第十一話 その名はメアリー

リリーネの名を聞くとピクっと反応し椅子を回しこちらに体を向けた。メアリーは聞いていた年齢より若く見えた。浅緑色の髪に濁った翡翠色の瞳。そして白く透き通るような肌。容姿端麗という言葉が似合う女性だった。



「リリーネ……? ふふ……そう……」


リリーネは怪しく笑うメアリーを睨みつけた。


「ウィンドル。もういいわ下がりなさい」


「えっ?」


「女二人で水入らずの話をしたいの」


「そうか……わかった。」


そう言い扉が閉まると部屋には緊張感が走った。睨みつけてくるリリーネに対してニヤついた顔をしていた。


「さて、なんの用かしら?」


「白々しいわね。アイリスを返せ……!」


「あら、怖い顔しちゃって。シワが増えるわよ」


「ふざけないで……!」


「あらあら、つれない子ね。それにしてもよくここがわかったわね。感心しちゃったわ」


「えぇ、あなたのご丁寧な招待状を貰ったからね……!」


リリーネがメモを突き出すとメアリーはしばらく固まった。


「はぁ?? 何を言っているのかしら」


「とぼけないで!! いきなり攫ってこんなメモで私を誘い出して一体なんのつもり!!」


メアリーは首を傾げ、しばらく考えている。そしてそのメモを見せるように言ってきた。また首を傾げ考えている。そしてそのまま研究室の電話機を取った。


「もしもし? 私よ。今すぐあのバカを私の研究室に十秒で来るように伝えて。ちょっとでも遅れたらお仕置きとも伝えて」


そっと受話器を置いた。そして机に手を付き頭を抱え一人呟いた。


「はぁ……私の作戦がまたあのバカのせいで台無しに……もう関わるのやめようかしら……」


「ちょっと私の話を無視しないでよ!」


「え……? あぁ……そうね……ちょっと待ってなさい。今とても頭が痛いの……」


先程までの毅然とした姿はなく萎れた姿になり椅子にもたれかかっていた。リリーネの怒りは収まらず、更に言い募ろうとしたその時、扉が勢いよく開いた。


「こんちわー!!毎度お世話になっておりますニール───」


言葉が遮られた。扉が開くと同時に分厚い本がニールの顔に投げつけられた。振り向くリリーネは驚きを隠せなかった。度々助けてられていたニールがそこにいたのだ。


「……っ!? あなたは!」


「はか、せなんで……ちゃんとじかんどおり……」


「遅い!! 〇・五九秒遅い!! この役立たず!」


「そ、そんなぁ……」


リリーネは裏切られたと思った。床に倒れているニールの胸ぐらを掴んだ。


「あなた! よくも騙してくれたわね! 最初からアイリスを攫うつもりで近づいてきたのね!」


「ず、ずまん……ゆるぢで……ぐれ……ぐるぢい……」


「アイリスはどこ!?」


「ぞ、ぞれば……じらない……はがぜに……ぎいでぐれ……」


そこでようやく手を離した。鋭い眼光をメアリーに向けた。メアリーは毅然とした態度に戻った。


「アイリスは……どこ!!」


「さぁ……? どこかしらね♪」


「さっさと教えなさい……教えないと───」


「悪魔の力を使うっといったところかしら」


「……!? なんでそのこと……!」


リリーネは驚愕した表情を浮かべた。だが同時に一つの疑問が解消された。自分以外の悪魔の力を使う人間はいないと思っていた。


だが一人それに近しい人物がいた。それがニールだ。彼女がワープホールを出す瞬間には魔力を感じた。そしてメアリーの今の発言。ニールとメアリーがグルだったという事は二人とも悪魔の契約者という事。


悪魔の力は他人には簡単に見せない。この世界では悪魔は忌むべき存在。そんな事が世間に知れ渡れば只では済まない。身をもって体験したことだった。


「その力はあなただけのものじゃないのよ。悪魔は強い憎悪や悲哀、野心を持つ者の前に現れる。そして契約を結んだ者にはその力が与えられる。彼女も例外じゃないわよ」


「ちょっと……待ってよ……それじゃあ」


「記憶障害は強いストレスによるもの。そしてそのストレスによる悪魔召喚。彼女はその際契約を交わした」


「何を知ったような口を……!」


「まぁ、記憶障害は完全に仮説でしかないわ。でも彼女は正真正銘、悪魔の契約者よ。」


「嘘よ……!」


「嘘じゃないわ。貴方は見たのでしょう?彼女の力を。」


「……っ!!」


信じたくなかった。今まで自分を騙しアイリスに隠し続けたリリーネにとってメアリーの言葉はあまりにも残酷だった。あの恐ろしい姿したのは別な存在だと思いたかった。リリーネは歯噛みし、拳を握りしめ静かにメアリーを睨みつけた。


「あんた……アイリスをどうするつもり……!」


「もちろん、研究よ。私は研究者で悪魔の契約者。まだまだ悪魔について研究し足りないもの。彼女の魔力は常軌を逸している。それに都合良く記憶も無くしているから何も心配は要らないとてもいいサンプルだもの。使わないと勿体ないわ♪ ついでに記憶に関する研究しちゃおうかしら」


「そんな事……させない……!!」


「あら。貴方に何が出来るというのかしら」


「力ずくでもアイリスを返してもらう……!!」


「あらあら……また怖い顔してるわよ……」


しばらく沈黙が続いた。お互いに間合いを図っていた。そしてリリーネは一気に勝負に出る。


「アスモデウス!」

「ファフニール♪」


お互いの武器が激しくぶつかり合い火花を散らしている。メアリーは余裕の表情で微笑んでいる。


「うっふふ……ムキになっちゃって可愛い♡ まるで犬みたい。ペットにしたいくらいだわ♪」


「うるさい……黙って……!」


「あら、ごめんなさぁい……貴方があまりに可愛らしいものだからつい」


「この……!」


「うっふふ、怒った顔も素敵ね♡」


「……ッ!」


「うっふふ。ふははは! さぁ、もっと踊りましょう♪」


「……っく!」


メアリーの素早い攻撃に防戦一方になるリリーネ。その動きは素早く、一撃が重く手数も多い。なんとか受け流していくが、反撃する隙がない。メアリーの猛攻は止まらず、徐々に押されていく。そしてメアリーは手を止めずに話し始めた。


「ねぇ、貴方はどうして戦うのかしら? 人類の為? 個人的な恨み? そ・れ・と・も〜彼女の為??」


「……っ!」


「図星ねぇ?? ふふっ……」


「あんたねぇ……っ……!」


リリーネの動揺を見逃さず、大鎌の柄頭は鋭利に尖り、リリーネの腹部を突き刺した。ゆっくりと血が滲む腹を抑え膝を着いた。


「がはっ……!」


「あら、ごめんなさぁい♪」


メアリーはリリーネを見下ろすように視線を送る。そしてゆっくりと歩み寄った。腹部を押さえながら立ち上がると再び剣を構えた。先程の傷は再生しているが対するメアリーは全く無傷で不敵に微笑んでいた。


「はぁ……はぁ……」


「さぁ、もう諦めたら?」


「絶対……諦めない……!!」


「そう、じゃあ……もう少し私を楽しませて♡」


「……っ!」


メアリーは勢いよく大鎌を振り下ろした。リリーネは咄嵯に受け止めるが、衝撃に耐えきれず吹き飛ばされてしまった。


「貴方は弱いわぁ……貴方もしかして悪魔の契約の内容を知らないの?」


「契約の……内容……?」


「そう……知らないのね。ならいいわ。少しだけ教えてあげる」


リリーネは立ち上がり身構えた。メアリーはニヤリと笑い話を続けた。


「この世界に人類が存在していない時代。神と悪魔の戦争───破砕戦争が起きた。人類とは勝利した神によって創造された。というのが今の人類の周知の事実。でもそもそも何故戦争が起きたのかわかる?」


メアリーは部屋をゆっくり歩き回りながら突然リリーネに問いかけてきた。


「そんなの……また神が地上を滅ぼそうとした……から?」


「ぶっぶー! 不正解。正解は……悪魔が神を全て食べちゃおうとしたから!」


「なんですって……!?」


破砕戦争の始まり。それは人類の歴史には記されていない。強大な悪魔の力は人類には危険過ぎる為、神自らその事実を知恵として与えず、悪魔を人類の敵とした。それが全ての始まりだった。


「では何故、悪魔は神を食べようとしたのか……それは力の解放……更なる魔力の増強の為よ」


「更なる……増強……?」


「本当に何も知らないのね、貴方。つまりぃ〜神をたくさん殺して食べちゃえば強くなれるっわけ♪」


メアリーはくるりと回り笑顔で答えた。

神を喰らう事で魔力が増していく。そしてその力を使い更に多くの神を喰らいより多くの魔力を得る。それが悪魔の目的だった。


「だからぁ……私はあの子の為に頑張ってるのよ」


「あの……子……? アイリスの事……!?」


「そっ♪ あの子は特別。あの子の魔力は私の想像以上。あの子がいれば全ての神を喰らい尽くせるわ。」


「アイリスを戦いに巻き込むつもり……!?」


「えぇ♪ だってあの子にはそれだけの力があるもの。それにこのまま何もしなくてもあの子だけじゃない、人類そのものが抹殺されるだけ……それは回避したいんじゃないのかしら?」


「あんたの計画は……めちゃくちゃよ……! アイリスは私が守る!」


「強情ねぇ……」


リリーネは再びメアリーに向かって行った。先程よりスピードもパワーも増していた。メアリーはリリーネの攻撃を軽々と避け、弾いている。だが攻撃の手をやめず、ひたすらに斬りかかる。あの天使の時のような絶望感。

だがそれでも尚立ち向かった。


「うっふふふ。いいわねぇ……! その表情……! まさに主人の為に吠える子犬の様ねぇ……♡」


その瞬間に両手の武器が飛ばされ、頭と腕を掴まれ体勢を崩されたところを床に押さえつけられてしまった。抵抗しようとしてもびくともしなかった。そしてメアリーが後ろから耳元に近づき囁いてきた。


「おやすみ、可愛い子犬ちゃん♡」


その言葉を聞くと頭がぼーっとした後に気を失ってしまった。メアリーは立ち上がり横たわる姿を見て微笑んでいた。すると先程まで伸びていたニールの声が聞こえた。


「殺しちゃったんすか?」


「まさか。この子も利用価値があるもの。それにぃ〜私この子の事気に入っちゃったわ♡」


「博士、今凄い悪い顔してるっす」


「うっふふ……これからが楽しみね……♪」




読んでいただきありがとうございます。榊ナギです。


いよいよ次のお話で二節が終わります。いやー早いです。ほんとに。一節投稿してまだストックあるなーくらいに考えてたらもう二節終了ですか。まぁ結局いつかはこうなるのは仕方がないことなのでしょう。まぁ早く投稿したい気持ちはありますが、雑なものや吟味されていないものを投稿するのは嫌いなので、いつかは追いつかれるのは分かっていました。それに文章を長く飾っていけるようになったのは嬉しい誤算ですしね。そして"あくま"でも僕の目標はこのお話を最後まで書くことなので、申し訳ないですが時間はかかってしまうと思うのですが何卒お付き合いください。


という訳でまた来週もよろしくお願いします!榊ナギでした!

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