6-「スピンの配信」

6 スピンの配信



「ひやーーーーーーーーーー!っ!!!!!」


 もはや綺麗とも思える甲高い悲鳴。音割れのせいで音声が乱れて、偶然にもリズムを刻む。そのことをリスナーに指摘されると、星の海のような青い髪を揺らし、可愛らしい女の子のイラストが左右に揺れながら、そのリズムを再現しようとしている。アニメとも違うシームレスな動き。この後ろでリアルな人間が、同じような表情や動きをしているのだ。


 四蓮と縄分は、ネットカフェの一室で件の「不幸の手紙」をする蠍火スピンのホラーゲーム配信のアーカイブを見ていた。ちょうどバズの元になった箇所だ。

 不幸の手紙を受け取った主人公は、その夕方、下校しようとしたところ昇降口の鍵が開かない。不気味に思っていると、誰もいない廊下にヒタヒタと何かが近づく音がする。振り返るとそこには不気味な、黒い塊のような怪物が迫っていた。

 縄分は耳を指で軽く抑えて顔をしかめた。


「こんなものが面白いのか」

「いやあ、僕はわかるなあ。キュートアグレッションって言うのかな」

 マウスを操作し、四蓮は動画を一時停止する。


 蠍火スピンのプレイしていたフリーゲーム「不幸の手紙」は、最初はノベルゲームのような進行だったが、怪物が出た瞬間、怪物から逃げながら脱出を図るアクションゲームと化した。展開を知らなければ面食らい、反応が遅れて怪物の餌食になってしまう初見殺しのゲームだ。蠍火スピンもゲームは得意な方ではないらしく、パニックになり即死していた。

 四蓮は手を叩いて喜ぶ。

「あはは、これはいいや。傑作。切り抜きになるよ、こんなすごい自爆。あ、グルメレースもある」


 別の動画に再生しようとする四蓮の手を止め、縄分は「もういい」とため息ついた。

 縄分にとっては全く生産性がなく、何が面白いのかはまるで分からなかった。そもそもバラエティ番組も見ないのだ。つい最近、この生活態度のルーズな探偵が居座るようになり、垂れ流しの深夜のバラエティ番組を少し聴きかじるようになった程度だ。それでも煩わしいノイズとしか思わない。


「で、これが事件の役に立つのか」

「さあね」

 ブラウザを見つめ、四蓮はややぬるくなったコーラを飲んだ。

「は?」

「情報は全てさらう。これは調査の基本だよ、ワトソンくん」

 ちっちっ、と人差し指を振る四蓮に、縄分は能面のような表情に深い眉間を刻み大きな舌打ちをする。だが、無駄も情報の一つであることも事実だ。それはそれとして、腹が立つ。

「誰がだ」


「ねえ、縄分さん。もう気づいてる?」

 無視をして話を進める四蓮に縄分はイラつきながら、会話のラリーを返した。大人として当然のマナーだ。

「あ? 何がだ」

「じゃあ気づいてないってことね」

 四蓮は笑い、背もたれに身体を預ける。即座に背後に殺気が漂った。気づいた時には縄分の拳と腕が頭を押さえつけている。骨と筋肉の凝縮された圧迫感が四蓮の頭蓋骨を軋ませる。


「あーーーーーダダダダダ無言で!無言でこめかみをッヘッドロックはいだだだだだ!!」

「な、に、が、だ」

「あああーーーーッ! だからさ、不幸の手紙がなぜ、有子ちゃんに送られたか、だよッ」

「どういうことだ、わかったのか」

「いや、まだ推測の段階。だから縄分さんに頼みたいんだけど」

 ヘッドロックから解き放たれた四蓮は、縄分に向き直る。にんまりとした笑みに、やや真剣みを含ませた瞳が瞬く。

 縄分は彼の話す頼み事にやや眉根を寄せたが、彼の目を見返し、頷いた。


「それにしても……そんなに面白いか、このゲーム」

 縄分けは画面に目を向ける。

「うーん、まあ、よくあるブラクラと逃げゲーって感じだけど、まあフリーゲームにしちゃよくできてると思うよ」

 よくわからない単語が羅列される。縄分が尋ねると、「まあ、びっくりさせる演出と、敵キャラクターから逃げ切れば勝ちってルールのゲームだよ」と補足された。

「作られた年も数年前だし、よくスピンちゃんも見つけたもんだね。このμって作者、この一作しか作ってない」

 四蓮はフリーゲームサイトを開き、「不幸の手紙」と題が付けられたサムネイルをクリックする。コメント欄には「スピンから」「配信者から知った」と書き込まれていた。

「でも僕の予想だと多分……ま、餅は餅屋か。そこは」

 掲示板を開き、四蓮はキーボードを叩き始める。

「さて、僕もそろそろ準備しとこうかな」

 文章打ち終え、そう言って口笛を吹き始める四蓮に、縄分は出た、と眉をピクリと顰めた。四蓮か背を丸め、ゴソゴソと鞄を漁り始める。

「さて、不幸の手紙は、最後に誰にたどり着くのかな」

 ヒヒヒ——と嫌な笑いが、ネットカフェの床を這う。


 縄分は虚のような真っ黒な瞳に、やや胡乱なものを見る怪訝さを浮かべた。

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