第10話 色んな意味で
ファングボアに襲撃を受け、後片付けなんかもあって大変な時だというのに宿場町の皆様は僕たちの為に宴会を開いてくれた。
「ティム様、もっと遠慮なく飲んでくださいね!」
「ティム様、これも美味しいですよ!」
「ありがとうございます」
お酒も料理も次々に勧められる。
結構いただいているんだけどね。
「ティム様! 本当に感謝しております! あの傷ではもうダメかと諦めていたのですが」
「ティム様のおかげで明日からも元気で働くことができます!」
「ティム様の治癒魔法のおかげで何だか以前より体調が良くなった気がします!」
そしてひっきりなしに町民達がお礼に訪れた。
「聖女様もありがとうございます!」
そしてついで感溢れる『聖女様も』発言にフューリーが複雑な表情を浮かべていた。
やめてあげて!
——翌日、僕はレイニャさんにファングボアが本来生息する森の調査をしたいと提案した。
「ティム殿……流石にそれは人が良すぎないか? 町が王都、もしくは冒険者ギルドに調査を依頼するのが筋ではないか?」
「いや、でもこのまま放置するのは流石に気になるっていうか」
「私も同意見です!」
フューリーは僕の意見に賛同してくれた。
こんな事、皆んなには言えないけど、放っておけないというよりは何か胸騒ぎがするんだよな。
レイニャさんは少し思案して。
「分かった。どのみち今日は我々も街の片付けを手伝うつもりだったしな」
僕の提案をあっさり受け入れてくれた。
釘を刺したのは立場上の建前だったのかな。
「彼らは我々守るべき王国の民だからな。森の調査は王国軍からギルドへの依頼とさせてもらうよ」
なんて言いながらも依頼書は既に準備されていた。
どうやらレイニャさんも最初からその気だったようだ。
レイニャさんも付いてくると息巻いていたけど、兵達に現場の指揮を取って貰わないと困ると引き止められ、渋々町の後片付けの指揮を取ることになった。
まあ、まだ調査段階だしね。
それに王国軍からギルドへの依頼なのに、その隊長が付いて来ちゃったら意味がないよね。
その代わりといってはなんだけど、町の警備兵が2人道案内役として付いて来てくれることになった。
僕たちは早速森の調査へ向かった。
いつもの様子が分からないから、いつもと違うかは分からないけど、なんかやっぱり異質な空気を感じる。
「何か空気が重いですね」
「……うん」
それはフューリーも同じようで森に入ってからずっと緊張の面持ちだ。
「……おかしいですね」
しばらく進むと警備兵の一人がそう言った。
「おかしいって、どういうことでしょうか?」
何がおかしいのか尋ねてみると。
「結構な距離を進んできたのに、魔物に一回も遭遇してないってのは不自然です」
とのことだった。
「それは、昨日殆どのラッシュボアが町を襲ったからではないのですか?」
フューリーがそう尋ねると。
「ラッシュボアがいないのはそうかもしれませんが、他の魔物も一匹もいないってのは」
なるほど。
「フューリー、索敵魔法を使ってみるから、ちょっと周囲の警戒を任せてもいいかな?」
「……それは、構わないですけど」
遠い目で僕を見るフューリー。
「ティムは何でも出来ちゃうのですね……」
何でもってほど、何でもは出来ないと思うんだけど。
まあ、気を取り直して索敵魔法を使った。
索敵範囲の半径を徐々に広げていく感じで魔法を展開する。
うん、冒険者としての経験則だけどこれは明らかにおかしい。
ゼロではないけど……流石に魔物が少な過ぎる。
更に範囲を広げると森の奥の方に、強い魔力反応が群れをなしていた。
「こっちの方角に強い魔力反応が集まってる」
「「「えっ」」」
そしてその中に一際強い魔力反応が。
この強さは……あのイビルドラゴンに匹敵するんじゃないか?
『マスター……これはあの時ロキが引き連れていた災害級の魔物ですね』
『え……何でこんなところに?』
『推測の域を出ませんのでコメントを差し控えさせていただきます』
『え……なんで?』
『言葉通りです』
……色んな意味でまさかの展開。
しかし、あの時の災害級の魔物がこんなところに居るなんて。
「一匹やばいのがいます。多分災害級ぐらいのやつが」
推測の域を出ないということで皆んなにはやんわりと報告しておいた。
「「えっ!」」
「どうしてそんな奴が何故この森に!?」
腰を抜かさんばかりの勢いで驚く2人の警備兵。
「もしかして、この間のフューレンの件が関係あるのかも知れませんね」
流石はフューリー。
核心をついている。
僕よりも全然冷静な判断だ。
だけどその表情から不安の色は隠せない。
「ど……どうされるんですか?」
「……引き上げますよね?」
まあ、当然の反応だ。
だけど、ここでこれを放置すると町を放棄して全住民避難することにつながる。
「お2人はこのまま引き返して、レイニャさんにこのことを報告していただけないですか?」
「ティム様と、聖女様はどうされるのですか?」
「僕たちはもう少し詳しく調べてみます。いいよねフューリー?」
「……もちろんよ」
「いやでも、町の恩人の2人を置いていくようなことは……私たちも付いていきます!」
かなり無理しているのだろうけど、付いて来てくれるという警備兵達。
「大丈夫ですよ。私もティムもこの手の修羅場はくぐり抜けてきたので」
確かにね。
ただ2人じゃなくて5人だったけど。
まあそんなわけで、警備兵2人とはここで別れて、僕とフューリーは、強い魔力反応が集まる方を目指した。
「あ、フューリーちょっとまって」
「何かありましたか?」
訝しむフューリー。
「隠蔽魔法を掛けておくね。これで先にこっちから手を出さない限り認知されることはないと思うよ」
「隠蔽魔法!? なんですかその便利な魔法は?」
驚きの表情を浮かべるフューリー。
隠蔽魔法知らないのかな?
「パーティメンバー以外に認識されなくなる魔法だよ。エキスパートの時も使ってたよ?」
「そうだったのですね……だから、大物が相手でも大体の場面で私たちは先制攻撃できていたのですね」
「うーん、それはきっと皆んなの実力だと思うよ」
「……そういうのは、いいです」
嘘じゃないのにな。
僕としては雑魚とのエンカウントを減らす目的で使ってただけだし。
まじまじと僕の顔を見つめるフューリー。
「ティムは一体どれだけの魔法が使えるのですか? いつの間に覚えたのですか?」
コーディネーター曰く、一応現存する全ての魔法を教えたとのことだけど。
「また、それは今度詳しく話すよ」
「……そうですか、分かりました」
口では分かりましたなんて言いながらも、憮然とした態度のフューリー。
簡単には説明できないんだよね。
2人っきりのパーティーメンバーなわけだし、本当に今度ゆっくり時間を取ってちゃんと話すから許してね。
『2人っきりね……そう言えばいんですよ』
『えっ? なに?』
『何でもありません。独り言です。ふん』
どうやらコーディネーターさんまで不機嫌になってしまったようだ。
……なんでだろう。
まあ、でも今はそれどころではない。
気を取り直して、強い魔力反応の元に近づいていく。
そして魔力反応の元へ辿り着いた僕達はとんでもないものを目にする。
3つの頭を持つ、漆黒の巨大な魔獣に、ひとつ目のドワーフのような体躯の小鬼がそいつを取り巻くように群がっていた。
「あれは……ケルベロスとガストじゃないでしょうか」
「ケルベロスとガスト?」
「冥府に存在すると言われている魔物です。私も実際に見たのは初めてですが、伝え聞く特徴と一致します」
魔力も見た目もやばいけど、説明を聞くともっとやばい気がしてきた。
「どうしよう……こんなの下手に手出ししちゃっていいのかな?」
「そんなの、私に分かるわけないじゃないですか」
ですよね。
ていうか胸騒ぎの正体はこれだったのか。
僕の第六感もなかなかのものだ。
フューリーにホリーレイでケルベロスに攻撃してもらって、僕はインフィニットホーリーソードでガストを一掃する。
フューリーは詠唱が必要だから、何か合図してもらわないとタイミングが合わせられないな。
ていうか、こんな時ぐらい無詠唱でやってくれないのかな。
なんて考えていると。
「「「ワォォォォォォォォン!」」」
突然ケルベロスが遠吠えし6つの目とバッチリ目が合った。
まさかバレた?
隠蔽魔法が掛かってたんだよ?
『マスター、匂いです。犬ころは鼻が効きますから』
なんと!
隠蔽魔法でも匂いは隠せないのか。
『マスター切り替えて下さい。来ますよ』
『分かった!』
ケルベロスは地響きをたてながら突進してくる。
デカいからゆっくりに見えるけど超スピードで超迫力だ。
「フューリーごめん!」
「にゃっ」
僕はフューリーを片腕で抱き抱え、空に回避する。
それに気付いたケルベロスは口から火の玉を吐き攻撃してきた。
息つく暇もないとはこの事か。
火の玉を回避すると三つの頭で火の玉をつるべ打ちしてくるケルベロス。
「にゅおっ!」
そして回避する度に変な声を発するフューリー。
このままじゃ、マズいな。
僕は一旦体勢を立て直す為、更に上空へ逃れた。
「ごめんねフューリー、なんか匂いでバレたみたいなんだ」
「……そうですか……それは構いませんが何処を掴んでいるのですか」
「え」
僕は回避するどさくさで、フューリーの胸をモロに掴んでいた。
「ち、違うんだ! これはワザとじゃなくて!」
「……分かってます」
だからといって空中で抱え直すのは危険だ。
「あの……大変申し訳にくいんだけど、危ないから、もう少しこのままで我慢して」
「……はい」
色んな意味でピンチだ。
だけどこれはチャンスでもある。
色んな意味で。
「フューリー、ホーリーレイをケルベロスに放ってもらってもいいかな?」
「こ……こんな状態で詠唱しろと?」
「別に詠唱しなくても……」
「詠唱無しでどうやって魔法を放つというのですか⁉︎」
ややキレ気味のフューリー。
「まあ、いいです。やってやりますよ!」
そしてフューリーは詠唱を開始する。
どうしよう。タイミングを決めてなかった。
『魔法は詠唱が終わればいつでも放つことができます。なのでその女の詠唱が終わったタイミングで降下すれば大丈夫です』
『えっ、そうなの?』
いつもながらコーディネーターさんが博識で助かります。
……でも今のコーディネーターの言い方だと魔法は詠唱するものだとも取れる。
まあ、今はそれを気にしている場合じゃないか。
僕はフューリーが詠唱を終えたタイミングで降下を開始した。
「フューリー! 今だ!」
「ホーリーレイ!」
フューリーがホーリーレイを放ったタイミングから少し遅らせて、僕はインフィニットホーリーソード放った。
その刹那、凄まじい光の波動が衝撃波のように広がった。
それに少し遅れて聖なる光が辺り一面に広がる。
2つの聖属性魔法がミックスされた影響だろうか。
やばい……見渡す限り視界が真っ白で、何も見えない。
今攻撃されたら確実に食らってしまう。
僕はもう一度上空に向かい、光が収束するのを待つことにした。
上空から見るとその光景はかなりヤバかった。
見渡す限り真っ白な世界が広がっていた。
これって……やばくない?
「……ティム、これはどういうこと?」
「分かんない、フューリーの後にインフィニットホーリーソード放っただけなんだけど」
「何ですか? その、インフィニットホーリーソードって」
「なにって……聖属性魔法のだけど」
「そんな魔法、私は知りません」
「えっ」
聖属性魔法スキル持ちのフューリーが知らない?
一体どういう事だ。
「光がマシになってきましたね」
「あ、うん」
そんな話をしている間に光が収束し、少しずつ視界が戻ってきた。
とりあえず僕は、索敵魔法でケルベロスとガストの魔力反応を確認した。
「消えましたね」
「消えている」
「「えっ?」」
「あっ、僕はケルベロスとガストの魔力反応ね」
「私はさっきの光です」
似たような言葉でタイミングが被ってしまうとわけが分からなくってしまう事ってあるよね。
そんなことより諸々一旦置いておいて、警戒しつつ僕たちは地上に降下した。
地上に降りると、ケルベロスもガストも息絶えていた。そして森の重たい空気もすっかりなくなっていた。
でも、まだ胸騒ぎはおさまらない。
「ティム……」
「うん?」
「……あなたは……あなたは一体いつまで私の胸を掴んでいるつもりなのですか!」
「あ……」
「ぱち————ん!」
顔を真っ赤にしたフューリーに一発いいのをもらった。
そして胸騒ぎはすっかりおさまった。
僕の第六感もなかなかなものだ。
とりあえず……ごめんねフューリー。
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