第八話 旅路

「こ、こここ、これは!? 夢? 夢じゃないのよね!?」


「どうしたんですか! リリーネさん!」


「どどど、どうしたもこうしたもないわ!!王都オーフィリアの中心街リンドルの最高級客亭 やすらぎの苑よ!!」


「え、えっと……?」


「あぁ……もうダメだわ……。今日で人生終わるんだわ……。もう死ぬんだわ……」


「死なないでくださいーー!!」


アイリスはリリーネの言ってる意味が分からず、とりあえず深呼吸するように言い落ち着かせた。


<王都オーフィリア>

この世界では最も大きな都市である。あらゆる物、人、情報が集まり、技術力、国力に優れている。都市の中心には王族が住まう大きな王城があり、それを囲むように都市が作られている。中央街リンドルには貴族が住まい、他国からの来訪者を饗す客亭や施設があり、どれも最上級のものとされており、時には王族も利用する程だった。


っと説明をしたがアイリスはピンときてない様子だった。リリーネは地図を開き歩き始めた。


「でも……ここからだとかなり歩くことになりそうね」


「大丈夫ですよ! 体力には自信ありますから!」


アイリスははにかんだ。疲れた顔も見せず平然と歩いている。そして日が落ちてきた頃。空を見ると雲一つなく星々が輝いていた。二人は感動していた。


「わぁ……やっぱり綺麗ですね」


「えぇ、そうね」


二人はしばらく立ち尽くした。その光景に見惚れていたのだろう。しばらくしてから歩き始めた。歩いていると草原にぽつんと建つ灯りのついた一軒家を見つけた。どうやら宿のようだった。

野宿も検討していたが宿があるならと二人は訪ねてみることにした。宿の扉をノックすると扉をそっと開け女性が声をかけてきた。


「はーい……どなたでしょうかー……ってあー!! もしかしてお客さん達ですか!?」


女性は嬉しそうな表情をして言った。


「え、えぇ。そうね……ここは宿屋で間違いないのかしら?」


「はい! 二名様で間違いないですか!?」


「え、えぇ……」


「どうぞ! ちょうど空いております!」


興奮した様子に気遅れされつつ部屋に通された。中に入るとそこにはベッドや椅子、テーブルがあり普通の部屋だった。


「あのぉ……」


「ん? 何かしら?」


「こちらのお部屋はお一人一室となっておりまして……。申し訳ありませんがお二人には別のお部屋にご宿泊して頂くことになるのですが……」


アイリスは少し不安そうな顔を浮かべリリーネの服を軽く掴んでいた。


「大丈夫よ。アイリス。心配ないわ」


アイリスを安心させるとリリーネは、自分の泊まる部屋へと案内された。


「それではお食事の準備が整いましら呼び致しますので! それまでごゆっくりなさってください!」


女性はそう言い残し部屋を出ていった。リリーネはベットに横になり深く息を吐き、あの日の事を思い出していた。


───あの日、天使に全く歯が立たなかった。アイリスがいなかったら……いや、あの力は確に悪魔の力だった。でもあんなの見た事なかった。それに……アイリスにあんなこともう二度とさせたくない。アイリスには笑っていて欲しい。私が守らなきゃ……


“ひょっとするとあなたはあまり上手く悪魔の力を使えないのですか?”


───ッチ……!!


リリーネはベッドの横にあるテーブルに拳を叩きつけた。鈍い音が部屋に響いたがそれと同時に扉の向こうで、ひゃん! という情けない声が聞こえた。


「アイリス……?」


「は、はいぃぃ……」


「あ、ごめんなさい。入っていいわよ」


「はい……失礼します」


恐る恐る入ってくるアイリスの表情は少し怯えていた。どうやらアイリスは少し前から入るかどうか扉の前で悩んでいたそうだ。リリーネはベッドに座るように体勢を変えた。


「ごめんなさい。驚かせちゃったわね」


「い、いえ……気にしないでください。それより何かあったんですか?」


「あ、えぇ……ついこの間のこと考えちゃってて……私、結局何も出来なかった……何も守れなかった。アイリスさえも───」


消え入りそうな声を出した。その言葉を遮るようにアイリスはリリーネを抱き締めた。呆気に取られているとアイリスは話し始めた。


「ごめんなさい……私が何も覚えてないから……リリーネさんにいっぱい辛い思いさせちゃって……ごめんなさい……」


そう言いながらアイリスの目には涙が浮かんでいた。


「いいえ、いいのよアイリス。アイリスが笑顔でいてくれればそれで充分よ」


リリーネは優しく微笑み、アイリスの手を握った。


「だから謝らなくていいのよ」


「ぐすん……あんまり無理したらダメですからね……」

「えぇ、約束するわ」


すると扉をノックする音が聞こえた。


「お二人様! お食事の用意が整いました!」


大きな声に二人はビクッとした後、顔を見合せ微笑み食事をすることにした。

料理は上等なものだった。美味しそうに盛り付けられた料理に二人は夢中になっていた。宿屋の女はそれを嬉しそうにニコニコしていた。

そしてリリーネはふと思った事を聞いてみた。


「ねぇあなたはどうしてこんなの何も無い所で宿屋なんてやってるのかしら?」


「えっ!? あぁそうですね! この先に王都があるじゃないですか。人の往来が多い王都の周辺にはこういう宿屋が多いんですよ……!」


少し焦った雰囲気が気になったが確かに彼女の言う通りだと思った。道こそ舗装はされているが、夜になれば野犬や熊などの野生動物の危険もある。そういった環境の中で野営するのも一苦労だったため少しありがたい気持ちもあった。


食事を終え自室に戻り、ベッドに横になった。


───ここの料理すごく美味しかったわ。まぁアイリスの手料理程じゃないけどね。あの子、いつも美味しそうに食べるのよね。見てるこっちまで気分がいいわ。


そんな他愛のないことを考えていた。

そしてふと思い出した。


───アイリス、今何してるかしら。あの子、いつもなんだかんだ一人で寝れなくて私のベッドに来てたけど、今日は大丈夫なのかしら? まぁ私から行ってあげないことないけど。


……などと心配をしているつもりだが、正直言ってちょっと寂しかったのである。いつも甘えてくるアイリスを、仕方がないなと口では言いつつも内心すごく嬉しかったのである。だからこそなかなか自分の所を訪ねに来ないアイリスに寂しさを感じていたのだ。


「し、仕方ないわね…!」


そう言いながらベッドから降り、自室を出た。


「これはアイリスのためであって、別に私は一人でも寝れるんだから……! アイリスが寂しがらないように一緒に寝てあげるだけなんだから……」


っと誰もいない廊下で誰に聞かせるわけでも無い言い訳をぶつぶつ言いながらアイリスの部屋の前まで来た。高鳴る鼓動を抑えつつ恐る恐るドアをノックした。


「アイリス? 私だけど、入ってもいいかしら?」


返事がない。もう既に寝てしまっているのだろうか。再度呼ぶがまたもや返事が帰ってくることはなかった。ちょっぴりがっかりな気持ちを胸にしまい、自室に戻ろうとした時。


───ガタンッ!!


とアイリスの部屋の中から聞こえた。急いで戻り扉を開けた。


「アイリスッ!!……ッ!?」


衝撃に言葉を失った。それは宿屋の女性が、震えるアイリスの口を塞ぎ、包丁を振りかぶっていた。アイリスは恐怖のあまり泣いていた。


「あらあら。良い子は寝る時間よ?」


「アイリスから……! 離れろ……!!」


「断る。と言ったら?」

「……!!」


───アイリスの前で悪魔の武器を使う訳にはいかない。仕方がない……!


リリーネは武器を使用せず腕の痣を出現させ構えをとった。


───魔力は……感じない。恐らくただの人間……肉弾戦ではこちらが有利のはず……!


すると宿屋の女は隠し持っていたナイフを投げつけてきた。リリーネは全て躱し女に殴りかかるが華麗な身のこなしで避けられた。


今度は逆に女が拳を振り上げてくる。それを受け止めて投げ飛ばす。壁に激突した女だったがすぐに起き上がってきた。その表情にはまだ余裕があった。


そしてまた襲いかかってくる。女の攻撃をいなしてカウンターを入れる。女はその攻撃を受けて倒れた。それでもまだ立ち上がろうとする。


───くっ……! 嘘でしょ……! なんでまだ立てるの……!?


リリーネも負けじと応戦するが互角、あるいは劣勢だった。女はまだ何かを隠しているような戦い方をしていた。


「あんた……!一体何者なの……!?目的はなに……!?」


「それはぁ……暗殺に決まってるでしょ?」


「誰に頼まれた……!」


「それを言っちゃぁ殺し屋として恥よねぇ……」

「くっ……!!」


埒が明かないと思い今まで以上に強く踏み込み距離を詰めた。

その瞬間、女はニヤリと笑うと、手首からナイフが飛び出してきた。その隙にリリーネを蹴り飛ばした。すぐに立ち上がろうとするとが全身が痺れて動けなかった。


「これは……毒!?」


「ピンポーン!大正解。」


「くっ……!!卑怯……よ!!」


「なんとでも言うといいわ。私の仕事は暗殺だもの。卑怯なのは当然よ」


「……っ!!」


「あーこっわ……まぁ貴方はそこで横になってなさい。この子の後で殺してあげるから……ふふっ」


「や、やめ……な……さい……!!」


猛毒により麻痺しており、上手く喋ることすら出来なかった。女はアイリスの後ろに回り包丁を首に突き立てた。


「さぁこの子はどうやって殺そうかしら…あたしはね、本職は拷問をしているの。だからついつい人で遊びたくなっちゃうのよね……でも……今日は首を一思いに切っちゃう?」


そういうと首をゆっくり切りつけた。アイリスは悲鳴をあげる。口を塞がれていてもリリーネの名前を叫んでいるのがわかった。ゆっくりと流れる血を女は舐めた。


「はぁ…堪んないわぁ……次はどこがいいかしら……? そうだ! この綺麗な足なんてどうかしら」


そういうと寝間着のワンピースの裾を捲り太ももを切りつけた。悲鳴が部屋に響く。


「や……めろ……!!」


「あっはははは!! 愉快愉快!! いつもと違って観客がいるってのも悪くないわねぇ!」


「クズ……が……!!」


「さぁて次はどこにしようかしら! この子ったら初なのね。どこ切ってもいい声を出してくれるんだもの! すっごくゾクゾクするわ!」


「や、め……ろぉぉぉ!!!!」


その瞬間、リリーネの腕の痣が紅く光を放った。気付くと女は壁を突き抜け投げ飛ばされていた。女は状況を理解できてなかった。リリーネは女に馬乗りになり顔面を何度も何度も殴り続けた。


「死ね……! 死ね……!! お前なんか……死んじまえぇぇぇ!!!!」


「やめてください!!」


リリーネの最後の拳はアイリスによって止められた。アイリスは後ろからリリーネに抱きつき涙を流した。


「もう……やめてください……私は大丈夫ですから……だから、もう……そんな怖いこと……言わないでください……」


泣いているアイリスの声を聞いて我に返ると涙を流した。手はその女の血で染まっていた。自分がした事にやっと理解が追いついた。

しばらくするとリリーネは立ち上がった。


「行こう……アイリス」


リリーネはアイリスの手を引き宿を後にした。野営地を決めた二人は静かに眠りについた。

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