アイリス~この素敵な世界が終わらないように~

榊ナギ

第一章 悪魔の契約者

一節 第一話 謎の少女とリリーネ

────其の昔、神話と呼ばれる時代。破砕戦争と呼ばれる争いがあった。


それは神と悪魔の闘い。熾烈を極める闘いは百年続いた。


だがその戦いも終わりを告げた。神の勝利によって。


勝利した神は闘いで傷付いた大地を癒し、人間を創造し、知恵を与え繁栄をもたらした。


しかし、それから千年の時が経ち、再び災厄が訪れる事となる。人間達は信仰を忘れた。互いに奪い合い、殺し合い、堕落していった。


神々は人間自ら招いた事であり、繁栄も破壊もまた世界の摂理であると、手を差し伸べる事はしなかった。



ある神を除いて……




「ここもだめね……」


少女は荒れ果てた大地を見てそう呟いた。

それはこの世のものとは思えぬ光景だった。なぎ倒された木々。枯れた草原。潰れた家屋。そして……死体。


どれもこれも酷い有様だ。そんな光景を目にしても彼女に動揺などなかった。彼女は何度このような場所を見ただろうか? もう数え切れない程に見たのだ。


彼女の名はリリーネ=イルミナス。金色の髪を後ろで2つ結びにしている。瞳の色は炎の様な紅色。年齢は十七歳くらいで身長は一六〇センチ前後。胸は控えめだがスタイルはかなり良い方だろう。その容姿はまさに絶世の美少女と言えるものだった。


そんな彼女でも今の惨状には心を痛めていた。


「居ないとは思うけど一応生存者が居ないか確認しないと…」


リリーネは生存者を探す為に歩き出した。しばらく歩くとまたあの惨状が広がっていた。焼け焦げた家。切り裂かれた人。子供庇いながら亡くなった女性。飼育されていたであろう家畜。


もうそこには生命を感じなかった。人の気配がない事などとうに知っていたが、それでも彼女は探す事を諦めない。


リリーネは落胆した。そしてふと思った事を呟いた。


──こんなに広い世界を一人で救えるのかしら……


その後も探し続けたが何処にも人の影も返信も返ってこない。


「やっぱり居ない、よね……仕方ない……」


そういうと両腕の袖を捲り、何かを呟いた。すると彼女の両腕には炎の痣の様なものが浮き出てきた。そして彼女は炎を放ち、残骸を全て焼き尽くした。


彼女は焼けていく光景を背中で見ながら歩み出した。

しばらく進み、持ってきた水筒を飲んだ。少し経つと大きな岩を見つけた。

そこの岩陰にもたれ掛かり休むことにした。


───疲れた……。


リリーネは目を閉じ、自分の無力さを悔やんだ。悔いても仕方がないのだが……そう思いながらもそんな事を考えてしまう自分に嫌気がさしていた。


リリーネはゆっくり眠りについた。

そして奇妙な夢を見た。見知らぬ森で一人歩いていた。そこはこの世の穢れを知らず、何者にも冒されることの無い神秘的な場所だった。


だが突然声が聞こえた。


───誰……?


その声は幼い女の子の声の様だった。幼女は必死に何か叫んでいるようだった。最初は反響していてよく聞き取れなかったが次第にはっきり聞こえてきた。


「お願い……! 助けに来て……!」


その声を聞くとハッと飛び起きた。胸騒ぎがする程その夢は現実味を帯びているように感じた。そう思っているとまたリリーネを呼ぶように叫ぶ声が聞こえた。周りを見渡しても荒野しかなかったが声は確実に聞こえていた。リリーネは声のする方へ走り出した。


しばらく走ると夢で見たような大きな森があった。そして微かだが人の気配を感じた。リリーネは強く踏み込み、更に加速した。木々を避けながら進むと、遂に見つけた。少女が倒れていた。少女は木漏れ日に照らされ、小動物たちが集まってきている様子が少し神秘的だった。


その少女の髪は短くやや明るい代赭色だった。肌色は透き通るように白くて血色が良かった。身長は一六〇くらい。胸は、大きい方だと思う。歳は自分と同じくらいだろうか。


リリーネはすぐに駆け寄り少女を抱き抱えると小さく呼吸をしていた。


「よかった……生きてる……」


少女はまだ生きている事に安堵したが同時に疑問も生まれた。

普通の村娘の様な何の変哲もないなん格好だったが、衣服は灰を被ったように汚れ、切られた跡の様な衣服の乱れはあったが外傷は無く、靴がボロボロになっていた。ただ気絶しているだけとは思えなかったからだ。


リリーネが考え込んでいると少女がゆっくりと目を開いた。その瞳は琥珀のように透き通っていた。


「う……うぅ……」

少女は苦しそうな声を上げた。


「良かった……! 無事だったみたいね」

「うっ……うわああああ……!!」


その少女はリリーネを見ると溢れる様に泣き出してしまった。もしこの少女が先の村の生存者だとしたら、とても怖い思いをしたのだろう。無理もない。あんな光景を見たら恐怖を感じるに違いない。

少女を安心させる為に頭を撫でてあげた。


「もう大丈夫よ、落ち着いて。もう怖いものは何もないから……」


そう言ってあげると安心したのか、少しずつ泣きやみ、そのまま眠ってしまった。


───可哀想に……相当怖い思いをしたのね……絶対にあなた私が守るわ。


リリーネはその思いを胸に刻み込んだ。少女を背中に背負い近くの街へと走り出した。

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