第7話 覚悟

 流石に空からフィーレンに入ると目立ち過ぎるという事で、飛行魔法での移動は街の手前までにした。


 フューリーの顔色が少し悪い気がしたけど。


「な……なかなか快適でしたよ!」


 ということなので、顔色の事は突っ込まなかった。


「それにしても飛行魔法といい、さっきの攻撃魔法といい、何処で覚えたのですか?」


 仮想空間の秘密が解禁になったことだし、コーディネーターを紹介した方が早いかな……なんて考えていると。


『故郷のお婆さんに教えてもらったと言えばいいのではないですか』

『……え、コーディネーターを紹介するじゃ駄目なの?』

『さあ……』


 何故かコーディネーターさんはご機嫌ななめのようだ。


「村でとある方に教えていただいたんだよ」


 美しいお姉さんも、お婆さんも幼馴染のフューリーには通用しない。それにとある方なら嘘ではない。


「とある方って誰ですか? そこ隠す必要ありますか? そんな暇ありましたか?」


 時間の止まった世界だったから暇はいくらでもあったけど、的確な突っ込みだ。


「まあ、いいです。話したくなったら話してください」


 色々バレバレなようだけど察してくれていた。


「それよりもティム……少し休憩しませんか?」

「うん」


 やっぱり空の旅はキツかったのかな。

 結構叫んでたし。

 まあ、僕も王都から休みなしで少し疲れていたから正直助かる。


 僕達は木陰で少し休憩することにした。

 彼女と再びこんな穏やかな時間を過ごすことが出来るなんて今朝の僕からしたら思ってもみなかったことだ。


 フューリーの誤解は解けたけど、ラーナとダットンはどうなんだろう。

 やっぱりゼイルに言い包められていたのだろうか。

 そんなことを考えていると。


「聖女様⁉︎」


 さっきの冒険者達が馬車で、通りかかった。


「聖女様……王都の方に向かってなかったか? ていうかいつの間に追い越したんだ」

 驚きの表情を見せる冒険者達。


「これもティムの能力ですよ」

「……そうなのか、どんな能力なんだ?」

「それは秘密です」

 フューリーは悪戯っ子のような笑みを浮かべてそう返した。


「……そ、そうか、それよりティム、さっきはすまなかった。その……命の恩人なのにあんな事言っちまって」


 冒険者達が、ぞろぞろと馬車から降りてきて僕に頭をさげる。

 さっきまであんなに疑っていたのに、この態度の変化はなんなんだろう。


「いや、気にしてないよ。それに皆んなの命を救ったのはフューリーだし、僕はちょっとサポートしただけだよ」


「そんな事ないです! あれはサポートの域を超えていました。私は一部始終見てたんです。ティムさん、本当にありがとうございます」


 見た目的に魔法師の女冒険者が、話に割って入ってきた。

 そうか、彼等の態度が変わったのは彼女に話を聞いたからか。


「分かれば良いのです」

 何故かドヤ顔のフューリーが僕に変わって応えた。

 

「俺たちはフィーレンに戻るけど、聖女様とティムも乗っていくか?」


 馬車の座席にはまだ余裕があったらしく、お言葉に甘えて僕達もフィーレンまで同乗させてもらった。


 フィーレンに到着した僕達は早速ギルドに向かった。


 フューリーと僕が一緒にいる事で、ギルド内が騒つく。


「取り敢えずクエスト完了の報告してくるよ」

「分かりました」


 僕は担当受付嬢ミヒナさんの列に並んだ。


「あれ? ティムさんまだ出発されてなかったのですか?」

「もう行って帰って来ましたよ」

「……へ」

 素っ頓狂な声をあげるミヒナさん。


「またまた、冗談ですよね」

「いえ冗談じゃないです。これをどうぞ」

 ミヒナさんに、アゼス公爵からいただいた受領書を渡した。


「え——————————っ!」


 受領書を受け取ったミヒナさんが大きな声をあげて驚く。


「普通王都までは徒歩で10日程度、馬車で3〜4日程度かかると思うのですが……」

「この人にそんな常識は通用しませんよ」

 何故か向こうで待ってたはずのフューリーが話しに割って入ってきた。


「そうなんですね……って、フューリーさん! 何故ここに! 王都に向かわれたのでは? ていうか何故ティムさんと?」

「まあ、色々あったのです」

「……色々ですか」


 ミヒナさんは色々と理解が追いついていなさそうだ。


「あと、イビルドラゴンと遭遇しました。この近辺での出現例は聞いたことがないので調査団を派遣した方がいいかも知れません」


 続けてフューリーはイビルドラゴンの報告をする。僕ならスルーしてる。この気のまわり方、流石フューリーだ。


「ちょっと待ってください! イビルドラゴン……それって災害級の魔物じゃないですかっ! とりあえずギルド長に報告してきます!」

「あっ、ちょっと」


 フューリーの報告を最後まで聞かず、ミヒナさんはギルド長に報告に行ってしまった。

 ていうか……僕のクエスト完了手続き。


 しばらくしてフューリーと僕は応接室に通された。


「よう、フューリーにティム。ゼイルとはちょこちょこ会うがお前らは久しぶりだな」

「ご無沙汰しています」

「どうもです」


 髭面で筋骨隆々の武骨な彼がフィーレンのギルド長ベイスさん。

 昔は名うての冒険者だったらしい。


「早速本題だがイビルドラゴンの話、詳しく聞かせてくれ、何処で遭遇したんだ? どんな様子だった?」

「場所はこの辺りですね」

 広げられた地図を指差すフューリー。


「げっ、フィーレンの目と鼻の先じゃねーか! それでどんな様子だった? 何処へ向かってた?」

「何処へ向かってたかは分かりませんが、複数のAランクパーティーと交戦中でした」

「なっ、なんだって!」

 テーブルを叩きつけ狼狽するギルド長。


「くっ……流石のAランクパーティーでもイビルドラゴン相手では全滅必至か」

「いえ、全員無事です」

「そうかっ! 全員無事……って」

「「え————————っ!」」


 大きな声をあげて驚くギルド長とミヒナさん。


「イビルドラゴンはティムが倒しましたので」


「「……へ」」


「いや、違うよ僕はトドメを刺しただけで殆ど倒したのはフューリーだよ」


「それはティムが魔法を詠唱する隙を作ってくれたからですし、私の魔力はあれですっからかんになってしまったので、やはりティムが倒したのですよ。それに最後の攻撃魔法は私のホーリーレイより強力でしたよ。あっ、それに今思い返すと無詠唱でしたよね?」


「僕は無詠唱主義なんだ。それに僕のもホーリーレイだったけどフューリーのより威力は劣ってたと思うよ」


「無詠唱主義ってなんですか? 魔法は詠唱するものでしょう? それにあれがホーリーレイだったなんて信じられません。明らかに私のホーリーレイよりも高位な力を感じました」


「な……なあ、異次元な話し合いをしてるところ悪いが、結局イビルドラゴンはどうなったんだ?」


「ティムが」「フューリーが」

「「倒しました!」」


 しばらくの間、沈黙がこの空間を支配した。


「……という事は、危機は去ったと思って良いんだな?」

「それはなんとも……フィーレン近郊でイビルドラゴンの出現例なんて聞いたこと有りませんし、どちらにせよ調査団は派遣した方が良いと思います」


 フューリーの主張は変わらない。


「むう、イビルドラゴンの調査団か……それは命懸けだな」


 頭を抱えるギルド長。


「あのギルド長……よければ僕が調査に行きましょうか?」

「有り難い申し出だがティムの冒険者ランク的に災害級の調査は任せられない」

「それなら私が調査を引き受けます。ちなみにイビルドラゴンの死体はティムが回収してますよ」


「な……なにぃぃぃぃぃぃっ!」

 バンとテーブルを叩いて驚くギルド長。


「ティム、それは本当か?」

「本当です。ここでは手狭なので闘技場でならお見せできます」

「頼めるか?」

「はい」


 僕達は早速闘技場へ向かった。


「フューリー、さっき調査を引き受けてくれるって言ってたけど、お前さんはエキスパートの連中との合流を急いだ方がいいんじゃないのか?」

「その件ですが、私もエキスパートを抜ける事にしました」

「そうか、それならいいんだ……って」

「「え——————————っ!」」


 また声をあげて驚く2人。

 そりゃ、驚くよね。


「本気か?」

「勿論です」

「エキスパートを抜けてどうするんだ?」

「ティムと行動を共にします」


 渋い表情のギルド長。


「あっ、やっぱりお2人がお付き合いしているって噂は本当だったんですね!」


 え、なにそれ。

 そんな噂、知らないけど。

 目を輝かせるミヒナさん。


「マジか! そんな噂があったのか」

「はい、一部の女性冒険者と受付職員の間では有名な話ですよ」


 ……そうだったんだ。


「本当なのか?」

 ギルド長がフューリーに問いかけると。


「そ、そ、そ、そんなわけないじゃないですか!」

 顔を真っ赤にしてバシバシとギルド長を叩くフューリー。


「痛て、痛て、痛てぇっ!」

「私とティムは確かに仲が良いですけどただの幼馴染みです! 今はまだお付き合いしてません!」


 噂を真っ向から否定するフューリー。

 まあ、僕は村時代に振られてるしね。


 そんなやり取りをしている間に闘技場に着いた。

 そして僕は早速イビルドラゴンの死体を取り出した。


「「っっっっっっっっっっっっっっっ⁉︎」」


 変な声を出して驚く2人。


「なあティム……お前さんこいつを何処から取り出したんだ?」

「仮想空間です」

「この大きさ……とても仮想空間に入らないと思うんだが」

「……と言われましても」

「ギルド長、そんなことよりも検分を」


 僕が返答に困っているとフューリーがアシストしてくれた。


「あ……ああ、そうだったな」


 イビルドラゴンを検分する2人。


「なあ、ティム。このイビルドラゴン、ギルドで買い取らせてもらってもいいか?」

「勿論いいですよ」

「ていうか……これを2人で倒したのか」

「ほとんどティムが倒しましたけどね」

「いや、フューリーだよ」

「ティムです」

「フューリーだよ。こいつは闇属性だからフューリーのホーリーレイで致命傷受けてたからね」

「それを言うのだったらティムもホーリーレイを使ったのですよね」

「お前ら、本当に仲が良いなあ」

「「えっ」」


 そんな事を言われると、さっきミヒナさんが言ってた噂もあって変に意識でしてしまう。


「ティム……やっぱりお前の申し出受けさせてくれ」

「申し出?」

「このクラスの魔物……残念ながらフィーレンにお前ら以外に対応出来るものはいない。フューリーと一緒に調査に赴いてくれないか?」


 そうだな。

 最高ランクのゼイル達が不在だもんな。


「もちろん僕はいいですよ」

「私もです」


 僕とフューリーがイビルドラゴンの調査を請け負ったタイミングで。


「ギルド長、大変です! イビルドラゴンが現れました!」

「なにっ!?」

 ギルド職員からとんでもない知らせが。


「これの他にも居たということかっ!」


『マスター……状況的にまずいです』

『え……まずいってどういうこと?』

『敵はイビルドラゴンだけではありません。マスターの世界というところの災害級の闇の魔物が大挙してこの街に押し寄せています』


 ま……まじか。


『おかしいです。この状況はあまりにも不自然です。何者かが介入している可能性が考えられます』

『何者かって?』

『そこまでは分かりません。街の守備はこの女に任せてマスターは原因究明に動いた方が賢明です』


 原因究明って……なんか凄い大役に思えるんだけど。でも、コーディネーターはできない提案はしないって言った。だから今回もきっと。


『今回は、やばいです。最悪の場合は仮想空間に逃げ込んで回避してください』


 そうあまくはなかった。


『分かった。僕がやるしかないんだもんな』


 ていうか、なんでコーディネーターはそんなことまで分かるのだろうか。

 今更ながらコーディネーターについては謎だらけだ。


「フューリー、街に聖属性の結界を張っていくからその維持をお願い!」

「えっ、結界?」

「とりあえず急ごう」


 僕たちは、ギルドを出てフィーレンの街を囲む城壁まで移動した。


「……ティ、ティム……これは」


 そこで目にしたのは、一際大きなイビルドラゴンを先頭に禍々しい瘴気を纏った巨大生物の群れが迫り来る光景だった。


 こんなの、結界魔法でどうにかなるレベルじゃない。


 ていうかいつの間にこんなにも集まったんだ。

 こんな巨大生物の群れが突然現れるなんてあり得ない。


『だからおかしいのです。街を……いえ、世界を救いたいのなら、マスターはあの群れに飛び込み原因を究明してください』


 世界……いきなり規模が大きくなった。

 でも、妥当か。

 こんなのに暴れられたら流石に世界規模の災害になるだろう。

 

『僕は……無事でいられるのかな』

『マスターには仮想空間がありますので、最悪ゾンビ作戦でなんとか凌ぎましょう』


 ゾンビ作戦……その作戦の詳細は知りたくない。


『マスター……覚悟を決めてください』

『……うん』


 せっかくフューリーとも仲直りできたのに……ってそんなこと言っている場合じゃないな。


「フューリー、結界作戦は中止だ。僕は行ってくるから、街の皆んなをお願い」

「え、行くってどこへ?」


 僕は、フューリーに微笑みかけて、飛行魔法で魔物の群れに飛び込んでいった。

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