第15話 一時休戦

 海賊団〝テンプテーションズ〟の女団長・ヴィルジナとの武力交渉の末、ついに彼女の力の根源でもある〝じょうヴェルグラシア〟の破壊に成功した。アリサはひざをついたままのヴィルジナから離れ、剣の間合いをくずす。


「ふぅ……。もういいだろッ? 俺らの話を聞いてくれよ」


 エルスは目眩めまいからくるあぶらあせを抑えながら、ヴィルジナに一歩進み寄る。空間内の温度が上昇したことでひょうせつが溶け、足元には浅いみずたまりができている。


「ホホホ、あなどるでないわ! 魔杖の力がなくとも、うぬらなど――」


「勇者さぁぁん! 大変! 大変なんッスよぉぉ!」


 ヴィルジナが口を開いたたん、盛大な水音と共に、入口側の通路からぎょりょうだんのマーカスが飛び出してきた。そのまま彼は両腕を広げ、エルスに向かって突進する。



「うわッ!? 頼むから飛びつくのはやめてくれェ……! 何があったんだよ?」


「バケモノ! バケモノッス! オイラ、さっさと船に戻ろうとしたんスけど、森ん中に、見たこともないようなバケモノがウジャウジャと!」


「マーカス! てめぇ、やっぱりおじづきやがったのか!」


 フェルナンドが右手にカトラスを構えたまま、マーカスを横目ににらみつける。ノーラとドルガドも呆れたような視線を彼へと向け、マルコは地面に座り込んだ状態で、深いためいきをついている。――どうやら彼らも、全員が無事であったようだ。


 それと時を同じくして、奥手側の通路からも、数人の男たちが雪崩なだれんできた。彼らはなまであるらしく、ピンク色をしたそろいのコートを着込んでいる。


「なんじゃ、そうぞうしい。わっぱごときの出る幕ではないぞぇ?」


「す、すいません! ヴィルジナさま、一大事です。あの男が現れまして……」


「しばらく会わんと伝えたはずじゃ。追い返しておくがよい」


 ヴィルジナは折れた魔杖を手にしたまま、〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせる。すると、を見た中年の男が、とんきょうな声をげた。


「ああっ!? ママンの大切な〝杖〟がっ!?」


「ええい、騒ぐでない。この程度の破損ごとき、〝霧〟で元通りになるわ」


 建造物と同様に、大神殿にも認知された〝めいひん〟は〝霧〟によって修復される。祖父ラシードの言葉を思い出すかのように、アリサは自身の〝魔装式大型剣ダインスヴェイン〟を見つめた。



「まッ、まぁ……。まずは落ち着こうぜ? それでマーカス、バケモノッてのは?」


「見たこともないヤツッス! 最初は〝〟だと思ったんスけど、なんか動きが変で……。しかもソイツ、からだじゅう〝目玉だらけ〟だったんッスよぉぉ!」


「ンなッ!? なんだってェ――!?」


 エルスの大絶叫に、一同の視線が彼へと集中する。彼を含め、アリサとニセルも〝それ〟の正体に思い至ったのか、それぞれが反応を示している。


《まさか、異形変異体クリーチャーか? なんだッて、こんなとこに……》


《ふっ。どうやら〝ヤツ〟が、裏で糸を引いているようだな》


《うーん。できれば〝あの人〟には、会いたくないかも》


 ボルモンクさんせい

 誰とは無しに、あんごうつうに〝博士はかせ〟と呼ばれる男の名前がつぶやかれる。



「なぁ、ヴィルジナさん。もしかして、現れた〝男〟ッてのは――」


「そっ、そうだ! 男っ……! ヴィルジナさま! 一大事なんです!」


「落ち着けと言うとろうに。ゆっくりと申してみぃ」


 エルスの言葉をさえぎり、ピンクコートの若い男が、見るからにろうばいした様子をみせる。そして、あるじからの命令を受けた彼は一呼吸を置き、ゆっくりと口を開いた。


「その……。イムニカおじょうさまが、あの博士めに連れ去られました!」


「なっ、なんじゃとぉぉっ!?」


 ヴィルジナの叫びと同時に空間が震え、周囲の水溜りが総毛立つ。


「あのタヌキめぇェ……! いとしの娘にろうぜきを働くとは! 許さぬぞぇ!」


「ひっ!? ひぃぃ……! 怖いよママン! ぼくたちを怒らないでぇ……!」


 治まらぬ空間のれにしりもちをつき、ピンクコートの男たちが、身を寄せ合って震えあがる。エルスはどうにか体勢を保ち、ヴィルジナに詳しい事情をたずねた。


 どうやらくだんの〝博士〟はボルモンク三世で間違いないらしく、ヴィルジナと彼は協力関係にあったらしい。しかし〝ある理由〟によって関係は決裂し、業を煮やしたボルモンクが、強硬手段に打って出たとのことだ。



「ケッ! そんなタヌキ野郎に化かされちゃぁ、キツネ女もザマァねぇな」


「なんじゃとぉ!? この場で貴様を氷漬けに――」


「待った! 船長、ここは俺に任せてくれ。――なぁ、ヴィルジナさん。まずはあんたの娘さんを助け出すのが先決だ。絶対ににならねェからな……」


 かつてクレオールがボルモンクにとらわれた際、危うく彼女は実験台となり、命を落とすところだった。エルスはヴィルジナの目を見つめながら、真剣に話を続ける。


「とにかく早く探さねェと。ボルモンク三世の居場所はわかるのか?」


「わからぬことはないが……。それをいてどうするつもりじゃ?」


「決まってンだろ。助けに行くんだよッ!」


 エルスの言葉に、アリサとニセル以外の全員の口からどよめきがれはじめる。対してアリサは小さくうなずき、ニセルは穏やかに口元を上げている。


「かっかっか! これは傑作じゃ! 今の今まで殺し合っていた相手に、今度は手を貸すじゃと? 勇者とやらは、かくもすいきょうなものよぅ」


「勇者かどうかは関係ねェ。俺らは最初から〝戦い〟に来たワケじゃねェんだ。急がねェと、娘さんが――がアイツの実験台にされちまうぞッ!」


 家族を失う苦しみは、エルス自身も痛いほどに理解している。彼の鬼気迫るようなまなしに圧倒され、ヴィルジナは思わずかたんだ。


「たしかにの言うとおり、一刻を争う事態じゃ。……よかろう、ついてまいれ」


 あるじの言葉に反応し、再び海賊たちがざわつきはじめる。それらを手で制しながら、ヴィルジナが再び口を開く。


「ただし……! これは〝一時休戦〟じゃ。一時的に手を組むだけにすぎぬ」


「ああッ! それで充分だ!……船長、みんな、わりィ」


「構いませんぜ。エルスさんに従うよう、ウチのカシラに言われておりやすんで」


 フェルナンドはカトラスを納め、紳士的にをしてみせる。ノーラが一瞬、げんな表情を見せはしたものの、最終的には仲間らの全員がエルスに同意を示した。


「みんな、ありがとなッ! それじゃ、ヴィルジナさ――」


「うひぃ!? 勇者さん、来たッス! そこっ、バケモノどもが追ってきたッス!」


 マーカスからがった悲鳴に、一同が入口の方へと目をると、そこには闇色をした人型の〝なにか〟の群れが現れていた。それらはからだを不気味にらしながら、周囲の様子を探るかのように、全身に開いた大量の〝目玉〟を動かしている。


「やはり〝異形変異体クリーチャー〟か。――エルス、ここはオレたちに任せて急げ」


「わかった……! 頼んだぜ!」



 ニセルたちにを任せ、エルスとアリサはヴィルジナと共に、アジトの奥へと続く通路へ駆け込んでゆく。そこは海賊たちの居住空間となっているようで、黒い岩肌をくり抜いたような室内に、干された衣類や家具といった生活用品がのぞえている。


「敵襲じゃ! 手すきの者は迎撃へ出よ! そこにおる漁猟団どもには手を出すでないぞ! このせつは〝仲間〟であるとこころぃ!」


 太いろうを走りぬけながら、ヴィルジナがとおった声を張り上げる。


 それにおうするかのように、入り組んだ通路や小部屋からは、ピンクのコートをまとった大勢の男たちが現れ、彼女らとは反対方向へと、いっせいに駆けてゆく。



「わっ、すごい人数。この人たちって、もしかして……」


「小娘よ、さぞうらやましかろう? どれもわらわの魅力にんだ者たちじゃ。――ゆけ! ものどもよ! ほまたかおのは、よいの〝寝室〟に招待してやろうぞぇ?」


 ヴィルジナからのげきれいに、アジト内に割れんばかりの歓声が鳴り響く。


「イエス・マム! うおぉぉぉ! 退きやがれ野郎ども!」


「突撃ィ――ッ! ヴィルジナさまの愛を勝ち取るぞぉぉ!」


「ママン大好きっ! ぼく頑張ってくるからね!」


 人波はさらに勢いを増し、広間へ向かって流れ出てゆく。


「どんだけンだ……。オッサンに、あんちゃんに。ファスティアの大通りみてェだ」


 さかつ男たちを器用にかわし、さらにアジトの奥へと急ぐ。かつて、冒険者の街ファスティアに滞在していた頃に比べ、エルスの身体能力にも格段の向上が見てとれる。


「同じ寝室なんだって。わたしたちも一緒だね?」


「へッ……? ああ、そうだな。……んんッ?」


「ホホホ! 〝英雄、色を好む〟と言うが、さすがは〝勇者〟といったところかぇ? ほれ、あの〝裏口〟を抜ければ、すぐじゃ!」


 前方に見えるてっへヴィルジナが手をかざす。それは負荷もなく勢いよく開き、長方形をした〝白き闇〟を覗かせた。


「よぉしッ! みんなが頑張ってくれてるうちに、俺たちも突撃だ――ッ!」

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