カミサマはアンドゥを知らない
泡野瑤子
カミサマはアンドゥを知らない
君はカミサマを信じるかい?
信じる。信じない。都合の良いときだけ信じる。
この質問をしたとき、返ってくる答えは人によってさまざまだ。
でも、僕が「違う違う、『神様』じゃなくて『紙様』だよ」と宙に字を書きながら付け加えると、みんな怪訝な顔をする。つまりは「何言ってんだコイツ」という顔をするわけだ。
そうして「ああ、コイツは頭がへんなんだな」と勝手に納得して、あとは光を宿さない目と乾いた声で相槌を打つだけのロボットみたいになる。
僕はそれがとても悲しいので、今日は君たちに「紙様」のことを知ってもらいたいと思う。
そもそも君たちは、カミサマに対して高望みをしすぎなのだ。
まず、カミサマは「紙様」であって、全知全能の「神様」などではない。混沌からこの世界を作っただなんて、紙様が聞いたらびっくりするだろう。
はじめにあったのは混沌ではなく、画用紙だった。ほかにあったのは鉛筆と消しゴムとコンパス、それだけだ。
紙様は、ほかにすることもなかったのでとりあえず世界でも創ってみようかと思い、まず画用紙にコンパスできれいな
せっかく創るなら、かっこよくて美しい世界を創りたいものだ。紙様は○の中に、鉛筆で空と海と山と川と森と草原と、太陽と月と星と、咲き乱れる美しい花々と、個性豊かな動物たちを描いた。画用紙の上に楽園ができあがった。鉛筆はただのHBだったけれど、紙様の手にかかればどんな色でも生み出すことができたのだ。
ここまでの出来栄えに、まず紙様は満足した。
最後の仕上げとして、紙様は世界に自分に似せた仲間を創ることにした。
そう、人間だ。
紙様はとにかくかっこよくて美しい人間を創ろうと思い、思いつく限りの最強設定盛り盛りで、賢くて強い美男美女をたくさん描いた。「自分に似せた」とはいうが、もはや美化千パーセントと言っていい。
これが「第一の人間」だ。紙様は、たぶんちょっとした厨二病だったんじゃないかと思う。
ところがこの第一の人間は、見た目こそ美しかったが、心の中は少しも美しくなかった。
第一の人間たちは美しい世界をすべて自分のものにしようと欲張って争い合い、そのためだけに己の賢さと強さを使った。恐ろしい殺戮兵器が次々と生み出され、山を崩して海を汚し、花を焼き払って動物たちを殺した。
紙様は、第一の人間がとんだ失敗作だったことに気づいてがっかりし、描いた世界ごと消しゴムをかけてきれいさっぱり消してしまった。
画用紙の表面がちょっとだけ荒れた。
紙様は、やっぱりほかにすることもなかったので、もう一度世界を創り直すことにした。
先ほどと同じ場所に、コンパスの針を刺して円を描く。少し穴が広がった。
楽園もイチから描き直しだ。一度描いたものを消した画用紙は、表面がでこぼこして描きにくいが、ほかの画用紙がないので仕方ない。
紙様は根気強く取り組んで、再び楽園を創り出した。最初に描いたのよりも少し見劣りするが、それでもなかなかよく描けたもんだと紙様は納得した。
最後の仕上げとして、紙様はやっぱり世界に自分に似せた仲間を創ることにした。
そう、人間だ。
第一の人間と同じ轍は踏まないぞ、と紙様は強く誓った。だから見た目と能力はそこそこに、とにかく心が美しい人間を創ろうと心がけた。これが「第二の人間」だ。美しい心とは、平和主義、博愛主義、自己犠牲の精神、自然を愛する心……などのことだと思うが、僕はあまり心が美しくないので、詳しくは分からない。
ところがこの第二の人間は、美しすぎる心が仇になった。
動物が可哀想だからと食べることができず、自然を愛しすぎて山を掘り返すこともできず、たいして文明を発展させることもなく細々と生活をしているうちに、ほかの獣の餌食になったり飢えに耐えられなかったりしてあっさり滅んでしまった。
紙様は、第二の人間もやっぱり失敗作だったことに気づいて悲しくなり、描いた世界ごと消しゴムをかけてきれいさっぱり消してしまった。
画用紙の表面がけばけばになった。
紙様は、どう考えてもほかにすることもなかったので、性懲りもなく世界を作り直すことにした。
先ほどと同じ場所にコンパスの針を刺したら、穴が広がって針の根元まで貫通してしまった。
もちろん楽園も描き直しだ。二度描いたものを消した画用紙は、表面がでこぼこでけばけばしてずいぶん描きにくいが、ほかの画用紙がないので仕方ない。
紙様は粘り強く取り組んで、みたび楽園を創り出した。最初に描いたのよりも、二度目に描いたのよりもさらに見劣りするが、まあこれでよしとするかと紙様は妥協した。
最後の仕上げとして、紙様は性懲りもなく世界に自分に似せた仲間を創ることにした。
そう、人間だ。
第一の人間や第二の人間の失敗から学んだことをちゃんと生かそう、と紙様は心に決めた。だから見た目も能力も、心の美しさも全部そこそこの、平たく言えば全然ぱっとしない人間を創った。
というより、そうならざるを得なかったのだ。さすがの紙様もちょっとくたびれてきたので、そこそこ手を抜いて描くしかなかった。週刊のマンガ雑誌を読むと、時には掲載作の中にちょっと描線が乱れていたり背景が白かったりするものもあるだろう。そんなとき僕らは「ああ、〆切がヤバかったんだな」と察する。紙様に〆切はなかったが、たぶんそれと似ている。たぶん。
ともかく、これが「第三の人間」だ。
どうせ今回も失敗作だろうな。
紙様は妥協の産物でしかない第三の人間に、さほど期待をしていなかった。
ところがこの第三の人間、眺めているとなかなか面白いのだ。
第一の人間ほど強くも賢くもなく、第二の人間ほど心優しくもないが、そこそこの知恵とそこそこの思いやりで、争ったり協力したりしながらも、永い永い時間をかけて少しずつ発展してきた。紙様が消しゴムをかけたくなるほどの争いや悲劇を起こすことも何度かあったが、そのたびにどうにかもちこたえて反省し、同じ失敗を繰り返すまいと頑張り続けている。(まるで紙様自身とそっくりだと思わないか?)
さて、もうお気づきかと思うけれど、第三の人間とは君たちのことだ。
君たちは失敗を繰り返しながらも文明を発展させ、科学を発展させていろんな発明をしたね。
特にパソコンというのはすごいなあと僕は思う。僕には絵心はないけれど、パソコンを使えば紙がなくても思い通りに絵が描けるんだろう? 少々失敗しても、「アンドゥ(元に戻す)」で簡単にやり直せるそうじゃないか。
でも、紙様はアンドゥを知らない。もちろん、リドゥも知らない。
君は紙様を信じるかい?
まあ、君が信じようと信じまいと関係ないのだ。君たちが失敗作なのかどうか、紙様はいまも手元で消しゴムを弄びながら見極めようとしているよ。
カミサマはアンドゥを知らない 泡野瑤子 @yokoawano
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