第四話 流れ星
───その日の晩。
リリーネは今日の事をぼんやりと思い出しながら宿屋の厨房を借りて食事の準備をしていた。
「なんだか今日は長く感じたわ……それにしてもアイリスの記憶喪失は想像の遥かに深刻なようね。これも奴らの仕業? というか私もこれからどうしよう。アイリスは放っておけないし……でもこんなところでのんびりしていていいのかしら……ああぁぁ!! もうっ!」
「リリーネさん…?」
「うわーー!! ……ってアイリスか……びっくりした。」
「ごめんなさい。話し声が聞こえると思って降りてきちゃいました。」
「あ、ごめん。声大きかったわね…」
「それより、それなんですか?」
「あ、野菜スープよ」
アイリスは首を傾げ鍋を覗き込み、しばらく眺めていた。
「なっ…なによ……」
「味見してもいいですか?」
「好きにして」
「では……ふむ……うーん」
「どう……?」
「イマイチですね!」
「あなた、結構はっきり言うのね……」
「でも任せてください!」
リリーネの料理は大雑把でバラバラな大きさに切られている野菜と塩で簡素な味付けがされていた。アイリスは世辞というものを知らなかった。かぐっと肩を落とすリリーネを見て胸を叩き、アイリスは慣れた手つきであっという間に料理を完成させた。
「完成しました!」
「すごい……美味しそう……」
「どうぞ召し上がれ♪」
「え、えぇ……いただきます」
「どうですか……?」
「……ッ!! おいしい……!」
「よかったぁ……!」
「ほんとにおいしい…! 若干へこむくらいにね……」
リリーネの大雑把な料理を家庭的な料理へと変えた。今まで自分で作って普通に満足していたが、アイリスの料理を食べて気付かされてしまった。自分自身にがっかりしているとアイリスが笑顔でフォローしてきた。
「でもでも! リリーネの料理だってとても気持ちがこもっていて温かかったですよ!」
「そ、そう……」
「次は一緒に作りましょうね!」
「ふふ、そうね。そうしましょ」
二人は顔を見合わせ微笑んだ。そしてリリーネは一つの疑問が浮かんでいた。
───アイリスは元々料理が得意だったのかしら? とても素人の手つきじゃなかったわ。記憶喪失でもこういう感覚的なところは失われないのかしら……まぁあんまり質問するのも良くないわ。今日みたいになってはアイリスが可哀想だわ。とりあえず様子見ってところかしら。
美味しそうに料理を食べるアイリスを横目にこれからのことを考えていた。
「ごちそうさまでした!」
元気よく手を合わせると満足げな表情を浮かべた。
「ふぅ〜お腹いっぱいです! 本当にありがとうございます!!」
満面の笑みで私に感謝の言葉を述べる。そんな笑顔を見てるとこっちまで幸せな気分になる。
「あ、あのっ! 一つお願いがあるんですけど……」
「ん? なにかしら?」
急にもじもじしながら恥ずかしそうな顔を見せる。何か言いたい事があるようだった。
「どうしたの? 遠慮せずに言ってみて」
優しく声をかける。すると決心がついたように口を開いた。
「その……星を見に行きたいです……」
…………え?
予想外の発言だった。何かもっと
言いづらい事だと思っていた。確かに窓の外を見るともう真っ暗になっていた。
「いいわね。行きましょうか」
「やったー!! 嬉しいです!」
嬉しそうにはしゃぐ姿を見ているとなんだかほっとする。
部屋を出て階段を降りる。廊下を通り扉を開けると一気に視界が広がる。星がよく見える綺麗な夜空だ。涼しい夜風が彼女たちを通り過ぎた。街の明かりがない場所では星の光がよりはっきりと見える。
「うわぁ……すごいですね!」
目を輝かせながら感嘆の声を上げる。
彼女の瞳は星と同じようにキラキラと輝いていた。持っていたランプの火を消すとより一層と輝いて見えた。リリーネは隣に立ち同じように空を見上げる。しばらく沈黙が続いた後、不意に彼女が口を開く。
「私の名前、アイリスっていうんですよね」
「えぇ、そうだけど……それがどうかしたの?」
「ふふ、なんでもありません……!」
ちょっと嬉しそうに微笑んでいた。リリーネは自分が付けた名前を喜んでもらえてるのか? と思うとちょっと恥ずかしくもあり嬉しくもあった。
しばらく二人で夜空を見上げていた。
そして彼女は立ち上がりリリーネの方を向いた。
「さて、そろそろ戻りましょうか!」
ニッコリとした表情でこちらを見る。
「そうね。戻りましょうか」
返事をして二人で戻ろうとした時だった。
「あ! 流れ星!」
「あら、よく知ってるわね。流れ星はね、消える前に三回お願いごとをすると───」
───っ!?
”平穏とはいつも突然壊れる”
リリーネの言葉は止まった。確かに流れ星のようだった。綺麗とさえ思ってしまった。しかしそれは無数の天使の軍勢だった。
「…アイリスッ!! 避けて……!!」
”私たちの日常など関係ない”
それらは隕石の様に勢いよく地面へと降り注ぎ街中に爆風と轟音が響いた。
咄嵯の判断で彼女を抱き締めるように庇ったものの衝撃に耐えきれず、壁に激突してしまった。背中に強い痛みを感じ思わず咳き込む。
「ゲホッゴホ……っ大丈夫!? アイリス!!」
腕の中のアイリスの安否を確認する。目立った外傷はないが気を失っているようだ。すぐに立ち上がりその場を離れる。先程の攻撃で街はボロボロになっている。このままここに居れば確実に何れ天使見つかってしまうだろう。
───最悪だ……!! よりによってこんな時に!!
腕の中で眠るアイリスを抱きながら逃げる。幸いにも追ってくる気配はない。
何とか隠れられる場所を見つけてアイリスをそこに隠した。
「アイリス、あなたはここに隠れていて。絶対戻ってくるから…!」
そう言い残しリリーネは走り去っていった。薄く意識が戻ったアイリスはその背中姿を眺めていた。
アイリスを置いて走ったリリーネは焦っていた。
───いつも、いつもこうだ…! 人間の気持ちなんてこれっぽっちも考えてない!!
リリーネは拳を握りしめ走り、心の底からの憤りを感じる。
「……待ってなさいよ。今日こそあいつら全員ぶっ潰してやるんだから………!!」
<世界の浄化(ワールドエグゼキューション)>これは神による信仰心を忘れ神の教えに背く人類を抹殺する為の神の所業。巨神を用いて大地を薙ぎ払り、<神の使い(天使)>を送り生存者を殲滅する、世界の再創造(せかいのリセット)が目的である。
「ここは私が止めてみせる! 来なさい……! アスモデウス!!」
そう叫ぶと両腕には炎の痣が出現した。リリーネは二本の剣を呼び出した。
この神の所業に対抗する手段。それが<悪魔>である。神には通常の武具では抗えない。だが悪魔は神に対する力を持っている。その手に武器を宿し、神に抗う。悪魔と契約し、この最悪な人類滅亡の危機を止める。それが彼女の使命。
「あんた達の好きなようにはさせない……!」
襲い掛かる敵を一刀両断し、更に奥にいる敵をも切り裂いていく。
悪魔と契約した者は、その悪魔の固有の武器、能力を使うだけではなく、身体能力向上、再生能力、呪術、魔術等の様々な力を得ることができる。
リリーネ=イルミナス。武器は両手に持つ紅い剣と蒼い剣は炎の様だった。契約悪魔、炎魔王アスモデウス。炎を操る四腕の牛人である。
人間離れした身体能力で目にも止まらぬ速さで走り抜け、両手に持つ刃から繰り出される連撃はそれぞれが別の意識が宿っている様に並み居る敵を切り裂いていく。
───もう死なせない。一人でも多くの人を助けてみせる……!
すると、背後から突然声が聞こえた。
「やれやれ…まるで獣同然ですね…」
「誰……!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます