手を取り合って
美音は病人だし、長居するわけにもいかず、僕はすぐにお暇することにした。
そして翌朝。美音にメッセージを送ると、すぐに返事が来る。
『おはよう。昨日はありがとう…?体調はどう?』
『おはよ!こちらこそありがと!って、何で疑問形?
おかげさまで、バッチリ元気になりましたー!今日、一緒に学校行こうよ。駅で待ってるし』
『わかった。○○時に着く電車に乗るよ』
そんなやり取りをして、駅に着くと、ヴァイオリンケースを背負った女の子が改札口に佇んでいるのが見える。
「おはよう!」
鈴のような声で発せられたその挨拶からは、確かにメッセージの通り、彼女の調子が戻っていることが窺えた。
「おはよう。よかった、元気になったみたいで」
「いやーホント、身体が動く動く!月島美音、全回復って感じです!」
「あはは、絶好調だね。じゃ、行こうか。遅刻しちゃう」
一応登校時間まではしばらくあるけれど、そこまで余裕がある訳でもないくらいの時間帯だったので、僕は先に歩き出した。
「……ねえ、調」
しかし彼女は小声で僕に囁きかける。
「私さ。昨日のじゃ全然物足りない」
「え?」
えーと、それってつまり……。
思考が入り乱れてショートしそうになる僕を揶揄うように、
「えいっ!!」
美音の左手が僕の右手を取った。五本の指同士が絡み合う、いわゆる恋人繋ぎって奴だ。
「わ、ビックリした!」
「えへへ、こういうの、憧れてたんだ」
……ヤバい、可愛すぎる。
僕が思わず見惚れて何も言えなくなっていると、
「……嫌だった?」
「いや、そんなことないです!!」
登校中の面々には大いに見られていた気がするけど、そんなことはお構いなしに、僕たちは学校が見えるまで寄り添って歩いていた。
流石に先生に見られるのはよろしくないと思い、学校の手前で、お互い名残を惜しみながらその手を解く。
教室に入るや否や、一人の男子生徒に声をかけられた。
「藤奏、お前さっき、月島さんと手繋いでなかったか!?」
……やっぱり見られちゃってたよね。
「ああ、うん。実は昨日から、正式に付き合うことになって……」
「何だよー、やっとかよー!」
「藤奏君、おめでとう!」
「え、『やっと』って、もしかしてみんな、そんな感じで僕らのこと見てたの?」
「おう、みんな思ってたぞ。『早よくっつけ』って」
「「「「うん」」」」
うわー、何それ、めっちゃ恥ずかしい……。
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昼休み。僕は珍しく、自分から女子に話しかけていた。
「柚季」
「あ、調……上手くいったんだね。おめでとう」
「うん。昨日はありがとう。柚季のおかげだ」
僕から言うのも変なのかもしれないけど、やっぱりお礼は言っておきたかったんだ。
「ううん、調が頑張ったからだよ」
「そうなのかな?とにかく、ありがとう」
「どういたしまして」
柚季の気持ちを知っている分、今はどう思われているのかは分からないけど、迂闊なことは口に出せなくて、次に発する言葉を探してしまう。けれど結局、
「ええと、それだけ伝えかったんだ。じゃ、ご飯食べるよ」
手短にその場を離れることにしてしまった。
しかしそんな僕の考えも、幼馴染にはお見通しのようで、
「いいなー、私もやっぱり彼氏欲しい。調。いい男の人がいたら、今度紹介してよね。月島さんにもそう伝えておいて」
「……うん、わかった。考えてみる」
本心からの言葉なのかは分からないけれど、今は幼馴染の優しさに甘えてしまおう。
柚季と昔のような関係に戻れるとは思わないけれど、それなら、時間をかけて新しい関係を築いていけばいいんだ。
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放課後。美音は僕の部屋に来ていた。
と言っても、疚しいことはしない。
何故なら音葉も一緒だからだ。妹は何だかはしゃいでいて、ジュースのペットボトルをかざしている。
「美音ねーさんが正式にお姉さんになったことを祝って、かんぱーい!!」
「かんぱーい!」
「乾杯……って、まだ付き合い始めたってだけだからね」
「えー、美音ねーさん、あんなこと言ってますよ?美音ねーさんが可哀そう」
「ちょ、音葉、変なこと言うな」
「調、それってつまり、私とは遊びの関係ってこと?」
「美音まで!?そんな訳ないじゃないか!」
「えー、調兄、それってやっぱり、美音ねーさんが美音
「だから、それは飛躍しすぎだって!」
「じゃあやっぱり私とは遊びの……」
「あー、もう!!!」
何だこれ、この子ら絶対結託してるでしょ。
「美音!」
「はい!」
勢いに任せて叫ぶ。妹がいても構うもんか。
「僕と……一生一緒にいてください!」
「……うん!」
それに対しての美音も最高の笑顔を見せてくれたから、言ってよかったんじゃないかと思えてくる。
「あー、はいはい、お熱いことで」
対し音葉はちょっと冷めた様子だけど、これはきっとブラフだろう。
「あ、調。一個お願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
「私、作曲してみたい!」
「あ、良いと思う!美音は小さい頃からヴァイオリンやってて音感あるし、あんまり難しくないと思うよ」
「そうなんだ。例えばどうやるの?」
「方法は大きく分けると二つ」
「ほうほう」
「……突っ込まないからね。
ええと、コード、つまり和音から決めるやり方と、メロディから決めるやり方。
歌物の場合は詞から作るって場合もあるけど、美音の場合は曲から作ると思うし、割愛。
和音から決めるのは、どっちかと言えば楽譜とか音取りが苦手な人向け。でも美音は聞いてメロディのドレミが分かるよね?」
「うん、大体。逆にコードとかはさっぱり」
「じゃあとりあえずメロディ先の方でやってみよう。
と言っても最初は単純で、まずは、思いついたメロディを楽譜に起こす」
「えー、いきなり言われても、思いつかないよ……」
「最初はそうかもしれないけど、慣れたら結構パッと思いつくよ。
後はお題を決めるといいかも。明るい、暗いみたいな曲調でもいいし、ファンナイの曲だったら、恋愛とか、友情みたいなテーマ立てをすることが多いかな。あとはもっと具体的なシチュエーションで考えたり、とかもあるね」
「んー……じゃあ調、やってみてよ。テーマは恋愛で」
「ええとじゃあ、例えば……」
僕は思い浮かんだメロディを鼻歌で歌う。
「おー、ポップ!」
「そりゃあ、今が一番楽しい時期ですからなあ」
こういうところだけ拾ってくる我が妹。
「……まあ、こんな感じだとして。で、これを楽譜にする」
僕はその辺にあった五線譜と鉛筆を手に取り、ざっと書き殴った。
「……そんな早くできないよ」
「まあこれも慣れだと思う。ドレミが分かるのは相当大きいよ。時間がかかっても大丈夫だし」
「分かった、頑張ってみる。ええと、次は?」
「ソロ曲ならこれで終わりだけど、次はこれに和音を乗せていく。
ただ、ここからは結構理論的な話になってくるんだよね。まず、今出たメロディ、シャープがドとファとソについているから、Aメジャー……日本語で言うとイ長調になるんだけど、分かる?」
「
「お、そうそう。それはドイツ語の言い回しだよね。シャープやフラットの数で、その曲の調が決まるじゃない」
「んー、それは何となくわかる」
「A-durなら、基準となるのがA、つまりラの音。和音も、ラの音を基準に一個飛ばしで三つ並べた、ラドミの和音が基準になる。ドはシャープね」
「うん」
「で、A-durの音階ラシド♯レミファ♯ソ♯ラの全部の音に対して、ラならラド♯ミ、シならシレファ♯、みたいに、一個飛ばしで三つ並べた和音を作っていく。で、ラド♯ミを一の和音、シレファ♯を二の和音、という具合で、番号付けする。じゃあ美音、五の和音は?」
「ええと、ラシド♯レミファ♯ソ♯ラの五番目、つまりミを基準にするってことだよね?」
「そうそう」
「で、ミを基準にして一個飛ばしだから……ミソシ?ソはシャープ?」
「正解。で、どんな曲も大体、一、四、五の和音だけで完結できるんだ」
「え!?三つだけってこと?」
「そう。今回ならラド♯ミ、レファ♯ラ、ミソ♯シだね。さっきのメロディに当てはめるとこんな感じ」
僕は部屋に置いてあるキーボードのスイッチをオンにし、左手で和音を、右手でメロディを弾く。
「おー、しっくりくる!ってか調、ピアノ弾けたんだ」
「いや、作曲のためだけに、って感じ。難しいのは全然無理だよ。
それで、とりあえず和音が乗ったわけだけど、今のだとかなりシンプルだよね」
「確かに、ストレートな雰囲気だけど、ファンナイとかの感じとは違う」
「うん。今の和音を基準に、和音を差し替えてくんだ。例えば一の和音のラド♯ミと、六の和音のファ♯ラド♯って、ラとド♯は共通でしょ?」
「うん。違いはミとファ♯だけだけど、これも隣同士の音だね」
「つまり、ファ♯ラド♯はラド♯ミの代わりとして使えるんだ。でも響きがちょっとマイルドな感じになる」
僕は改めてキーボードを弾く。
「ホントだ!」
「とまあこういう感じで、色んなパターンの和音を試していって、良い感じの雰囲気を探る、っていうのが第三段階くらいかな。でもまずは、第二段階の、一、四、五の和音を乗せる所までができたら、ひとまずは十分だと思う」
「おー、やってみるね!」
美音も鼻歌を歌い出した。
……ああ、楽しい。
いつの間にか音葉はいなくなっていて、二人きり。
なのに僕らは音楽に夢中になり、甘い雰囲気などどこかへ行ってしまっていた。
でも、それも僕ららしいよね。
次は君と、どんなメロディを紡ごうか。
有名音楽クリエイターは美少女ヴァイオリニストと恋をする @ikut
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