれたのだろう。


「ガイゼル将軍、早速お願いというか、ご報告がありまして……よろしければ先ほどの広場で衛兵さん達にもご協力いただきたいのですが」

「おお! 衛兵を! とういうことはまた奇跡を起こされたのですね!」


 またって……僕は奇跡など一度も起こしていない。


「どうぞどうぞ、こちらへ」

 ガイゼル将軍に城内の広場に案内された。

 程なくして衛兵達も到着した。


「まず、賊をお引き渡ししますね」

 仮想空間からモルボ達を出した。


「「「「へっ…………」」」」


 ガイゼル将軍と衛兵達は、大きく目を見開き、口をあんぐりと開けたたまま言葉を失っていた。

 あれ?

 仮想空間は2回目なのになんで驚いているのだろう。


 そして。

「モルボじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 賊達には目もくれずモルボの胸ぐらを掴み、大きく揺さぶる。

 ガイゼル将軍達はモルボに驚いたのか。

 ていうか。


「モルボって一体何者なんですか? 有名なんですか?」

「えっ……知らないのですか?」

 さっきとは別の感じて驚かれた。


「此奴は王国一の暗殺者といわれていて、その筋では知らぬ者が居らぬ程の超大物です!」

 それほどの大物なんだ。

 でも、暗殺者なのに知らぬ者がいないってのも……なんだかな。


「そのモルボを倒してしまうだなんて、さすが大賢者様ですね!」

「いや、僕が倒したっていうか……」


 少し迷ったけど僕はガイゼル将軍にこれまでの経緯を大まかに説明した。

 ところどころ大袈裟に驚いていたけれど、概ねすんなりと話しを聞いてくれた。


「そんな、ことがあったのですね……しかし、それをこんな短時間で解決するなんて、やっぱり流石、大賢者様ですね!」

 僕への過大評価に拍車が掛かってしまった。

 まあ、そこはいい。

 それよりもモルボ以外の賊たちの顔が、原型が分からなくなるどボコボコになっているのが気になる。


『コーディネーター……これはいったい?』

『賊達は領民達に引き渡しました。死なない程度に回復魔法をかけ続けたのでご安心を』


 なるほど……皆んなの恨みをその身に受けたのか。

 それよりも早く領民を保護してもらわないと。


「あと、囚われいた領民を救助してきましたので、ガイゼル将軍の方で、保護していただいてもよろしいでしょうか?」

「へ……領民?」

「はい、毒蠍団のアジトで囚われてましたので、後でアジトの場所もお教えしますので」

「え——————————っ!」


 え、なんで驚くの。


「ということは、毒蠍団とモルボは繋がっていたのですな……」

 それって知られていない情報だったんだ。


「では、こいつらは毒蠍団の残党!」

「多分そうだと思います」

「ははは……一夜にして毒蠍団を壊滅させるとか」

 ガイゼル将軍が遠い目で僕を見つめる。


「それよりもガイゼル将軍、領民をこの場で解放してもよろしいでしょうか?」

「さ、左様でございましたな。もちろん構いません」

「ありがとうございます。では」


 僕は仮想空間から領民達を解放した。

 

「「「「いっ!」」」」


 ガイゼル将軍達が変な声を出したけど、一旦放っておこう。


 ていうか、仮想空間に入る前は皆んなボロを纏っていたが、純白の綺麗な衣装を身に纏っている。

 これはコーディネーターの仕業だな。


『物質変換で綺麗にしておきました』

 ということらしい。


 王城で解放されたのにも関わらず、領民達は驚きの表情一つ見せず落ち着き払っていた。

 そして僕の前で跪き声を合わせこう言った。


「「「「女神様の使徒、ティム様、感謝いたします」」」」


 え、使徒? 女神? 何事?


「エデンで大変お美しい女神コーディア様に、教えていただきました。ティム様は女神コーディア様の使徒様だったのですね!」


 ……エデンって何処。女神コーディアって誰。使徒ってなに。


『大変お美しいって、正直ですね』

『いやいやいや、美しいじゃなくて、何この状況? 何の嫌がらせ?』

『……マスターは私が、美しくないと』

 そこっ!

『いや、確かにコーディネーターは美しいけどさ』

『私が女神ということにしておいてマスターが神だという誤解を解いて差し上げました』

 嬉々として答えるコーディネーター。

 確かに神って誤解は解けたけど。


『新たな誤解を生み出したと思うのだけど……』


「なるほど納得です! 数々のお御業、只者ではないと思っていたのですが、まさか女神コーディア様の使徒様だったとは」


 うんうんと何度も頷き納得するガイゼル将軍。

 やっぱり誤解の輪は広がった。


 ……ていうか女神コーディアって本当に存在するんだ。


『旧神の名前です。マスターの村では知られていませんが、王都ではポピュラーな神です』

『そうだったんだ』


 なんてやりとりをしていると、ガイゼル将軍を含めこの場にいる全員が僕に跪く。

 流石にこれはダメだ。


「皆さん、やめてください。違うんです! 僕はそんなたいそうな者じゃないんです! 女神様の使徒じゃないです!」


 誰も僕が使徒じゃないって事は信じてくれなかったけど、使命に差し支えるだろうから今日の事は秘密にすると皆んな約束してくれた。


 そんな気の使い方要らない。

 盛大な勘違いだし!


『結果オーライですね』

『どこがっ?』

『領民達の衝撃の記憶を新たな衝撃で打ち消したのです。嘘も方便、これも人助けですよ』


 なんかモヤっとするけど……そう言われると確かに結果オーライかもしれない。


 領民の事、モルボの事、毒蠍団残党の事、アゼス公爵への説明。

 諸々、ガイゼル将軍にお願いして僕は王城を後にした。


 夜遅くって事もあって宿屋は取れなかった。こんな時、普通なら野宿ってなるんだろうけど、僕には仮想空間がある。


 僕は仮想空間に移動した。


「お疲れでしたねマスター」

 仮想空間では実体化したコーディネーターが出迎えてくれた。

 

 神々しく、美しい。

 領民達が女神だと信じたのも頷ける佇まいだった。

 

「何を見惚れてるのですか」

「あ、いや……本物の女神様みたいだなって思って」

「ウフフ、ありがとうございます」

 振る舞い全てが美しい。

 きっと女神様ってコーディネーターみたいなんだろうなと思ってしまう。


「膝枕してあげましょうか?」

「えっ……」

 一瞬ドキッとした。

 実体化したコーディネーターは確かに神々しいまでの美しさだけど、あくまても僕のスキルだ。

 自分のスキルにドキッとしてしまうなんて。


「遠慮せずにいらっしゃい」

 コーディネーターは僕を捕まえて強引に膝枕した。


 コーディネーターは凄く良い匂いで、めちゃくちゃドキドキした。

 それと同時にとても複雑な感情が押し寄せた。

 自分のスキルにときめいてしまうなんて、ナルシストすら凌駕しているだろう。


「おやすみなさい、マスター」


 疲れていたせいか、油断していたせいか、僕はコーディネーターに睡眠魔法をかけられてそのまま眠ってしまった。


 薄れていく意識の中で、ひとつ疑惑が頭をよぎる。

 僕の知らない知識で僕を導き、何でもお見通しのコーディネーター。

 彼女はもしかして本当に女神様なのではないだろうか。

 

 流石に馬鹿げてるか。

 女神様が僕に付き従う理由なんてあるはずもない。


 ……疲れ過ぎだな。


 いつの間にか僕は眠りについていた。

 

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