第九話 王都オーフィリア
───あれ……? どこだろう……ここ……。リリーネさん……? どこにいるんですか……?
そこには暗闇だけが広がっていて何も見えない。その暗闇を歩いていると遠くの方から小さくとても温かい光が指してきた。楽しそうに笑う人々の声がその光から聞こえた。温もりと安らぎ。そしてどこか懐かしい。そんな光に誘われるようにアイリスは歩き出した。
『 戻 れ 』
そのおぞましい声は突然脳内に響いた。どこにも姿はない。だが大きな気配はある。そして声の主から恐怖を感じた。逃げようとすると何かに足を取られた。見るとそれは重く黒い鎖だった。振りほどこうとすると更に絡み付いてくる。手足を取られ身動きが出来ない。温かな光から遠ざかっていく。暗く深い恐怖と憎悪の闇に引きずり込まれる。もう手を伸ばしても届かない。誰も、助けてくれない。一人で堕ちていく。
───助けて……! リ……!
「リリーネさん……!!」
「ひゃい!?」
寝ていたはずのアイリスに突然呼ばれ飛び上がった。
リリーネは朝食の支度をしていた。ぐつぐつ煮える鍋とリリーネの顔を見てあれは夢だったんだと気がついた。だが既にぼんやりとしか思い出せず、最後のおぞましい声だけ覚えていた。どこかで聞いたことのある声。一体誰の声だったのだろう。
「ア、アイリス……?」
「え……?」
「大丈夫? 何か悪い夢でも見ていたの?」
「……はい。でもあんまり思い出せなくて……すごく怖い声が聞こえたんです」
「怖い声?」
「はい……」
「そ、そうなの……でも、もう大丈夫よ。」
「あの……リリーネさん」
「なに?」
「リリーネさんは私の事、守ってくれますか?」
アイリスは今にも泣きそうな顔をしていた。余程怖い思いをしたのだろう。リリーネは少し胸が苦しくなった。気付いた時にはアイリスを抱き締めていた。
「そんなの当たり前でしょ」
「ありがとう……ございます……」
「全く……泣き虫なんだから。よしよし。」
頭を軽く撫でながらアイリスによって涙を拭いた。すると突然後ろから声が聞こえた。
「おー朝から元気な奴らだなー!」
「どわぁぁ!? こ、これはアイリスが泣き出したから慰めてあげようとしただけよ!ほんとよ!!」
「いや、何も聞いてないぜ……?」
「え? あ、あんたは」
そこには昨日出会ったローブの女性・ニール=アストロノーズが手を挙げ満面の笑みで立っていた。
「よ! 元気だったか?」
「満身創痍ってとこよ……」
「あ? そんなに大変なことがあったのか?」
「そうね……」
「いやーすまねぇ! いや実はよ、昨日あのまま帰ったらよ、上司にカンカンに叱られてよ。んであんたらを探してたら朝になっちまった!」
「そ、そうなの……」
ローブの女性は饒舌に話していた。途中関係ない私情までしっかりと話していた。リリーネはそれに置いていかれていた。アイリスもローブの女性に気がついた。
「あれ、あなたは昨日の……?」
「おう! ニール=アストロノーズだ! そっちのねーちゃんも元気……そうじゃねぇな。どうした?」
「あ、いえなんでもないのよ。それよりあなたは何しに来たのかしら?」
リリーネはやっと会話の切り替えのチャンスがきたと少し安堵し、本題を聞いた。
「おう。そうだったな! まぁあんたらを迎えに来たってとこだ!」
「迎えに……?」
「おう! 手紙に書いてあった所までひとっ飛びだぜ!」
「「え?」」
「「ええぇぇぇーーーー!!!」」
ニールに言われるがままワープホールに入ると歩けば二日三日かかると思われていた王都まで来ていた。
それに加え見上げるほどの大きく煌びやかな客亭”安らぎの苑”に二人は目を丸くしていた。
「にひひひ。でっけぇだろ! さぁ入るぞ」
そう言うとフードを脱ぎ中に案内された。外装も豪華な造りだったが、内装も豪華だった。広々としたフロント。
天井には大きなシャンデリアと空を模した絵画。床には真っ赤なレッドカーペット。机やカウンターには色とりどりに咲く大きな花。壁には創設者と思われる大きな絵画。どこを見ても豪華な装飾が目に飛び込んでくる。
「待たせたな! んじゃ部屋にいっか!」
受付から鍵を貰い指でくるくると回しながら歩いてきた。
ニールに案内され三人は大きな昇降機の前に来た。人が10人は乗れる程の大きさがあったその昇降機にすら豪華な装飾が施されていた。
「な、なによ……これ……」
「これは昇降機ってんだ。王都で一番の博士が開発した人を乗っけて高いところまで行けるって優れもんだぜ」
リリーネは開いた口が塞がらなかった。だがまだ驚くことになる。
「うし! 着いたぜ! ここがお前らの部屋だぜ!」
「はあああぁぁ!!!???」
そこは広い、と言う言葉では表せなかった。ただ広いのではない。フロント同様豪華な品々が飾ってあり、綺麗な装飾が施された家具。バルコニーには王都を一望できる大きなお風呂。四人は寝れるだろうと思われる大きなベッドまであった
「な、なによ。これ。え? 夢?」
「こ、こんなお部屋……見たことありません……」
「だっはっはっは! ここまで反応がいいとこっちまで気分がいいぜ! まっ! ゆっくりしてくれ! 食事はそこの電話機を使ってフロントに言ってくれ! んじゃ また来るぜ〜」
バタンっと閉まる扉。二人はようやく落ち着きを取り戻した。そして同時に顔を合わせる。
お互いの顔を見て笑い合う二人。こんな経験は初めてだったからかとても嬉しかったようだ。早速荷物を置き、王都を散策することにした。外に出るなり二人は絶句した。そこには今まで見てきた街とは違う光景が広がっていたからだ。
まず目に付くのは人の多さ。老若男女問わず沢山の人々が行き交っていた。次に目に入るのは建物の高さ。どれもこれも二階建てや三階建ての家ばかりだ。噂通りの高級街だ。更に驚いたことに馬車のような乗り物も走っていたのだ。普段は運送などに使われる馬車だが、二人が見たのは人を乗せるための豪華な馬車。これには流石に度肝を抜かれた。
それから暫く歩くと大きな噴水のある広場に出た。ここは待ち合わせ場所としてよく使われるらしく大勢の人で賑わっている。
「うわぁ〜! リリーネさん!! すごい大きいですよ!」
「え、えぇ……私でもこんな大きいのは見たことないわ……」
目の前にある建物はまるで城のように大きくそびえたつ建造物。入り口の上には大きくこう書かれていた。
<アナハイド国立図書館>
この国で一番に大きな図書館らしい。中には本だけではなくカフェテリアもあり多くの客がいる。
館内は広く天井も高いため開放感がある。奥の方には大きな螺旋階段があり二階へと繋がっている。
「入ってみましょう!!」
「そうね」
二人は館内を一回りする様に歩いた。
そしてアイリスの文字の勉強の為に本を選ぶ事にした。リリーネは徐に本を開くとそれは官能小説だった。リリーネは赤面し慌てて本を戻した。
───な……!なんでこんな本まであるのよ……!
「なんの本だったんですか?」
顔を真っ赤にして俯くリリーネ。そんな姿を見て不思議そうな表情を浮かべるアイリス。
どれくらい時間が経っただろうか? 気付けば辺りはに染まり始めていた。
二人は立ち上がり伸びをする。長時間同じ姿勢でいたため体が固まっていたようだ。外に出る頃には日は完全に沈んでいた。
空を見上げると星が輝いている。王都の夜景はとても美しく幻想的だった。
宿に戻り夕食にすることにした。電話機の使い方が分からなかったが、二人で知恵を出し合いフロントに繋ぐことが出来た。運ばれてきた料理は全て美味しく、会話をしながら楽しく食べることができた。
「リリーネさーん! 一緒にお風呂に入りませんか?」
「そうね。こんだけ広いんだもん。私たち二人で入っても───」
ここでようやく彼女の提案の内容に気付いたのだ。
───っ!? 待って!? 今アイリスは一緒にお風呂に入ろうって言った? 待って二人っきり? 一度も入った事ないわよ? アイリスと裸で一緒に?
「リリーネさん? 一緒に入らないんですか?」
「えっ!? ってアイリスなんて格好してるのよ!?」
アイリスは既に衣服を脱ぎ、俯くリリーネの顔を覗くように屈んでいた。その姿を見たリリーネの顔が一気に紅潮する。恥ずかしくて思わず視線を外す。
だがそれもつかの間、今度はリリーネが脱衣所に連れて行かれ、あれよあれよという間にタオル一枚の姿になっていた。
お風呂は露天風呂になっており、王都の夜景と空に輝く満天の星空を湯船に浸かりながら見ることが出来る。リリーネはその景色に心を奪われていた。
すると後ろからアイリスが抱きついてきた。背中に当たる大きく柔らかい感触にリリーネは鼓動の音が早くなった。
「うふふ。気持ちいいですね。大きなお風呂っていいですね。それにこうしてると落ち着きます。ずっとこうしていたいです」
「ア、アイリス? あの……」
「はい? どうかしました?」
「そ、その。当たってるのだけど……」
「え? 何がですか?」
アイリスにはさっぱり分からなかった。子供のように純粋だった彼女にとってはそれが恥ずかしいことであるとは知らなかった。親子が一緒にお風呂に入り身を寄せ合う。その程度の認識なのだろう。一方、リリーネの心臓は破裂寸前にまでなっていた。物心が着く頃には一人でお風呂に入っていた彼女からすれば初めての体験である。それに加え背中の感触は自分のものとは格別であり、少し動く度に擽ったい気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
───のぼせちゃうわよーーー!!
その後は何事もなく寝室で就寝の準備をしていた。部屋の中は豪華な調度品の数々が並んでいる。流石は王族が宿泊するための部屋だ。とても広くて落ち着かない。
───眠れない……
横では既に寝息を立てているアイリスがいた。幸せそうな寝顔を見てクスッと笑う。少し寝癖のついた髪を優しく撫でながら呟いた。
───ほんとに子供みたいね。
そして静かに目を閉じた。
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