第8話 人生何が起こるか分からない

 突然現れた巨大生物の群れに、フィーレンの街はパニックに陥っていた。

 あんなのに襲われたら、ひとたまりもないのは誰の目にも明らかだから当然だ。

 きっと王都の騎士団や魔法師団でもアレの進行を止めるのは至難の業だろう。

 ぶっちゃけ、今からじゃ街を放棄して逃げることすら怪しいレベルだ。


 絶望的状況とはこの事だ。


 なのに僕は落ち着いていた。

 絶望感溢れる死地に自ら身を投じようとしているのに恐怖を感じる事もなく冷静だった。


『精神耐性を鍛えておいて良かったですね』

『……う、うん』

『あまり、恩恵を感じていないようですね』

『この状況に恐怖を感じないのもどうかと思ってね……』

『仰りたい事も分かりますが、恐怖で冷静な判断が出来なくなると、助かるものも助かりません』

『まあ……そうなんだろうけど』


 そもそもこの状況で助かるなんて目があるのだろうか。


『それに、あの女に振られた時も、役立ちましたよね』

『確かにそうだったよね!』


 無理——って叫びながら逃げられたんだ。

 こんな時に嫌な記憶を……。


『まあ大丈夫ですよ。最悪マスターにはゾンビ作戦がありますので死ぬことはないですよ』

『あはは……』


 その作戦はある意味死ぬより辛い気がする。


 魔物の群れに近付いた僕はある不可解な事実に気付く。

 魔物の群れはフィーレンを目指しているように見えたが、一定の距離をとって待機していた。

 迫り来るように見えたのは後続が集まって来ているのと、イビルドラゴンが翼を羽ばたかせ、空中で待機していたからだ。

 何の為にそんな事をしているのかは分からないが、通常魔物はそんな行動を取らない。むしろ災害級の魔物がこんなにも集まるなんてこともあり得ない。

 しかも、それが闇属性の魔物ばかりだとなると尚更だ。

 これで誰かが糸を引いていないとしたら、逆にびっくりだ。

 

「ねえ君」


 そんなことを考えていたタイミングで空に居るというのに何処からとなく声を掛けられた。


「そこの君だよ、君」


 どこのだよ。


『マスター、上です』


 視線を上にやると銀髪の中性的な美少年? が僕より更に上空にいてこちらを見下ろしていた。


「あは、やっと気付いてくれたね」

 無邪気に笑う少年。


 こんなところに居るなんて。


「君は一体何者だ……」

「ねえ君、僕のイビルドラゴンが誰かに倒されたんだけど、誰が倒したか知らない?」

 僕の質問をガン無視して自分が質問する少年。


 僕のイビルドラゴンって、さっきのやつか。

 フューリーの手柄を横取りするようで気が引けるけど。

 話がややこしくなりそうだから「僕が倒した」と答えておいた。


「ふーんそうなんだ……君、強そうには見えないのにね」

 満面の笑みを浮かべながらディスってくる少年。

 物腰は柔らかいけど結構失礼なヤツだ。


「まあ、いいや。君が倒したって言うのなら、その証拠を見せてよ」


 証拠か。

 死体は闘技場に置いてきたし、ギルドに売却してしまった。


「ねー、あそこにいるイビルドラゴンを倒してみてよ」


 群れの先頭にいるドラゴンを指差す。

 どうやら証拠というよりは本当に倒したのか証明してみろってことみたいだ。


「おいで」


 少年が呼ぶとイビルドラゴンはこちらに向かってきた。

 それにしても……でかい。

 コーディネータが、さっきのは幼体だって言ってたのも頷ける。


「僕が倒したのってこんなに大きくなかったんだけど……」

 さっき倒したイビルドラゴンの優に倍はある大きさだ。


「あはは、細かい事を気にするんだね。そんなの誤差だよ」


 絶対に誤差じゃないからね。


「まあ、その間は特別に他の子達には手出しさせないからさ、頑張ってよ」


 それは助かるけど……これと戦うのか。

 っていうか、この魔物の群れはこの子が操ってるの?


「期待してるよ。僕を楽しませてね」


 イビルドラゴンとの戦いで楽しませろとか……笑顔で恐ろしいことを言ってのける少年。一体何者なんだ。


「戦闘開始だよ!」


 少年の合図と共にイビルドラゴンはブレスの発射態勢に入った。

 のっけから大ピンチ!

 避けることは簡単だけど……これを避けるとフィーレンに直撃してしまう。

 やっぱり結界を張っておくべきだったか。


『結界などこの魔力量の前には意味を成しません』


 そこまでなのか。


『魔力分解です。ドラゴンのブレスは魔法の構成と同じです』

『ま、まじですかっ!』


 コーディネーターのアドバイスに従い僕は早速イビルドラゴンに魔力分解を仕掛ける。

 するとコーディネーターの言う通り、ブレスは発射されることなく消滅した。


「えっ? なんで? 何をやったの?」

 驚きの表情を浮かべる少年。


『マスター、ここは一気にたたみ掛けましょう』

『もちろんだよ!』


 少年とイビルドラゴンが戸惑っている隙に反撃に移る。


「インフィニットホーリーソード!」


 インフィニットホーリーソードは上級聖属性魔法で、無数の聖剣を召喚し対象を切り刻む、かなり無慈悲な魔法だ。

 しかしドラゴンの鱗は想像を絶する硬さだとゼイルから聞いている。

 いくら聖剣とはいえダメージが通るかは分からない。だけど、次に放つ予定のホーリーレイの牽制にはなるだろう。


 なんて思っていたけど。


「ギュォォォォォォォォォォォォォォォッ!」


 断末魔の叫びをあげ、イビルドラゴンはあっさりと沈黙した。


「え————————————っ!」

 大声をあげて驚く少年。


 ていうか、イビルドラゴンってこんなにも弱かったっけ?

 幼体ですらフューリーの最上級聖属性魔法ホーリーレイを耐えたんだよ?


「君、凄いね!」

「えっ!」

 拍手をしながら少年は突然僕の眼前に移動してきた。

 どうやったのか全く分からなかった。


「ふ〜ん」

 少し離れて、舐め回すように視線を上下させて僕を見る少年。


「冴えない顔なのに……人は見かけによらないものなんだね」

『ぷっ』


 冴えない顔……余計なお世話だ。

 コーディネーターが笑った気がしたけど気のせいだろうか。


「ていうか、君は何者なんだ? 何故イビルドラゴンを操れるんだ? 他の災害級の魔物も君が使役しているのか? 何が目的なんだ?」


 きょとんとした顔でこちらを見つめる少年。


「質問が多いね……でもいいよ。イビルドラゴンに勝てたご褒美に特別に教えてあげるよ」


 えっ、うそ……さっきガン無視されたから全く期待してなかったけど、言ってみるもんだ。


「その前に、君の名前は?」

「僕はティムだ」

「ティムっていうんだ。呼びやすくて良い名前だね」

「それは、どうも」

「僕はロキ。君たちの世界で言うところの神だよ」


 え……神?

 神って……神様?


「イビルドラゴンもあの子達も僕の下僕だよ」


 神と神の下僕……なら、僕が悪者ってこと?


「目的はね、特にないんだけど」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべるロキ。


「強いて言えばストレス発散かな」


 ストレス発散……意外な答えが返ってきた。


「ストレス発散って、なんで?」

「この子達を引き連れて人間の街に行ったら、皆んな必死になって逃げるでしょ? なんかそれ見てると胸がスッとするんだよね」


 相当ストレスが溜まってるか本格的にヤバいやつだな。


「それって、悪趣味だよ。やめた方がいいと思うけど」

「え……本当? 悪趣味なの?」

「うん」

 神の感覚はわからないけど、少なくとも人類からすればそうだ。


「じゃぁ……やめようかな」


 えっ、マジで?


「本当にやめてくれるの?」

「そうだね、悪趣味って言われてまで続けるのもちょっと……って思うし」


 神様も悪趣味だと思われるのは嫌なのか。


「ねえティム、君が僕のストレス発散を手伝ってくれるなら、これからもそんなことやらないし、今すぐあの子達も解散させてあげるよ」


 願ってもない申し出だけど。


「手伝うって何を?」

「何って、もちろんバトルだよ! 暴れてストレス発散!」


 なんかそんな気はしてました。


『マスター受けましょう。神が相手でもマスターにはゾンビ作戦があります』


 やけにゾンビ作戦を推すなぁ。

 とはいえ、災害級を相手にしなくて済んだだけでも儲けものだ。


「分かった」

「さっすがティム! やったね!」


 満面の笑みを浮かべて喜ぶロキ。

 こうやっていると普通の少年……いや普通の美少年にしか見えないけど、本当に神様なのだろうか。


「じゃぁ、あの子達を解散させるからちょっと待ってね」

 そういってロキが指をパチンと鳴らすと、災害級の魔物の群れは忽然と姿を消した。

 どこに消えたんだろう。


「さあティム、はじめようよ!」


 はじめようって言われても、バトルをする習慣なんてないから作法が分からない。


『何も考えずにぶん殴ればいいのですよ』

『え……そうなの?』


 コーディネーターさんにしては乱暴なアドバイスだ。


『ほら、来ますよ。身体強化と防御魔法』

『え、まじで』


 ロキはいかにもパンチを打ちますよってモーションで、僕に突っ込んで来た。

 普通、こんな大きなモーションをされたら避けるのは容易だけど、そうはいかなかった。


「くぅっ!」


 速さの次元が違い過ぎたからだ。

 避けるなんて到底不可能だった。

 その威力も身体強化最大と最上級防御魔法を合わせて、やっと受けきれるレベルだ。

 このパンチ……もし普通に喰らったら僕は消滅してしまうかもしれない。


「ティム! 君やっぱり凄いよ! 僕の全力のパンチを受け止めるなんて」


 ロキは攻撃の手を緩めなかった。

 嬉々として僕を殴り続けた。

 一撃一撃が重くて、それを受け止めるたびに轟音が響き、大気が震える。

 このままだと、魔力切れになると同時に逝ってしまう。

 何か糸口を掴まないと。

 

 なんて考えてはいたけれど、全く糸口が掴めなかった。そして、しばらく亀のように身を固め耐え忍んでいる間に攻撃が止んだ。


「……ハァ、ハァ、ハァ」

 

 肩で息をするロキ。


「ねえティム……君の魔力ってば、どうなってるの?」

「え、僕の魔力?」

「殴っても殴っても、シールド弱まらないじゃん!」


 まあ、確かに感覚的にまだまだ魔力には余裕がある。


「まだまだ、魔力は余裕があるんで」

「え——————っ! 何そのチート! 反則じゃん!」


 チートってなんだろう。


「まぁ、いいや。こんだけ全力で暴れたらスッキリしたよ! ありがとうねティム」

「どういたしまして」


 亀のように身を固めていただけだけど、満足していただけたようだ。


「じゃぁ、僕は帰るよ。また三百年ぐらいしたら遊びにくるから、その時はよろしくね」


 三百年って。


「多分その頃には僕、死んでます。僕人間なんで」

「へ?」


 素っ頓狂は声をあげるロキ。


「それ本当? 君のさっきの魔法といい、君から感じる魔力といい僕たち側だと思うんだけど?」


 僕たち側。

 なんのことだ。


「まあ、いいや。とりあえず近いうちにまた会いにくるよ。じゃね〜」


 色々聞きたかったけど、ロキはモヤっとさせるだけさせて目の前からいなくなった。

 また近いうちに会いにくるって言ってたから、その時に聞けばいいか。


 ていうかイビルドラゴンを倒したやつを探していたり、僕とイビルドラゴンを戦わせたり。

 行動に一貫性のないやつだったな。


『神は退屈なのですよ。きっと娯楽を求めてふらっと立ち寄っただけですよ』

『そうなの?』

『おそらく』


 神の事情まで知る、コーディネータさんの博識っぷりにも驚きだ。


「よし」


 一応の危機は去った事だし、とりあえず僕は、フューリーと別れた城壁に向かった。

 世界を救うなんて話になったから、結構な覚悟を決めてきたけど、案外あっさり解決して、何だか肩透かしをくらったみたいだ。

 

 城壁にはフューリーの他にギルド長や、沢山の冒険者が集まっていた。


 皆んな呆然と僕を見つめていた。


 だけど、フューリーだけは瞳に涙を浮かべて僕を見つめていた。


「ただいま」

 僕はフューリーの前に着地した。


「おかえりなさい」

 フューリーは勢いよく僕に抱きついてきた。

 一瞬ドキッとしたけど、フューリーのこの行為は恋愛感情ではないって分かっている。仲間を心配しての行為だ。

 落ち着くんだ。


 でも、こんなにも涙を流すほど心配してもらえるのは素直に嬉しい。


「なあティム、イチャコラしてるところ悪いんだが、災害級の魔物の群れはどうなったんだ? イビルドラゴンと戦っていたところまでは把握しているんだが……」


 そんな感動的なシーンに水を差すようにギルド長が声を掛けてくる。


「イビルドラゴンは倒しました」

「マジかっ!」


 周りが騒つきだす。


「誰だよティムが雑魚だなんて言ったヤツ」

「イビルドラゴンを倒すとか、化け物じゃねーかよ」

「ゼイルより凄いんじゃねーか?」

「もしかしてエキスパートの功績ってティムがいたからじゃないのか?」


 そんな声まで聞こえてきた。

 そんな事はないからね。

 ゼイルの剣聖スキルは本当にヤバいから。油断すると精神耐性のある僕ですら彼の威圧にやられてしまうほどだし。


「イビルドラゴンは分かったが、他の災害級の魔物はどうなったんだ?」

「なんかロキって神様がいて、話し合いで解決できました」

「ロ……ロキだと⁉︎  あの悪神ロキか⁉︎」

「悪神ロキ?」

「まさかフィーレンにいて悪神ロキを知らないのか?」


 僕、フィーレン出身じゃないんで。


「……知りません」


 大きくため息を吐くギルド長。


「昔フィーレンが王都だった事は知ってるよな?」


 まあ、それは流石に。


「知ってます」

「王都が今のロンドニアに遷都する事になった元凶が悪神ロキなんだ」


 あ……もしかしてロキが皆んな必死になって逃げるとか言ってたやつか。


「三百年も前の事だから、詳しいことは分からんが悪神ロキの名前は伝承として残っている」


 そうだったんだ。


「まあ、何にせよ……フィーレンはお前さんに救われたわけだ。ありがとうティム!」


 ギルド長が僕に頭を下げると、城壁にいた冒険者や衛兵たちも続いて頭を下げた。


「英雄ティム、万歳!」


 何処からとなく、過剰に僕を讃える声が聞こえてくると、それはやがて街全体に広がっていった。


 流石にこれは想定外だった。


『良かったじゃないですかマスター』

『いや、ここまでされると、逆になんか』

『冴えない顔の英雄さん……ぷっ』


 やっぱりあの時コーディネーターが笑っていたのか。


 まあ、皆んな喜んでるからいっか。


 ——昨日まで無能だと蔑まれていた僕だけど、今日は英雄として讃えられている。


 人生何が起こるか分からないもんだ。


 その光景を見て、何故かフューリーがドヤ顔になっていたのが印象的だった。

 


 ————


 【あとがき】

 

 この話で一旦の一区切りになります。


 書き溜めていた分がなくなりましたので

 次回投稿までに少しお時間をいただくと思います。

 

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 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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