第16話 見捨てられし数多なる記憶

 エルスたちがカルビヨンの〝海賊島〟を訪れていた頃。勇者ロイマンと四人の仲間は、最後の目的地へ向けて、アルティリア王国北部の雪山地帯を進み続けていた。


「サスガに寒くなってきちまっタゼ。魔剣の炎があったケェナ!」


「うぅ……。半裸のバカでも寒いんじゃ、あだじなんて凍っちゃいそう……。さっきの休息地アルカディアで飲んだ〝ペンギンのスープ〟がこひしひぃ……」


 いつもの軽口を叩きながら、ゲルセイルとアイエルが前後に並んで進む。彼らの前方にはハツネの背中が見え、最前列からは炎と蒸気が絶え間なく上がっている。


「ロイマン、大丈夫? いくら貴方あなたでも、魔剣の力を使いすぎよ」


「この程度、問題にならん。最強の〝魔剣ヴェルブレイズ〟と、最高の仲間。すべてのカードがそろったのだ。――あとは突き進むのみ!」


 ハツネの心配をよそに、ロイマンは絶え間なく魔剣を振るう。ごうさらされた雪は一瞬にして、激しい蒸気へと昇華する。


 体力と魔力素マナを大きくしょうもうさせる、激しい除雪ラッセルを続けながら、勇者ロイマンのいっこうは〝最後の目的地〟へと進む。


「〝記憶の遺跡〟か……」


 まだ日中にもかかわらず、周囲は暗闇に包まれている。上空は分厚いゆきぐもおおわれており、向こう側に太陽ソルによって、それうすぼんやりと照らし出されている状態だ。そんな光景をりながら、最後尾を往くラァテルがひとちた。


             *


 変わらぬ景色と陰湿な暗闇の中、どれほどの進行を続けたのか。いつしか空を覆い尽くす雲にも、とうしょくの光が混じりはじめている。この不気味な空間において〝その事実〟だけが、ここを〝世界の一部〟であると示している。


「方角、よし……。もう少しのはずよ」


 手にした方位磁石コンパスを見つめながら、ハツネがロイマンの肩に触れる。


 これは世界の中心点である〝ノインディア皇国〟の位置を指し示す、一般的などうだ。主に船乗りや、未開拓地へと踏み入れる冒険者らは、この〝方位磁石コンパス〟を指針とし、自らが進むべき道を割り出している。


「オイ、アイエル。本当にコンナトコに〝記憶の遺跡〟が在んのカヨ?」


「えー? 今さら聞くぅ? ゲルっちってば、ずっとあたしに冷たいよね!」


「心配いらん、ゲルセイル。あの〝つげしょ〟でも、正確な場所は確認した」


 ロイマンは魔剣を振るいながら、後方に続く若い仲間に声を掛ける。ごっかんの地であるにもかかわらず、彼の額からは絶え間なく汗が流れ落ちている。



「それに、アイエルの情報がなければ、いまだ最初の一歩すらも踏み出せてはいまい? お前が加わってくれたこと、改めて感謝するぞ。――アイエル」


「やっぱしボスはわかってるぅー! ゲルっちと違って、大人の男って感じよね!」


 アイエルは得意げな笑みを浮かべ、続いてゲルセイルに向かって舌を出す。


「ケッ、黙ってリャ可愛いのにヨ! 一言、余計なんだヨナ」


「ふぅーん? ゲルセイルって、が好きなんだ……?」


「アァン?」


 なにか違和感を覚え、再度アイエルの顔へと視線を移す。そこに一切の表情は無く、見開かれたあんしょくの瞳が、ぐにゲルセイルを見つめている。


「ナッ……。ナンダヨ……。いきなり変な顔するンジャネェ……!」


「あっはっは! いまのゲルっちの方が、よっぽど面白かったかも!?」


「フッ。お前たち、そこまでだ。――到着したぞ」


 硬く締まった雪に魔剣を突き立て、ロイマンが額の汗をぬぐう。辿たどいた場所は、雪と暗闇に埋もれたかのような、巨大なひょうかいの前だった。


             *


 は一見すると、何のへんてつもない氷塊。しかし、青くとおったひょうへきには、がくてきもんようが埋め込まれ、時おり〝走る〟かのような金色の光が見える。


 その一角、入口であると思われる箇所には、鎖でがんがらめにされた、しきてっが取り付けられており、場違いなほどの存在感を放っている。


「ナンダコリャ? 氷じゃネエナ。……魔水晶クリスタルか? 馬鹿デケェ」


「ええ……。それに、これほどせいこう魔紋様ルーンまで。……いえ、違う。これは」


あんごうかい!――だっけ? こういうの。……えっと、たぶんっ?」


 目の前の構造物オブジェクトに対する感想を述べながら、仲間たちが驚きや困惑の表情をみせる。そんな仲間たちを横目に、ロイマンは再び魔剣を構え、この入口を封印するにはあまりにも簡素すぎる〝封印〟を解きにかかる。


「ボス」


「ラァテル。下がっていろ。――ぬぅん!」


 振り下ろされた炎の魔剣によって、低温に曝され続けていた鉄扉が、ガラスのように砕け散る。そこに開かれたいびつな入口の中には、魔水晶クリスタルで作られた短い通路と小部屋があり、そこには虹色の光を放つ〝霧〟が立ち込めている。



「うわっ。なーんか、からだに悪そー。これ、入っても大丈夫なのかな」


「ただの〝霧〟じゃネェナ。中からはれてコネェ。これはマジで……」


「ここが知識の海……。ふるき〝世界の記憶〟が眠る場所……。そして――」


 吸い寄せられるかのように〝入口〟へ近づくハツネを、ロイマンの腕が制止する。


「そうだ。〝世界を変える力〟を得られる場所だ」


 冒険者らの間でまことしやかにささやかれていたとぎばなし。あまりにも幼稚で、あまりにもこっけいであるために、を本気で探そうと考える者は、まず居ない。


「ギャッハッハ! スゲェナ、アイエル! ついに俺っちも、オマエを見直したゼ」


「今さら遅い遅いー! ほらねっ? ちゃーんと〝あった〟でしょ!」


「ああ。どこで得た情報であるのかは、――かない約束だったな」


 アイエルが仲間に加わる際にもたらされた情報。それが幻とされる〝記憶の遺跡〟の、正確な場所だった。当初はいっしょうしたロイマンではあったものの、情報の詳細さと彼女の熱意に圧倒され、今回の目的地をへと定めたのだ。



「先に入るぞ。が待ち構えているか、わかったものではないからな」


「はぁーい! 力を得たからって、あたしたちを〝消す〟なんてのはナシねっ!?」


「フッ。俺は、絶対に仲間を裏切らん。――いくぞ」


 仲間たちが見守る中、ロイマンが青く透き通った魔水晶クリスタルの中へと向かう。


 入口は大男のロイマンが立って入れるほどの大きさがあり、穴の周囲には大小のヒビ割れが確認できる。彼は前方に揺蕩たゆたう〝虹〟を見つめ、静かに歩みを進める。


「うっ……。グッ……! グオォ……!?」


 虹色の霧の中。短い通路を抜け、小規模な空間に立ち入った矢先。ロイマンが額を押さえながら、激しくもがきはじめた。仲間たちはあわてて入口へと走り寄るも、それをロイマン自身が身振りと共に制止する。


ッ……。来るな……! これは……、……!?」


「ボス! ナンダヨ、あれはどくぎりだってノカ?」


 ロイマンは自身の頭を押さえ、えるようなさけびを上げる。よだれを流す彼の顔には太い血管が浮かび、完全に白目をいている。


「ロイマン……! ラァテル、待ちなさい!」


 せつじょうくずちたハツネの声を振り切り、ラァテルが一瞬の〝構え〟の後に、ロイマンのもとへと移動する。そこでロイマンの巨体を抱き起こそうとするも――ラァテル自身も〝なにか〟にあらがうかのように、自身の頭部を手でかばう。


「クッ。……なんだ、これは? が俺に話している?」


 ここに渦巻くのは、さいせいしんに〝見捨てられた〟世界と人々の記憶――。かつて、折り重なるように存在していたミストリアスの平行世界。しかし〝やみかご〟たる新世界にのすべては収まりきらず、ここに封印せざるをえなかったのだ。


 喜び、悲しみ、えん、絶望。そして、繁栄と崩壊と誕生と滅亡と。選ばれなかった記憶たちが、新たなる〝器〟を求めてラァテルのからだへと流れ込む。


「フン、くだらん。……俺のからだは、俺のものだ! ショウ――ッ!」


 記憶のほんりゅうを振り払い、ラァテルがロイマンへ向けてこうじゅつを放つ。力を失った巨体は宙を舞い、遺跡の外へと吹き飛ばされてゆく。


「オシッ! いいぞ、ラァテル! オマエも早く戻ってコイ!」


 ロイマンの手当をハツネに任せ、ゲルセイルが仲間へ退避をうながす。しかしラァテルもひざをつき、もんを浮かべながら、自身の額を押さえるのみだ。



「クソッ、ヤベェナ。すぐに引っ張り出してヤル! ウォォォ――ッ!」


「あっ、ちょっとゲルっち! ダメだってば!」


 たけびと共に、ゲルセイルがラァテルの許へとはしりだす。


「ぐおッ!? ナンダ、オメェら! 俺っちにんジャネェ!」


 子供の無邪気な笑い声に、何気ない日常会話の一部。それらを断片的に、極めて無秩序に発しながら、記憶の群れがいっせいにゲルセイルにまとわりついてきた。


「あー、もうっ! 仕方ないんだから」


 ラァテルのそばで力尽きたゲルセイルを見かね、今度はアイエルが遺跡の中へと突入する。そんな彼女の右手には、光り輝く〝円盤〟のようなものが出現している。


「さてっ。――ダウンロード、開始っと!」


 倒れた二人に駆け寄りながら、アイエルが不敵な笑みを浮かべる。そんな彼女の余裕の表情も崩れ、だいまゆと口元に、深いシワを寄せはじめた。


「うぅっ、これは予想以上。しんちょくりつ、二十三パーセント。――重濃霧領域ミストリアルサイド、検索。退避ルート、クリア。転移座標は……、ちょっ!? なんで動いてるのよ!」


 二人の状態を確かめながら、アイエルが遺跡の外へと視線をる。そこでハツネと目が合うも、彼女はアイエルから視線をらし、愛するロイマンへと視線を戻した。


「わりと楽しかったかも。〝愉快な仲間たち〟ごっこ。――平和的高速侵攻ピースフルインベイジョン!」


 そうアイエルが唱えたたん、彼女の周囲の空間が裂け、白く輝く〝転移門ゲート〟が出現した。転移門それは三人を覆い隠し、辺りに光をらす。


「くぅ……。なに、この光……? まさかカレンと同じ……!?」


 その突然の光に、ハツネが再び視線を向けるも――。すでに、遺跡の中に三人の姿はなく、虹色の〝霧〟が揺蕩たゆたい続けるのみだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミストリアンクエスト 幸崎 亮 @ZakiTheLucky

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画