5-2「聞きこみ捜査・縄分乃至」
学校の敷地にいるにも目立つ。三人は一度、また駅の方向へ向かう他なかった。日はまだ高いが、空には夕焼けの色が帯びている。
「大した情報も得られなかったな」
その原因となった縄分は澄ました顔でそう言いのける。
「な、縄分さん、マルボウ……って、警察の方なんですね」
ドラマで見たことがある。確かマル暴とは、組織対策……なんとか。何かとヤクザの事件を追っているイメージがある。その俳優も強面だった。なるほど暴力団顔負けの気迫を、縄分は持っているはずである。有子は納得していた。四蓮の返答を聞くまでは。
「うん、元ね」
「え? もと、ってことは」
有子は目を瞬かせる。それは、ということは?
「そ。今は違う。なーんの権利もないよ」
にっこりと笑って言いのける四蓮に、ひきつった笑みを返した。
じゃああれはただの暴行なのでは……? 暴力でしかないのでは……?
「休職中だ」
「もうほぼクビでしょ。聞いてよ、この人やばいんだよ。経歴持ち、特に暴力団絡みの。大体顔と名前がわかるんだ。しかも何をやったかも覚えてるんだって。普通どんだけ仕事人間でもそこまでしないって。自分が担当した事件じゃないのに。ドヘンタイだよね、もう」
四蓮は身をすくめ、大袈裟に震え上がるそぶりを見せる。どうやら縄分はオーバーワーク気味のワーカーホリックだったらしい。
「いずれ戻る」
縄分はやや、自分に言い聞かせるように呟いた。
「どーうだか」
互いに無言になったのち、腿を蹴りあった。ムキになった子供同士の小競りあいのような二人を見ながら、本当にこの人たちで大丈夫かな、と有子は思った。同時に、先ほどの暴力を目の当たりにしながら、こうも普通に縄分と接することができる四蓮の怖いもの知らずっぷりに驚く。
得体の知れない二人組だ。それにしてもまだ、確かになんの情報も得られてはいない。有子の足取りは重くなる。一体、誰が送ったのだろう。このままでは明日に……。
「あ、情報キタ!」
声に反応し、有子は知らずに俯いていた顔を上げる。スマートフォンの画面を掲げて、四蓮が立ち止まっていた。
「元ネタわかった。どうやらフリーゲームらしいね」
「フリーゲーム?」
「そう。それが不幸の手紙を題材にしているっぽいよ」
四蓮は縄分にスマートフォンの画面を突きつける。そこには黒い背景に白い文字、その「不幸の手紙」のゲームの概要が書かれたサイトだった。
——舞台は学校。学生の主人公は重めの病欠で六日ほど休んでいて久々の登校を果たした。自分の下駄箱を開くと、中には真っ黒な封筒が置かれている。封筒には手紙が入っていた。それは「七日以内に誰かに回さないと不幸になる」という、一時期流行った「不幸の手紙」そのままだった。主人公は間に受けなかったが、誰もいない夕暮れの放課後、悪夢が始まる。
「これがあらすじか」
縄分にそー、と答え、四蓮は画面をスワイプする。ゲームの製作者名には「μ」と記されている。
「まあ正確には、その実況をしているバーチャル配信者の切り抜きが、バズ元っぽいけどね。それを音楽にあわせたやつがバズして、で、それを有名なテイクトッカーが【やってみた】と称してパクったのが、有子ちゃんのクラスで流行ってるっぽいね。ややこしっ。マトリョーシカみたーい」
「は、はあ……」
有子は目を瞬かせ、少しぞっとした。ネット有識者の情報収集力たるや、恐ろしい。
「テイ……ばー……配信……切り抜き……ってなんだ」
「もう、縄分さんってばさあ、本当に都会に住んでんの?」
四蓮は脱力し、大きく天を仰ぐ。しなる竹のように持ち直し、ビシッと白く、形の整った指で縄分を指し示す。
「テイクトッカーはさっきの短い動画サービスのアプリで動画あげてる人! 配信者ってのはあ、ウィーチューブとかニコヤカ動画みたいな動画サイトで、生放送をしたりする人のこと。ゲームとか、雑談とか?を放送したり、動画作ったり。……まあ僕も詳しい方じゃないよ。切り抜きっていうのは、その配信のハイライトを抜き出したやつかな」
「バーチャルっていうのは?」
「こういうの。これが件のバーチャル配信者。蠍火スピンって子らしい。可愛いよね」
星の海のような青暗い髪、キラキラと星の輝く瞳が瞬く女の子。そこに映る「蠍火スピン」と呼ばれる「配信者」の、平面イラストが動いている。
「……絵が動いてる。アニメか? ていうか、人がゲームしてるの見て何が面白いんだ」
「うーん、なんていうかあ。もー、もー、もー。らちがあかないにゃあ〜……うちのじいちゃんと喋ってる気分だよ」
頭を抱えて、四蓮は顔をしかめる。
「お、面白いですよ!」
裏返った有子の声に、二人は振り向く。彼女の頬は少し紅潮していて、目は見開かれている。有子は浅く息を吸う。
「バーチャル配信者は2Dも3Dもあるんですけど、どっちも本当に技術が凄くて。カメラを通して、自分の動きを反映しているんですから、顔出しの配信者とはまた違う表情や動きのテクニックが必要になるし、それにゲームっていっても、ただやるだけじゃなくて大会形式で盛り上げたり、プロのeスポーツ選手もいたりして、ゲーマーにとっても参考になる映像を提供してくれたり、配信者で最初はへただった子も、どんどん上手くなっていって、その様子をみんなで見守ったり……それから自分が知らないゲームや、アニメとか知るきっかけができたり……動画を作ったり、配信をしたり、色んな形で……そういう人たちは自分の楽しいとか、好きとかを全力で届けるために努力しているんです。そういう好きを、全力で、いっぱい考えて発信してる人たちなんです。だから楽しいんです。面白いんです。ゲームだってスポーツと一緒です。ゲームだけじゃあないんです、雑談だって、全く知らない分野に興味を持つきっかけになったりするんです。それに、それに……あなたの好きが、好きな人がここにいるよって、一人じゃないよって、教えてくれるん…………です」
まんじりともせず見つめる二人に気づき、有子は口をつぐみ、頭を下げた。うつむいた顔がみるみる熱を持ち、汗が滲む。
「ご、ご、ごめんなさい。……気持ち悪いですよね」
「なんでそんなこと言うのさ」
「……いつもこうなんです。好きなこと話し始めると止まらなくなっちゃって。直さなきゃって思ってるんですけど、ダメで。今のクラス、オタクとか全然いなくて。初めの頃——私、今みたいになっちゃって。それからなんか、みんなとうまく話せなくなっちゃって」
言葉が勝手に溢れていく。心臓が、痛い。指先が震える。いつもこうだ。こんなに余計なこと喋ってしまう。
「……でもいいんです、どうせ、隠してたっていつかこうなってたし」
有子は伸びる影を見つめる。
今時、趣味は多様だ。オタクだって珍しくないし、隠す趣味でもない。だからと言って——身近で趣味が合う人間と出会えるとは限らない。話せる相手がいないのなら、言う意味もないのだ。
羞恥の熱がひくと、虚しさに胸が騒いだ。
うつむいていると、肩を叩かれた。顔をあげると美しい青年の瞳が、真っ直ぐとこちらを見つめている。四蓮は「いいかい有子ちゃん」と口を開いた。
「縄分さんが有子ちゃんのことタイプだって」
「……うええっ!?」
あまりにも突拍子のない言葉に、有子は飛び退いた。うろたえて視線を向けた先の縄分は表情を変えてはいないが、その眉間の皺が不快さを物語っている。少しだけ目をそらす——思案している顔だった。
そして有子が瞬いている間に、四蓮の手首を掴み捻り上げる。
「あいだだだ!! た、 例え話なんだけどっ、さあ! 今どう思った?」
「どう……って、いやその、あ、あまりにもありえなくて……」
「そう、だよねぇえええええっ! いだだ痛い! だけど、だけどさあっ、もしかして、とも、思うで、しょ!?」
四蓮はタップしながら、悲鳴まじりに話を続ける。手を振りほどきながら、よろよろと有子に近づいた。「有子ちゃん、言霊ってあるでしょ」
「こ、言霊、ですか……」
そ、と四蓮はうなずき、有子の鼻をつついた。有子が指先に視線を向けると、世界が寄って見える。
「いい話でも、悪い話でも、人に言われたらさあ、噂だって気になっちゃうでしょ。そうなのかなって思いこみが始まって、やがてそれが本当のような気がして、意識して……陰陽、どちらであっても……自分に作用してくるもんさ。もしそれがずっとずっとずーっと、一緒にいる自分自身の言葉だったら、どうなると思う?」
ゆっくりと指が離れていく。感触が残る鼻頭がに触れ、有子は青年を見上げて戸惑う。夕日に溶けそうな探偵は、とびきり綺麗な微笑を浮かべる。
「強力な、強靭な……その呪いは、王子様ですら解けないようなものになるんだぜ」
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