4-2「聞きこみ捜査・呪井鴨四蓮」
*
ファストフードの一角は視線を集めていた。ブレザーの制服を着た集団の若々しいはしゃぎ声と、その中心にいる、美しい青年が主な的だ。
「この制服さあ、めっちゃオシャレだよねえ。色もいいし、デザインも可愛い。僕なんて真っ黒な詰襟。いいなー、僕も都会の高校に通いたかったよ」
「えー、うちらも四蓮くんがいてほしかったー。転校してきなよ」
「残念だけど、僕もう社会人だからさー」
「マジで? 全然同い年だと思ってたんだけど。やばー」
ファストフード店の片隅で、高校生の集団に異物が紛れこんで話が盛り上がっている。はたから見ると芸能人の写真をコラージュしたような状態だ。
四蓮はするりとグループに入りこみ、彼が言った通り、自ら話かけに行き、すぐ仲良くなってしまった。人懐っこい、という性格はあるだろう。有子は少し身をすくめて、遠巻きにそれを見つめる。
グループに混じり話を聞いていた須藤が、チラリと有子の方を向いた。彼のはっきりとした二重に見つめられ、有子は慌てて視線を下げて、ぎこちなくシェイクをすする。
有子の隣にいる縄分の四蓮に向けられた視線は、呆れたような色が浮いていた。四蓮はにんまりと唇の端をあげ、小型犬に近い愛嬌を振りまいている。
「ところでさ、みんなの学校で不幸の手紙って流行ってる?」
四蓮の問いかけに、グループの連中はそれぞれ答え始めた。
「流行ってるーっていうか、見たことはある」
「二組だよねえ、やってたのは」
「ねー。便乗してんのに全然バズってないやつねー」
「バズる?」
四蓮は身を乗り出し、有子も縄分も耳を傾ける。
「テイクトックでバズってるから。四蓮くんやってないの?」
女子の言葉にああ、と四蓮はうなずく。「ショートムービーのアレね。縄分さんに消されたやつ」そう言って縄分に視線を向けた。「ていうか、不幸の手紙がバズるって?」
「えーとね……この動画かな?」
一人の女子が、スマートフォンの画面を向け、Bluetoothのイヤホンを差し出した。
「なんだこれ」
渡されたイヤホンを耳につけながら、四蓮は画面に顔を近づけた。手の振動か移動かで、ブレブレの撮影映像が映し出される。一つの下駄箱の中に、黒い封筒が入っていて、それを拾い上げる撮影者の手。封筒は有子の見せたものと似ているが——それにしても、稚拙でつまらない。こんなものが流行っているのか。
「音量下げた方がいいです」
須藤が口にすると同時に、爆音の悲鳴と重厚なEDMの音楽が流れる。悲鳴は加工されているのか、その音楽にあわせてリズムを刻んでいる。爆音に眩暈を起こしながら、四蓮は画面を見続ける。ブレる画角の中に、全身黒タイツに、真っ白な面をつけた人間が廊下の角から覗いている姿が映る。その不審者が走ってくる瞬間、悲鳴も大きくなり、そこで動画は終わった。
四蓮はイヤホンを外し、耳鳴りを首を振って払う。彼を囲む若者たちは、その様子を見て爆笑したり、女子は大丈夫、とさりげに四蓮にボディタッチをしたりとしている。
「こういう動画で……いろんな人が不幸の手紙を使って、ドッキリ仕掛けてるんです」
須藤がそう口にする。彼だけはあまり、乗り気ではないようだった。
「へえー。本当にいっぱいある。……けど古典的だけど、なんで流行ってんの?」
グループの男女たちは、互いに顔を見あわせた。
「なんでって……バズってるから?」
「うん、関連でおんなじみたいな動画出てくるし、なんとなく」
「君たちはやってないの? こういう動画」
四蓮が尋ねると、一様に首を縦に振る。
「やってないかなー。動画で見るのは面白いけど、さっき言った二組のやつらの撮影現場見ちゃって、なんかサムいなって思ったし」
そっか、と四蓮はうなずいて顔を見渡し、にっこりと笑った。
「色々教えてくれてありがとー。そろそろ僕ら、行かなくちゃ」
「えー、帰っちゃうの? 一緒に遊ぼうよ」
「ごめんねえ、お仕事なんだ。またね」
四蓮が席を立つと同時に縄分も立ち上がる。出遅れた有子は戸惑った。自分はついて行っていいのだろうか。
視線を彷徨わせていると、「願井さん」と声をかけられた。視線を向けると、須藤が有子を見つめている。気遣うような、うかがうような、そういう視線だ。
「もしよかったら、一緒にどう?」
え、と有子は、目を泳がせる。まさかぼっちの自分が誘われるとは……いや、気を遣わせている。須藤以外の、クラスメイトの視線は奇異な視線を向けている。しらけるような、怪訝な、かすかな雰囲気に有子はしおれた。
「……私は、いいよ」
有子は視線を下げる。そこに飛びこむ勇気はない。
「じゃ、有子ちゃんは僕らと行こっか」
いつの間にか四蓮が横に立ち、有子の手を取り、立ち上がらせる。荷物をかき集め、うろたえながら謎の美青年に連れ去られる有子に、誰もが不思議なものを見る目を向けた。
ファストフード店を出て、三人は日の暮れ始めた街を歩いていた。
「有子ちゃんのクラスじゃあ、動画っていう見る形でしかないみたいだね」
「大した収穫はなかったな」
「ま、流行りってのはそういうもんだよね。さっきの子達から動画のURLももらったし。ここから探ることもできるって」
スマートフォンの画面をフリックし、四蓮は口を尖らせる。
「なにしてるんですか……?」
有子はおずおずと、二人の後をついていく。四蓮は振り返り、にんまり猫の笑みを向ける。猫というか、化け猫が美青年に化けているような感じがする。
「僕の個人的な調査チームが情報収集してくれるのさ」
「ネットの掲示板だよ。なにがチームだ、暇人使って調べさせてるだけだろ」
縄分の補足に、四蓮は軽く肩をすくめた。
「餅は餅屋っていうじゃあないか。得意分野で助けあう。そうじゃあないと生きていけないんだから」
「は、はあ……」
ものは言いようだ。
四蓮は歩みを緩め、有子の顔を覗きこむ。
「それより有子ちゃん、あの須藤くんと親しいの?」
有子は慌てて、目の前で手をぶんぶんと振る。
「いや、全然、全く。昔から、家が近所ってだけで。だからよく、話しかけてくれるってだけです」
「そんな謙遜しなくていいよ。大丈夫、須藤くんは今フリーだよ。彼女ヅラしてる子もいるけど、あの子本命いるから、須藤くんは第二候補って感じ」
「えっ、あ、な、なんの話ですか!?」
「君も須藤くんのこと好きだろ? それに彼も結構脈アリじゃん。いいの? せっかく誘われたのに」
「ひょえ、え!!?」
ギョッとした有子の声と同時のタイミングで、縄分は四蓮の脳天にまっすぐ手刀を振り下ろした。
「いったいなあ!?」
メンチを切りあう二人をよそに、有子は裏返る声で慌てて反論する。
「そ、そ、そ、そんなわけないじゃないですか! 須藤くんはみんなに優しいから、そのついでで、ていうか、何話したらいいかわからないし……それに、他の子たちに恨まれたくないし!」
「須藤くんってのは人気者なんだねえ。でも話してみないとわかんないじゃん? ねえ有子ちゃん、狭い世界じゃあコミュニケーションってのは大事だぞ。蜘蛛の糸だ」
「切れるってことじゃねえか」
「他人の善意を信じるってこと」
すばやい掛けあいの中、有子はうつむく。人混みの中で、立ち止まる。忙しそうな人たちの流れを塞ぐ少女に、すれ違う際に怪訝な視線が投げられた。
「……私なんか、本当は気にかけてもらうのももったいないっていうか」
「どうしてそんなに卑下するのさ」
「人と、話があわなくて。みんなが好きなものが、私は全然好きじゃないんです。私が好きなことも、多分、みんな……でもいいんです」
四蓮は「狭い世界」というが、今の時代、別に友達を作るのも、趣味を共有するのも、学校だけが全てではない。
「私の蜘蛛の糸は、別の場所にあるんです」
「なにが好きなの?」
尋ねられ、有子はまごついた。
「そ、それは……」
「言えない趣味か」
縄分は首をすくめる有子に詰め寄った。強面の大柄の男が目の前に立ち塞がると、思わず体が硬直してしまう。
「はーいはい。そこまで」
四蓮が間に割って入り、縄分を押し退けた。
「どういうつもりだ」
「取り調べじゃあないんだからさ。それに、縄分さんの
しばらく睨むかのように四蓮を見下ろしていたが、不意に視線を外し、「そうだな」とつぶやいた。
「悪かった」
縄分は有子に視線を向けた。有子はとっさに首を振る。
「有子ちゃん。気をつけたほうがいいよ。呪いって結構簡単に起きるからさ」
四蓮は微笑みかける。
どういうこと——。そう問う前に、四蓮は話を切り替えた。
「んじゃこの足で、有子ちゃんの学校に行ってみようか」
「えっ」
軽やかな足取りで先を行く彼は、踊るように振り返る。紙垂のピアスが揺らして彼は微笑む。
「不幸の手紙をやったのはクラス外の別の人間の可能性だってある。目撃者がいないか探ってみようか」
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