5-3「聞きこみ捜査・縄分乃至」
帰宅ラッシュを迎えた電車内は人混みが多く、人の数だけの体温が、やや不快さを伴って充満している。
有子も縄分も慣れているが、扉に寄りかかる四蓮だけは一層不機嫌に眉根を寄せている。窓に映る顔は、切なげな表情をした、目を奪うほどの美青年なのだが、実際のところ酔ってグロッキーになっているだけだ。
「縄分さん、しっかり壁になってよね。僕と有子ちゃんが潰れないように」
上背と体格がある縄分は二人の前に立つと、自然に視界を遮る要因となる。縄分は眉を次第にしかめ、無言で四蓮の頬を片手で掴み潰した。
「ンヤーッ! こっちはいつでも吐けるんだぞ!」
四蓮は手を振り払い、縄分を睨み上げ、指を立てる。中指と人差し指を揃えると、縄分は顔をしかめてその手を押さえつけた。
「やめろ」
有子は二人の兄弟のようなやり取りを見つめて、ぽかんとしていた。
「なーに、有子ちゃん」
視線に気づいた美貌の探偵は、弱く微笑んだ。まだ具合は全く悪いらしい。
「あ、いや、プロって言っていたから、呪術を使った捜査をするのかなって、勝手に思っていて……」
慌てて口を滑らせて、ハッとする。文句を言ったように思われただろうか。ところが四蓮は気を悪くし様子は見せず、首を傾げて笑った。
「そんなわけないじゃん。霊能力者じゃあるまいし」
四蓮はあっけらかんとそう言った。
「違うんですか」
「そりゃあそうだ。まあ予知夢程度はあるけど、呪術師ってのは、どこまでも呪うことしかできないよ。呪いは推理に関係ないでしょ? 僕は例え答えがわかったとしても、理由を突き止めたい。それが探偵だからさ。それとも、呪いでバーっと解決するのを見たい?」
「い、いや……」
有子はまごついた。見たいか見たくないか、と言われれば、オタクとしては見てみたい。だが、実際呪う、と聞くと恐ろしい。
「ま、どうしても呪いでどうこう……をしてほしいっていうなら、そのうち見せてあげるよ」
「いや、そんなつもりじゃあ……」
はい、と四蓮は、うろたえる有子に小さな白い紙を差し出した。よく見れば、神社などでみたことがある、人の形を模した、形代というものだ。
「これは……」
「お守り」
四蓮は人差し指で有子の額に押しつけた。目を瞬かせていると、顔のいい少年は不敵に微笑む。
「不幸が襲ってきたら、身代わりにでもなってくれるんじゃない?」
儚げな笑みが有子の視界に入る。美少年は不意にぐるんと目を剥き、「あ、もう、無理」とグロッキーに喘ぎ始め、窓に寄りかかる。有子は額からはらりと落ちる形代を両手で受け止めながら、ひょわ、と情けない悲鳴をあげた。
無関心を装っていた座席のサラリーマンも流石に席を避け、そこに四蓮はよろよろと腰を下ろす。不意に静かになった。お喋りな四蓮が少しだけ離れた位置にいるため、あと残されたのは口数の少ない二人だ。電車が線路を噛む音だけが、狭い空間に広がる。
有子は気まずさにちらりと目を上げる。上背のある縄分の顔まで見るために、自然顎まで持ち上がる。縄分は呆れた顔で、四蓮のいる方向に視線を向けていたのを、すぐに視線を有子に下ろした。
驚いて身をすくめる。元警察と言っていたが、超能力を疑うほど視線に敏感すぎる。
「どうした?」
縄分は無愛想ながら、目を真っ直ぐに見て話す。
「あ、いや……縄分さんは、どうして、四蓮さんと探偵をしているんですか?」
「まあ、成り行きというか……放っておいたら、何をするかわかったもんじゃない」
「そ、そうですね……?」
あなたもですよ、とは有子は言えなかった。むしろ今のところ、危険なのは縄分の方ではないか。
「それより、君は大丈夫か」
「え」
「不幸の手紙だ。何もまだ、手がかりがない。見つけられなくて悪い」
「いえ、むしろ、本当に調べてもらえるなんて、思っていなかったので。信じてくれる人がいてくれて——嬉しかったです。……それだけで十分、気が楽になりました」
誰かに、話を聞いて欲しかった。本当はそれだけだったのかもしれない。有子はうっすら、本心で笑んだ。それは半ば諦めもあり、満足でもあった。
だが、縄分は無愛想に、それでも、芯のある声で口にする。
「呪井鴨四蓮は、必ず事件を解決する。最も不可解な方法で」
電車を降り、駅を出ると外はもう夜だった。濃紺の幕に星がうっすらと散らばっている。ふらふらとしていた四蓮は大きく深呼吸をする。全身が白いからか、夜の中ですらきらきらと輝いているように見えた。ぼんやりと彼の瞼が落ちているせいか、神秘的に思える。
「ここで大丈夫です」
有子は頭をぺこりと下げる。
「おうちまで送るよ? 夜は怖いぜ」
「慣れてますから。それに、四蓮さん、眠そうだし」
くすりと肩をすくめる。
「ね、有子ちゃん」
四蓮の声に振り返る。
「不幸の手紙、僕に回しなよ。不安でしょ」
有子は目を丸くした。彼に回せば、確かに自分の不幸は免れるかもしれない。だが——
少しだけ口を開きかけ、唇を閉じて笑い。大きく横に首を振る。それから有子は、また頭を下げて、慌ただしく走り去っていった。
流れ行く人々の間に取り残された四蓮と縄分は、彼女後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。
不意に四蓮が口を開いた。
「縄分さん」
「何だ」
どちらとも言わず、視線がかちあう。四蓮はにま、と口端をつりあげる。
「お仕事、やろっか」
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