第6話 信頼

「おはよう御座いますマスター」


 目覚めたら目の前にコーディネーターの顔があった。


「どうかされたのですか?」

「あれ……なんで?」


 そして僕は思い出す。

 僕の頭がコーディネーターの膝の上にある事を。


「おはようコーディネーター! じゃあ、僕は行くね!」


 慌てて飛び起きた僕は恥ずかしさのあまり仮想空間から飛び出した。


『逃げるなんて酷いですねマスター』

『いや、別に逃げたわけじゃ』

 実際には逃げたのだが。


『マスターは、相変わらず可愛いですね』


 色んな意味でコーディネーターには一生敵わない気がする。


「……ていうか」


 目覚めても状況は変わっていなかった。

 仮想空間の中ではいくら眠っても朝は来ない。時間が止まっているのだから当然だ。


 結局僕は、日が昇るまで街外れでぼーっと時間を潰した。


 本当はゆっくり王都見物とかしかたったけど、ギルドへの報告もある。

 名残惜しいけど、僕はフィーレンに帰投するため王都を発った。



 ◇



 ——空を旅すること数刻。

 この山を越えたらフィーレンだというところで、僕はとんでもないものを目撃する。


「ドラゴン?」


 しかもただのドラゴンではなかった。

 その漆黒のドラゴンは禍々しい瘴気を纏っていた。


『イビルドラゴンですね』

『イビルドラゴン?』

『魔に魅入られたドラゴンです。まだ幼体ですが放っておくと危険です。倒してしまいましょう』


 あれで幼体なんだ。

 ていうか。


『倒してしまいましょうって……簡単に言うけど僕に倒せるの?』

『私はできない提案はいたしません』


 いつもながら頼もしいコーディネーターさんだ。


 遠巻きに様子を伺いながらイビルドラゴンに近付いて行くと何者かと交戦中だった。


 あれは。


 複数の冒険者パーティーだった。

 そして最前線には、フューリーがいた。

 なぜ彼女がここに?


 ていうか何で最前線に?

 彼女は本来後衛だ。


『あの女が、他の者を守っているようですね』

 ……あの女って。明らかに悪意のある言い方だ。

 まあ、僕を追放した側の人間だからそれも当然なんだけど。


『何で、そんな事に』

『あの女以外が戦力になっていないからでしょう』

 確かに空を舞うイビルドラゴンに対して、冒険者達は抗う術を持ち合わせていないように見受けられるけど。


 そんなやりとりをしている間にイビルドラゴンの口元が赤黒く光る。

 これは。

 「ブレスだ!」

 

 まずい!


 と思ったけど、イビルドラゴンのブレスが放たれた刹那、聖なる障壁が冒険者達を守る。

 フューリーの聖魔法による魔法障壁だ。


 さすがフューリー。

 しかし、自分一人ならともかく他の冒険者達を守るために障壁を大きく展開してる。

 そんなに長くは保たなそうだ。


 僕はイビルドラゴンがブレスを放っている間にヤツの更に上空まで移動し、そこから急降下してヤツの頭上に蹴りを見舞い、そのまま地上まで踏み落とした。

 もちろん身体強化魔法は忘れてはいない。

 地面と僕の蹴りに挟まれたイビルドラゴンは、大きく開けた口を無理やり閉じられ、ブレスは自身の口内で暴発する。


「ギュォォォォォォォォォォォッ!」


 この世のものとは思えない雄叫びをあげ猛り狂うイビルドラゴン。

 その圧にフューリー以外の冒険者は大地に膝をつく。

 

 しかし、彼女は冷静だった。

 僕が作った隙で既に詠唱を終えていたフューリーは、最上級聖属性魔法。

「ホーリーレイ!」を放つ。


 ホーリーレイは闇属性の者には効果絶大だ。魔に魅入られたイビルドラゴンではひとたまりもないだろう。


 ……だが。


 生きてきた。

 直撃を受けたはずなのに生きていた。

 辛うじて生きていた。


 そしてイビルドラゴンは最期の力を振り絞り、フューリーに突撃する。


「危ないっ!」


 僕は咄嗟にフューリーを抱き抱え上空に回避した。


「ティ……ティム?」

 素っ頓狂な声をあげるフューリー。

 僕だと気付いていなかったのか。


 フューリーを抱き抱えたまま肉弾戦をするわけにもいかないので、僕もフューリーと同じくホーリーレイをイビルドラゴンに放つ。

 もちろんフューリーの威力には及ばない。だけど充分だった。

 既にフューリーのホーリーレイで致命傷を負っていたイビルドラゴンは僕のホーリーレイが直撃すると断末魔の叫びを上げ、完全に沈黙した。


 嫌われているフューリーをあまり長く抱き抱えているのもどうかと思い、慌てて地上に降りておろした。


「……ティム」

 怒りのせいかフューリーの顔が真っ赤だ。

 僕に抱きかかえられたのが、そんなにも腹立たしかったのか。


「や、やあ、フューリー、大丈夫だった?」

「……あなたのおかげで、なんとか」

 視線を逸らし素気なく答えるフューリー。

 目を合わせるのも嫌なようだ。


 ……気まずい。

 

「そ、そう、じゃぁ僕は行くね」

 色々とばつが悪くて立ち去ろうとした。


「ちょっと、待ってください!」

 でも呼び止められた。


 昨日の今日だし文句のひとつでも言われるかと思ったけど。


「その、助けてくれて、ありがとう」


 お礼を言われた。


「ど、どういたしまして……」


 しかし、言葉とは裏腹に真っ赤な顔で僕を睨むフューリー。

 僕にお礼を言うのはそんなにも屈辱的な事なのだろうか。


「聖女様」

 そうこうしている間に冒険者達がやって来た。

 言うまでもなく聖女様とはフューリーの事だ。

 聖属性スキル持ちと言う事もありフィーレンの皆んなはフューリーの事を聖女と呼ぶ。


「聖女様、助かった、恩に切るぜ……あんたが通りかからなかったら俺たちは今頃どうなっていた事か」


 ふむ、フューリーは通りがかりに冒険者達を助けたのか。


「いえ、そんな大した事は」


 いや、思いっきり魔法障壁で皆んなを守っていたからね。


「いやいや、それはとんだ謙遜だぜ」

「いえ、本当に」


 フューリーはこんな感じの子だ。

 凄い事をやってのけてもそれを全く鼻にかけない。


「流石エキスパートだな。Sランクパーティーに昇格するのも納得だよ。Aランクの俺たちが束になっても敵わなかったドラゴンをいとも簡単にやっつけてしまうんだからな」


 彼らはAランクだったんだ……ていうかAランクで手も足も出ないイビルドラゴンを相手に、冒険者達を守りながら対等に渡りあっていたなんて、フューリーはやっぱ凄いな。


「いえ、本当に私は何も……ドラゴンを倒したのはそこにいるティムですし」

 え、それは違うよ。

 僕はとどめをさしただけだよ。


「「「「ティム⁉︎」」」」


 冒険者達が僕に注目する。


「あははは、何の冗談だよ聖女様。こいつはパーティーの足を引っ張るのが嫌でエキスパートを抜けた無能なんだろ? ていうかお前いつからいたんだ? パーティー抜けたんじゃないのか? 聖女様のストーキングか?」


 ボロカスだな。

 あの一件で結構悪評がたったからな。


「ゼイルはそう言ってますね……というより、あなた方は今の戦いを見ていなかったのですか?」

「……それが、ドラゴンの圧にやられて真面に目も開けられてなかったんだ」


 呆れ顔でため息を吐くフューリー。


「だからティムに対してそんな態度が取れるんですよ。言っておきますけどティムが助けてくれなければ私も危なかったのですよ」


「冗談きついぜ聖女様。ティムはポーター、荷物運びだぜ?」

「冗談ではありません。ティムが介入してくれなければ、私達は確実に全滅していました」


 フューリーひとりなら余裕だったろうけどね。

 皆んなを守りながらじゃありえなくもない。


「行きますよティム、不愉快です」

 フューリーは僕の手を取り、この場から去ろうとした。なんで?


『マスター、イチャコラするのは構いませんがイビルドラゴンを回収してください。こんなところに放置してアンデッド化されたら厄介です』

『イチャコラなんかしてないって!』

『あ、はい』

 

 ……なんなんだろう。


「フューリー、ちょっと待って」

 とにかく僕はコーディネーターの助言に従い、イビルドラゴンを仮想空間に放り込んだ。


「「「「「いっ!?」」」」」


 変な声をあげる冒険者達と驚きの表情を見せるフューリー。


「ティム……今何を? 収納袋に入らない大きさだったと思うのですが」

「仮想空間だよ。僕のはちょっと特殊なんだ」

「そうですか……まあ、いいです。とにかく行きましょう」


 納得してなさそうな感じだったけど、フューリーは再び僕の手を取り、フィーレンと反対方向にスタスタを歩き出した。


 しばらく経ってもフューリーは無言のままだった。

 でも、僕の手は離さなかった。


 ……初恋の相手。

 1番身近だった異性。

 疎ましく思われている相手。

 そんな彼女に手をとられ、とても複雑な気分で、僕からは何も言い出せなかった。

 

 ——結局、水場まで来てようやく彼女と向き合った。


「ティム、言いたいことも、聞きたいことも山程あります。邪魔者もいないのでとことん付き合ってもらいますよ!」

 強い口調で話すフューリー。

 邪魔者って……ジェスカさんの事だろうか。


「いいですね!」

 僕は「……はい」と答えることしかできなかった。


「ティム……あなたはあんなに戦えたのに、なぜ実力を隠していたのですか?」

「いや、隠していたわけじゃないよ」

「そうですか。では言い方をかえます。なぜエキスパートでは積極的に戦闘に参加しなかったのですか?」

「パーティーじゃそれぞれの役割を果たすことの方が大切だからってゼイルに言われて、僕はポーターとしての役割りを一生懸命果たしてきたたつもりだけど」

「そうですか……では何故あんなに戦えるのに、ポーターに徹していたのですか?」

「だって、皆んなポーターやりたがらなかったし、他のやつ入れるの嫌だからって、ゼイルに頼まれて」

「ゼイルに頼まれたのですか?」

「うん……僕が仮想空間持ちだから適任だって」

「……あんなに戦えるのに、あなたは嫌じゃなかったのですか?」

「別に、嫌じゃなかったよ。皆んなで成長できるのも嬉しかったし」

「そうですか……」


 少しの間、沈黙が続いた。


「じゃぁ、何故なんですか?」

「何故ってなに?」

「なんで、抜けたのですか」

「……抜けた?」

「なんでエキスパートを抜けたんですか! その圧倒的な力があるからですか?」


 え……僕が抜けた?

 僕は追い出されたんだけど。


「なんで……なんで私に何の相談もなしに、辞めちゃうのよ! 私たちの関係はそんなにも薄っぺらいものだったの!」

 フューリーが感情をあらわにし、瞳に涙を浮かべながら僕を責める。


 どういうことだ……あの時のあの態度、フューリーも承知の上じゃなかったのか。


「……僕は知らない、僕は辞めるなんてひとことも言っていない」

「嘘よっ! ゼイルから聞いたわ! 私とのクエスト前の作戦立案も負担だからゼイルに変わって欲しいって……まだ取り繕うつもりなの?」

「……え」


 いったい何の話だ。


「フューリー誤解だ、僕はそんな話ゼイルにしていないし、思ってもいない」

「だったら何故あなたからそれを話てくれなかったのよ!」

「そんな話になってるなんて知らなかったし」

「知らなかったら、放っておいてもいいの!」

「それはフューリーだって同じだろ。あの日、誰も僕と目も合わせてくれなかった。だから僕は……皆んなゼイルと同じ気持ちなんだと思って」

「それはあなたがもう、放ってほいて欲しいってゼイルに頼んだからでしょ!」

「僕はそんなこと頼んでないし、そんな話もしていない」

「今更そんな言い訳……信じられると思うの?」

「信じてくれなくてもいいけど、これが真実なんだよ!」


 思わずフューリーの肩を掴み声を荒げてしまった。


「……ご、ごめん」

 慌ててフューリーから手を離す。


 しばらく沈黙が続いた。

 そして。

「……本当なの?」

 まだ懐疑的な目をしているがフューリーは幾分か冷静になっていた。


「本当だよ。エキスパートは僕の全てだったし、フューリーと2人で過ごした時間も特別な時間だった……それを自分から手放すなんて」


 込み上げてくるものを抑えきれなくなり目頭が熱くなる。

 

「ゼイルが嘘をついたっていうの?」

「フューリーの話が本当ならね」

「何故、ゼイルがそんな嘘をつかなくてはならないのですか?」

「そんなの僕にも分からないよ」

「……そうですか」

 

 またしばらく沈黙が続いた。

 そして彼女がまた沈黙を破る。


「ティム……私はあなたを信じます」

「……え」


「だから、私もエキスパートを抜けます」

「え——————————っ!」

 

 それは衝撃の発言だった。


「なんで? エキスパートだよ? Sランクだよ? 勿体無いよ?」

 

 フューリーはちょっとムスッとした。


「パーティーは信頼がないと成り立ちません。あなたの話が本当だとしたら、ゼイルは私たちを裏切ったことになります。どんな理由があったとしても、それを知ってパーティーに居続けるなんて私にはできません」


「まあ……それは分かるけど」


「それに……あなたがいないエキスパートに未練はありませんし」

 フューリーがつぶやくように何か言ったけど、聞き取れなかった。


「今なんて?」

「何でもないです!」

 聞き直すと怒られた。


「でもティム、私は理由が知りたいです。ゼイルが何故そんな嘘をついたのか……ティムはどうなのですか?」


 あの時はパーティーメンバー全員に疎ましく思われているものだと思い込んでいた。

 だから、ゼイルが僕を追放した理由についてはそれだと思っていた。

 でも、少なくともフューリーはそうじゃなかった。


「僕も気になる」

「だったら私ともう1度パーティーを組みましょう。そして2人でゼイルに問いただしましょう」

「……え」


「私とじゃ嫌ですか?」

「いや、全然嫌じゃない」

「……よかった」

 また小声で聞き取れなかった。


「では、善は急げと言いますし、早速王都に向かいましょう」


 やる気満々のフューリー。

 だけど流石に今日の今日はキツい。

 ていうか先にギルドに報告だけでも行きたい。


「フューリー、僕、ひとつ依頼を受けて王都からフィーレンに戻ってる途中だったんだ。だから一旦ギルドに報告に行きたいんだけど」

「え……王都から? 昨日、フィーレンで会いませんでしたか?」

「あの後、王都に向かったんだ」

「どうやってです⁉︎ 私もあれから直ぐにフィーレンを発ったのですよ」

「飛行魔法だよ。さっきも使ってただろ」

「……やはり、あれは飛行魔法だったのですね」


 遠い目で僕を見つめるフューリー。


「あの……」


 もじもじするフューリー。


「よければ飛行魔法で私もフィーレンまで……連れていってもらえないでしょうか?」

「えっ……別にいいけど、さっきみたいに抱きかかえないと」

「構わないです」


 更にもじもじするフューリー。

 

 ……察し。


 抱きかかえられるのはあれでも、空の旅に興味があるんだな。


「分かった。行こっか」

「はい!」


 そんなわけで、僕はフューリーとパーティーを再結成し、一旦フィーレンに戻ることになった。

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