5-1「聞きこみ捜査・縄分乃至」

5 聞きこみ捜査・縄分乃至



 有子の通う高校に着くなり、事件は起きた。

 というより、起こした真っ最中だった。


「あだだだだだだだだッ! な、なんですかーッ!」

 いつも朝、昇降口前を掃除している用務員の男が、縄分から腕を後ろ手に捻り上げられている。


 外から学校の様子を窺っていた三人だったが、裏口の駐車場で用務員の男を見つけるなり、縄分は走り出して、男に掴みかかったのだ。


「な、縄分さん!?」

 有子は驚いた後に、恐怖が迫り上がってきた。

 鮮やかな動きで、かつ、荒っぽくコンテナの壁に用務員の体を叩きつけ、大きな手で頭をトタン壁に押しつけながら縄分は男に覆い被さる。


「見たことあんだよ、この顔。補導歴あんだろ、てめえ」

「なっ」

 男は目を見開き、縄分を見る。

「窃盗、暴行、業務妨害……コンビニで暴れ散らして、俺らが目をつけていた親元のヤクザ事務所連中が逃げ出す隙を作った。てめえは未成年だったし当時はなんの関連づけもされてねえ。だがなあ、知ってんだよ。こっちは。どうだよ、ヤクザと関わってたなんざバレたらてめえ、学校に居られないな? あ?」


 地を這うような、ドスの効いた声だ。ガシャンと大きな音がして、用務員の男の体が薄い壁に沈む。たわんだ壁がぐわんぐわんと揺れる。有子はただ震えながら見ていた。


「な、な、なんだよ、あんた……」

「ナワバリを守ってるヤクザ」

 四蓮はまたやってる、といわんばかりの「なんとはない」様子でそう口にした。えっと有子と、青ざめた用務員は同時に声をあげる。

「ヤクザじゃねえ。サツだ」

「ええっ」

 サッと青くなる。

「お、俺はもう罪を償ってる! 一般市民だぞ!」

「てめえはまたやる。そういう目をしている」

「そ、そんなわけ……」

「わかるんだよ。ムショから兄貴が出てきたらまたくっついていくつもりだ」

 縄分はそう決めつける。四蓮が言っていた「勘」とは、このことだ。有子は直感的にそう感じた。


「……あんた、マル暴?」

 そうか、と男は押さえつけられながら、納得したように、諦めたように言葉をこぼす。

「しょうがないだろ、兄貴は、怖いんだ! 俺が足抜けしたって知ったら、地の果てまで追ってくる。……近々出所だから、こっちも覚悟決めなきゃいけねえ」

 縄分の手をなんとか抜け、用務員の男は、ズボンのポケットからくしゃくしゃの手紙を取り出した。

「全く、俺にとっちゃこれが不幸の手紙だよ……」


 不幸の手紙とワードの反応したが、そこにあるのは、真っ白な長方形の封筒だ。有子の元に届いたものとは違う。

「ねえ、不幸の手紙、なんて言葉が出てくるってことは、お兄さんは近々、そんな話を聞いたことがあるってことだよね?」

 四蓮は覗きこみ尋ねた。

「まあ、生徒は生徒たちがよく下駄箱で、たむろして大声で話してるから。ぎゃあぎゃあうるせえなって思ってたし」

 男は、複数人の生徒が下駄箱で、何かしら撮影をしている様子を見たらしい。それがクラスメイトたちが言っていた二組の連中の動画だろう。

「この子の下駄箱に何か入れてる不審なやつは見てねえか。それともてめえが犯人か? てめえの不幸の憂さ晴らしに、生徒に嫌がらせでもしてんだろ。ああッ?」

「するわけないでしょう! 用務員だって暇じゃあねえ、知りませんよっ! だいたい、そんなに覚えていられるほどジロジロ見てたらそれこそ、生徒にチクられて解雇ですよっ」


 縄分は無言で男の手を強く捻る。うううッ、と男は悲痛に唸り声をあげた。

「ねえ、お願いっすよ。あんまり騒ぎにしないで……俺今の仕事好きなんですよう……」

 男の声はしおしおと揺れる。世知辛い。有子は強い暴力の手前、見ていることしかできない。

「離してあげたら。縄分さんの方が通報されちゃうよ」

 四蓮の視線の先には、まだ学校に残っている生徒や、こちらへ向かって走ってくる教師の姿があった。縄分は舌打ちをして、用務員の男を投げ捨てた。


 トタン壁に背を打ちつけた男の顔のすぐそばに、縄分の足が飛んでくる。

「言っておくが、てめえの兄貴にやり返してもらおうなんざあ考えるなよ」

 縄分はゆっくりと体を折り曲げ、貼りつけた能面のような顔を男に近づける。その瞳は黒く、ぬらぬらとした鱗の大蛇が潜んでいる。

 男は縄分の影の下でガタガタと震え、小刻みに首を振った。

「俺はてめえら屑の嘘がわかる。試してみるか。今ここで誓え。兄貴には会わねえ。地の果てまで逃げてでも縁を切れ。誓え。じゃなきゃあてめえをここで」


「はいはいはい、ご協力どうもー」

 四蓮が縄分の腰を引いて、男から引き剥がして背中を押す。彼が止めていなかったら何を言ったのか。有子はまだ腰を抜かして、片隅で震えている男を気にかけながら、不意に視線を巡らせた。

 一人の女生徒がこちらを見ている。別クラスの女子だ。毎日通うのだから、顔だけは知っている。気の強そうな吊り目の美人で、見かけるたびにムッとしている。有子は彼女の名前はうろ覚えだったが、珍しい苗字であるとは思っていた。確かジユウハラというのではなかったか。自由の原っぱと書いた気がする。それに、須藤とよく話しているのを見かけた。だから有子には関わりのない種類の人間だ。

 怪訝な視線が有子を捉え続ける。目を逸らし、有子は走って探偵たちのあとを追った。

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