第三話 アイリス

どうやら自分達に話しかけているようだった。


「お? n%*のとこの嬢ちゃんじゃねぇか!」


「まぁほんと! $*¿ちゃん! 大きくなったわねぇ…!」


───何? なんて言ったの?

リリーネの耳には一部聞き取れないところがあった。

それにこの街には数日前に来たばっかりだから知り合いなどいないため、少女に話しかけているのだと思った。


しかし少女を見ると懐かしむ素振りを見せなかった。むしろなにかに脅えている様に見えた。呼吸が乱れ、綺麗な瞳は濁り涙を浮かべていた。


その顔を見た瞬間、私の心は締め付けられる様な痛みを感じた。明らかに異常だと察知した。


「おいどうした? 大丈夫か?」


「顔色が悪そうだけれど……」


「ごめんなさい! この子ったら無理してたみたい! 実は昨日徹夜で色々やってたみたいで、疲れてるみたい私が連れていきますね…!」


壮年の夫婦が近付こうとする間に割って入り、適当に誤魔化し彼女を担ぎ上げるとその場から走り去った。


しばらく走り人気のない路地裏に入り込んだ。少女を降ろして息を整える。少女はまだ苦しんでいた。心配になり声をかける。


「大丈夫? 何があったの?」


「分かりません…でもあの人たちの声が聞き取れなくて、そしたらまた夢の時みたいな頭痛がして……痛くて……怖くて……!」


リリーネは少女をぎゅっと抱き締めた。彼女の背中を優しく撫でて落ち着かせる。


「もう、大丈夫よ」


「……うん」


「……落ち着いた?」


「……ありがとう……ございます」


「良かった」


少女の顔を見ると先程までの恐怖は消えていて安心した表情をしていた。


「……ごめんなさい、私があなたを外に連れ出したばっかりに…」


「いいえ……気にしないでください……」


しばらく沈黙が続いた。あんなに明るい笑顔をしていた筈が今ではまるで逆だ。リリーネは悲しそうな表情をする少女を見て何か会話になる話題を探し話しかけてみた。


「それにしても、ずっと名前が無いって変よね」


「え……?そうですね……」


少女はしばらく考えた後に口を開いた。


「私、リリーネさんに名前、つけて欲しいです」


「え!? でも……」


「思い出すまででいいんです! ダメ、ですか……?」


潤んだ目で見つめられると断れなかった。リリーネは覚悟を決めると名前を考える。無論リリーネはまだ成人には達していない為子供は疎か人に名前を付けるなどそうそう経験のあることではなかった。


───うぅ……急にそんなこと言われても……えーっと…名前、名前、名前……そうね……


しばらくぶつぶつ言いながら考えた。そして一つだけ思いついた。


「ア、アイリス……アイリスっていうのは、どう?」


「アイリス……?」


「そう、花の名前からとったの。気に入らなかったかしら……?」


「いいえ……! とっても素敵な名前です……! ありがとうございます!」


少女は満面の笑みを見せるとリリーネに抱きついてきた。その事に驚きながらも受け止めると頭を撫でながら思った事を言ってみた。


「私、あなたのことをもっと知りたい。そしてあなたを守りたい」


「え?」


「だから友達になりましょ?」


「はい!」


「これからずっと私があなたを守るわ」


「はいっ……!」


少女は嬉しそうに返事をするとリリーネの胸に顔を押し付けて泣き始めた。


「もう……また泣いた。よしよし」


少女が落ち着くまで私は抱きしめ続けた。

しばらくすると少女も落ち着きを取り戻して顔を上げた。そしてこちらを見てくる。


「あの、リリーネさん……」


「なに?」


「……ふふ……なんでもありません」


「……?」


アイリスは何かを言いかけて止めた。何を言おうとしたのかは分からない。だけど彼女の悲しい表情は消え、また眩しい笑顔になっていた。


「…あの」


「どうしたの?」


「これからよろしくお願いしますね……!」


「……! えぇ!」


こうして私達は出会った。

この出会いは偶然か必然か。それは誰にもわからない。ただ言えることは、私は彼女と出会ったことを後悔していないということだ。


「さあ、宿に戻りましょうか」


「はい!」


そう言うと二人は歩き出した。

これは運命の物語。


少女は願う。

どうかこの幸せな時間が永遠に続きますようにと。


少女は祈る。

いつまでも一緒に居られるようにと。


少女達は想う。

この素敵な世界が終わらないようにと。


少女達は夢を見る。

叶わない願いを叶えるために。

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